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第5.5章 研修②

「次に初回です。いわゆる新規客への接客ですね」


オレは水木に連れられ元ホスト達からレクチャーを受けていた。


「これは店にもよるのですが、数千円で缶もの飲み放題でホストが5〜10分くらいで入れ替わりで接客します。時間が来たら姫は帰るか延長して気に入ったホストを指名します。これが本指名です。原則、ホストクラブは永久指名制です。つまり、初回から本指名を勝ち取れば姫は完全にあなたのお客様になります」

「初回が勝負ってことですね」

「はい、そうなります。実際にやってみますので姫役をやってください」


初回のシミュレーションすることになった。どうやら佐倉、神鳴、ゆらの3パターンを見せてくれるそうだ。


「いらっしゃいませ。私、佐倉咲と申します」


佐倉は丁寧に名乗ると名刺を渡し、オレの隣に座る。


「ホストクラブは初めてですか?ゆっくりで大丈夫だよ。じゃあ、乾杯しよっか」


佐倉は乾杯しながらオレの指先に少し触れる。


「え!すごく手が綺麗だね!ちょっと見せて?」


そういう時、佐倉は手を出し、その上にオレの手を乗せるように促す。そっと手を乗せると佐倉は恋人のように手を繋ぐ。


「本当に綺麗だね。いつも手入れしてるの?」


佐倉は少し質問しながら手をほめる。


「ケアの仕方とかもっと聞きたいからLINE教えて?ありがとう、あとでラインするね?」


佐倉は手を繋いだままLINEを交換する。


「あ、もう時間だ…。もっと話したかった…」


佐倉は少し悲しそうな顔をして席を立つと、振り返って小さく手を振る。


「はい。以上になります」

「びっくりしました」

「ボディタッチ、LINE交換は基本ですね。身体的距離が縮まると、精神的な距離も縮まるってのは建前で、短い時間しかないので縮まったって錯覚させてしまえば良いんです。そして、何かしらSNSで繋がっておけば同伴の確率が上がりますし、ログが残るのでカンペになります」

「なるほど」

「私は、あえて敬語からタメ口に切り替えたり、手を繋ぎやすいように姫の利き手と逆側に座ることを意識してますね」

「なんかすごい世界ですね」

「他にももっと駆け引きはございます。次は、神鳴さんにやってもらいましょう」


佐倉と神鳴が入れ替わる。


「じゃ、俺の初回のやり方やってくから」

「お願いします」

「失礼します。神鳴メイロです。まずは、乾杯しようぜ」


神鳴は、オレのグラスにビールを注ぎ、乾杯をする。


「なぁ、俺はあんまり駆け引きしたくない。こういうこと言っていいかわからないけど」


小声になりながらそう言って神鳴はオレの肩に手を回し抱き寄せる。


「店外で出会いたかった」

「え?」


ガタイのいい男からの意外な言葉に驚く。


「普通に出会いたかった。なぁ、俺を指名しろよ。そのまま店に来なくていい。外で会おう。俺の連絡先これだから」


オレは促されるまま神鳴の連絡先を登録する。


「俺は爆弾になっても気にしないから」


爆弾とはホストとしてやってはいけない暗黙のルールだ。他のホストの指名客に手を出すことなどがあげられる。


「まあ、こんな感じだ。」

「え?短いですね」

「俺はそこまで初回を重要視していない。オラ営や色恋を匂わせる強い言葉を短い時間に使う。ホス狂ならそのままワンチャンある。太客に時間を使いたいから育てなんかはしない」

「育て?」

「育てっつーのは、あまりお金を使わない一般職の姫を沼らせて夜職に引き摺り込んで太客まで育てることだ。オラ営はオラオラした営業、色恋はわかるな?」

「はい、色々あるんですね」

「俺は、もう堕ちてるやつにしか手は出さない。ホストになるのもハマるのも居場所のねーやつだからな。真っ当に生きてるならそれに越したことはない。これは俺の主義だ」


そう言うと、神鳴は飲んでた酒を一気に流し込んで席を立つ。意外だった。いかにもな見た目をしていた神鳴には神鳴なりのルールがあった。


「次は、僕の番かな?」


卓に1人になっていたオレにゆらが声をかける。


「みたいですね。お願いします」

「じゃあ、やっていくね!ホストは初めて?」

「はい」

「カッコいい人はいた?あ、僕?ありがとう」


オレが返事もする間もなくゆらは自画自賛をする。


「イケメン多いから迷っちゃうよねー。芸能人で言ったら誰がタイプ?」


オレは適当に男性人気アイドルの名前を出す。


「あ!その人カッコいいよね!僕と同じ系統だ!どう??」

「違う気がします…」

「ははは。言うねー!休みの日は何してるの?」

「よく映画を観に行きます」

「え?映画!?僕もめっちゃ観るよー!好きな映画なにー?」

「タイタニックですね」

「うわー!タイタニック!めちゃくちゃ良いよね!僕も何回も観てる!」

「ゆらさんも映画好きなんですね」

「うん!今気になってる映画ってある?」


オレは適当に話題の新作の名前をあげる。


「あー!僕もそれ気になってるんだよね!え!今度一緒に観に行こうよー」

「え?」

「行こうよー、いつ会いてる?スマホ開いて!あ!こことここ空いてる?どっちがいい?」

「じゃあ、こっちで」

「新宿でいいよね?じゃあ、予約するね!」


ゆらはそう言うと、スマホを操作し映画の予約を取る。


「予約したよ!楽しみ!細かいことあとで決めようよ!あ、連絡先も交換しよ?」


オレはゆらと連絡先を交換する。


「まあ、こんな感じかな!」

「はい、結構強引ですね」

「ははは。初回って選ばれなかったらほとんど会うことないじゃん?強引でも攻めて指名取れれば勝ちだし、万が一、僕が攻めずに他の子が攻めたら?」

「そっちのほうが有利ですね」

「だよね。だから攻めてなんぼなの。コツとしては、主導権を渡さないこと、そして、選択肢を与えること。その選択肢は、基本的に2択ね。YesとYesの」

「そう言われればさっきのYesとYesの2択ですね」

「そうそう。どっちを選んでもYesなんだよ。しかも、姫は自分で選択したから後から断りにくいでしょ?その責任をちゃんと背負わせるの」

「なるほど」

「それに一度、スマホ開かせちゃえばそのまま流れで連絡先聞いても断りにくいでしょ?わざわざスマホ片付けて断るのってハードル上がるじゃん?実は、これフットインザドアってテクニックで、さっきの2択もダブルバインドって言うんだよ」


ゆるふわな雰囲気をまとうゆらは、意外と知的な戦略で接客しているらしい。


「あ、もうおわった〜?」


遠くから様子を見ていた水木が声をかける。


「はい」

「どうやった〜?」

「色んな接客の仕方があるんですね」

「せやな、ホストの初回は接客の仕方は人それぞれや。よう参考にしいや〜。自分で考えて自分のやりたいようにやったらええで」

「わかりました」


オレは研修期間中、元ホスト3人相手にひたすらシミュレーションした。

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