第10章 刺激
ホテルで花と朝まで過ごしたあと、オレが行き先のないことを知った花は自宅へと招いてくれた。家に向かうまでの間、お互いに改めて自己紹介をした。
「ありがとう」
「いえいえ、次が見つかるまで全然気にせずウチにいてください」
「それは申し訳ないよ」
「良いんです、私がそうしたいので」
あの時、ただその場に居ただけのオレにここまでの恩を感じてもらえることに罪悪感を覚える。
「ありがとう。迷惑かけないように早めに次を見つけるよ」
「わかりました」
オレの荷物は、あの日の火事でほとんど燃えてしまったのであまりなかった。
「それじゃ、私は仕事に行ってくるので優斗さんはゆっくりしててください」
花は、都内のクリニックで歯科衛生士として働いているらしい。歯科衛生士の女一人暮らしにしては花の家は少し広かった。本人には聞かないが、どうやら使ってない部屋もあるみたいだ。
とりあえず、バイトでもしよう。父が医者だったこともあり、お金がないわけではないがどうしても父のお金を使う気にならなかった。出来るだけ早く出るには割りの良い仕事を探さなきゃいけない。
医者に戻る気は微塵もなかったが、せっかく医師免許を持っているのだから医療系のバイトをすることにした。割りの良い仕事もたくさんあるからだ。
簡単な検査やワクチンの集団接種など探せば案外あるものだ。単発でそこそこ良いものを選んで申し込むことにした。住所の欄は花のものを借りるとしよう。とりあえず、なんとかなりそうだ。
手続きを終えると、居候であるオレは花が帰って来るまで家のことをすることにした。
「帰りましたー」
「おかえり」
「あれ?何か良い匂いしますね?」
「居候だから何かしないとって思ってご飯作ったけど…ごめん、勝手に」
「何作ったんですか?」
「え?」
「ご飯なんですか?」
花は嬉しそうに笑う
「冷蔵庫にあったもの使って鍋にしました」
「えー!美味しそうー!」
「本当?」
「本当に美味しそうです!」
「良かった」
「でも、ごめんなさい。私、帰ったらすぐシャワー浴びたいのでご飯あとにしても良いですか?」
「あ、お風呂も用意しました…着替えは流石に用意してないけど」
「ほんとですか!?気が利きますね」
花はオレを褒めるとそのまま風呂に入っていった。
「お待たせしました!」
「いやいや、全然待ってないよ。もっとゆっくりしてきても良かったのに」
「私が待ってられないです!なべ!あ、冷蔵庫にビールありますよ!」
花が風呂から出る音を聞いて温め直した鍋をオレはリビングのテーブルへ持って来る。その隣を風呂上がりの花は通ってビールを用意する。
「「いただきます」」
2人で鍋を食べながら呑む。
「バイトから始めようと思って今日申し込んだ。また勝手して悪いんだけど、応募にここの住所を借りたけど大丈夫?」
「全然平気です!好きにしちゃってください!何のお仕事するんですか?」
「医療系のバイトをやろうかなって」
「え!医療系ですか!?!?それってどういう…?」
「話しにくいことを話しても良い?」
「はい…」
オレはなぜ歌舞伎町に流れ着いたかを話す。父の病院で研修医をしていたこと、婚約者がいたこと、逆恨みですべて燃えてなくなったこと。
「そんな…」
花は言葉を失い、涙を流す。
「昨日、見た大きな火傷の痕もその時の…?」
「うん、そうだよ」
「結構ひどい火傷だなって思ってました…もう一度見せてもらってもいいですか?」
オレは頷くと、上を脱いだ。
「まだ痛みますか?」
「少し、寒いとね」
「少し触っても…?」
花はオレの火傷の痕を触る。
「ひどい…」
また花は泣き出す。
「優斗さんは、何も悪くないのに…お父さんだって…それに…美桜さんも…」
オレも花につられて思わず涙を流す。
「私、優斗さんと居たいです」
花は必死に絞り出すように言った。しかし、オレには返す言葉が見つからなかった。
「優斗さん、私は少しでもあなたを楽にしてあげたいです」
花はオレに抱きつく。花の流れる涙がオレの身体を伝う。
「花さん、オレは…」
オレが引っ張り出そうとした言葉に花は唇で蓋をする。気の抜けたオレは花に身を委ねることにした。
オレが花のもとに身を置くようになって1週間がたった。とりあえずの仕事も決まり、寂しさも花が埋めてくれるようになっていた。給料が入ったら花にお礼を渡してこの家を出よう。今と生活はさして変わらないかもしれないけれど。
休みの日、溜まっていた身の回りのことを整理しようと外に出る。父が遺したもの、次に住む物件探し、住民票移動などの手続きとかやることは沢山だ。
役所に向かう途中、高そうな寿司屋を目にする。
そうだ。花へのお礼に今度なにかご馳走しよう。
オレのお金はあまりない。でも、せっかくのお礼だ。少し気が引けるが父の遺したお金から少々拝借して高い店にいこう。
オレは歩きながら良さそうな店を調べる。スマホを見ているとある店に目が止まる。
「鮨屋 扇子」
佐倉からアフター用にと教わった店だ。実際に連れて行ってもらった時も、凄く美味しかった。どうせ出たついでだし帰りに店の前まで下見に行くことにした。
オレは、役所での手続きやら色々を済ませた。外に出るとすっかり空は夜になっていた。
下見に行こう。鮨屋 扇子は歌舞伎町にある。この街も1週間ぐらいぶりになるな。もう来ることはないと思っていた。
「あれー?お兄さんじゃん!」
歩いていると男がオレに声をかけてきた。声の主は、見覚えのあるようなないような顔だった。
「お兄さん!聞いたよ!業界最速1000万!」
「あ、ありがとう」
噂を聞きつけて物珍しさに声をかけてきたんだろうか。オレは少し強気に流すことにした。
「で、実際どうなの?」
「どうって?」
「あれ全部キャッシュで一撃なわけないでしょ?売り掛け、そろそろ回収の準備しないのー?」
思い出した。こいつはオレがこの街に来た時にぶつかったスカウトの男だ。
「大丈夫、全部キャッシュだったから」
「えー、ほんとー?良い客捕まえたんだね」
「ああ、ありがたい限りだよ。だから必要ないよ」
「なんだー、残念だな。また機会があったら頼むよ七条ナツメさん⭐︎」
久しぶりにその名前で呼ばれて、つい驚いた顔をしてしまう。
「名前言われてびっくりした?俺もそこそこ情報通だよー。あ、名乗ってなかったね。俺は砂切メルト、スカウトやら何やらやってるよ。今後ともよろしく」
メルトはそういうとオレに名刺を渡すと満足そうに去って行った。
名刺をもらったがもう関わることはないだろう。そのまま捨てようとする。
「捨ててまうん?」
下駄の音とともに聞き覚えのある声がする。
「それ捨ててまうん?まあ、ボクはかまへんけど、メルトくん泣くで?坂上くん、ちょっと話そか?」
「み、水木さん…」
水木はこちらの様子もお構いなしに歩き出す。オレも何となく後を追う。
「もうホストやれへんの?業界最速1000万overの大型新人やのに」
「あれは…あれは…水木さんの仕込みじゃないですか!」
「え〜?バレてもうた?キチンと口止めしとったんやけどな〜」
水木はヘラヘラと笑う。おそらく口止めなんてしてなかったんだろう。
「つまらんかった?おもろなかった?」
「いや、それは…」
「案外悪なかったやろ?正直なとこ、最悪半分おもろい半分ぐらいやろな〜」
正直、熱に当てられていたところはある。
「お、その顔は当たりやな?」
「そ、そんなことはないです…」
「え〜、ほんまに〜?まあ、ええわ。ところで、自分いま何しとるん?家は?」
「医療系のバイトしてます。家は来てくれた女の子のとこにいます」
「ええやん。自分、なんとなく落ち着いてきた感じやな。そんならもうホストはやらんか。あ!そういえば、今日通帳見た?今日LLの給料日やで」
水木にそう言われるとオレはスマホから口座を確認する。すると確かに入金の文字があった。
1、10、100、1000、10000、100000…
目を疑った。もう一度数え直す。
1、10、100、1000、10000、100000…
そこには300万弱振り込まれていた。こんな大金、大丈夫なのか…
「なんぼ入ってた?あ、待ってな?当てるわ!」
水木は勝手にクイズを始め、空でそろばんを弾き出す。
「わかった!280万ちょいやろ?どや?正解?」
「当たってます…」
ついつい答えてしまった。
「LLはな、店売りの半分から税金用に積み立て分、引いてくれるからそんなもんやろ?」
水木は、LLのシステムを知っていた。だったら答えてなくても結局正解わかるじゃないか。
「どう?えぐいな?自分」
「いや、びっくりしてます…ミスとかじゃ…?」
「ミスじゃないで?」
「え…」
思わぬ額に動揺を隠せなかった。
「魅力的やな?」
「はあ…」
「自分、聞くで?今の生活に本当に満足してるん?落ち着いてきたな思て、見ないようにしてるものないか?」
「い、いや…そんなことは…」
「足りてへんのちゃう?今の生活には"刺激"が」
「………」
「改めて聞くで?」
水木は不適な笑みを浮かべた。
「自分、ホスト興味あらへん?」




