第9章 お礼
一撃1000万overした5日目はオレがラスソンを取った。ほぼ毎日ラスソンを取っている麗人は悔しそうにも嬉しそうに見えた。
6日目、最速1000万overの噂を聞きつけたホス狂たちがLLへと押しかけた。実力で勝ち取ったものではないから指名には繋がらなかった。正直オレは、全てのホストがオレに跪く、あの快感をもう一度味わいたくなっていた。貪欲に営業をかけるがやはり実力はなくオレは指名客0の、いわゆるお茶を引いた。
7日目、今日が最終日だ。どうせならまたオールコールしたい。噂を聞きつけたホス狂に積極的に営業をかけてみるがどうしても指名には繋がらなかった。
今日の営業時間も残り1時間となった。成り行きで始めたホストも今日でおしまい。それなりにやれただろうか。
「七条ナツメさん、お願いします」
オレを呼ぶアナウンスが流れる。退店の手続きだろうか。別に営業が終わってからでも良いのに。
「ナツメさん指名の新規客です」
「え…?」
初回でつきもせず、ましてや素人同然の知名度もないオレを指名する客なんているはずがない。オレは不審に思いながらも案内されるままに卓につく。
「あの…私のこと覚えてますか?」
知り合いではなかった。端正な顔立ちをしている女だった。どこかで見たことがある気がしていた。
「2週間ぐらい前に…」
2週間前…?オレが初めてこの街に訪れた時期だ。
「あの時、助けていただいて…ホストだったんですね…」
思い出した。この街にきた日、酒に酔ったホストたちに犯されそうになっていた女だ。ずっとオレを探していて、業界最速1000万overの噂を聞き見つけたらしい。
「私、桜木花と言います。あの時は、ありがとうございました」
「いや、オレは別に何も…」
「いえ、あの時あなたが来てくれたから無事で済みました。本当にありがとうございます」
「わざわざこんなとこまで来なくても良かったのに…なんかすみません」
「お礼に何かおろします」
「いや、本当に何もしてないので気を遣わなくていいですよ」
「いえいえ、それじゃ私の気が収まらないので!…じゃあ、これで!」
はなは、総額30万overのシャンパンをオーダーした。
「ななな、なんと!!!またも期待の新人、七条ナツメ王子がやってくれました!!!七条ナツメ王子の素敵な素敵な姫様から高額シャンパン、シンデレラ一撃30万over頂きました!!!ありがとうございまーす!!!」
「「「ありがとうございまーす!!!」」」
「そんな素敵な素敵な姫様に感謝のコールを!いくぜ!いくぜ!集まってこいやー!!」
オールコールとまではいかないが手の空いているホストがオレの卓へと集まってくる。
「うりゃ!そりゃ!うりゃ!そりゃ!」
「「「うりゃ!そりゃ!うりゃ!そりゃ!」」」
「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」
「「「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」」」
本当に何もしていないのに、花から高額シャンパンをおろしてもらいオレは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「うりゃ!そりゃ!うりゃ!そりゃ!」
「「「うりゃ!そりゃ!うりゃ!そりゃ!」」」
「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」
「「「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」」」
「ここで七条ナツメ王子の素敵な素敵な姫様から一言いただきたいぜ!お前ら心して聞けや!いくぜ!いくぜ!スリー!ツー!ワン!」
花は、ホストが初めてだったようでいきなり渡されたマイクに戸惑っていた。
「本当に何もしてないのにありがとね、マイクに向かって何か最高!とかでも良いから一言もらえる?」
オレは花に助け舟を出す。
「えーっと…こういうの初めてでよくわからないんですけど、ナツメさんには以前助けていただいて…私にとっては命の恩人です!ありがとうございました!」
「ヨイショって言って締めて?」
「ヨイショ?」
花は戸惑いながらもシャンパンコールの流れをバッチリ決めた。
「さすが姫様!言うことが違う!!!そんな素敵な素敵な姫様の大切な王子様、七条ナツメ王子から姫様に一言ちょうだい!いくぜ!いくぜ!スリー!ツー!ワン!」
オレにマイクが回ってくる。
「まずは、花こんな素敵なシャンパンありがとうございます。オレがしたことなんて本当に何もなくて、でも、わざわざオレを探して価値を与えてくれたこと、それが本当に嬉しいです、ありがとうございます!ヨイショ!」
申し訳なさがあったが、それと同時にオレの中に嬉しさが込み上げて来ていた。知り合いではない、やらせではない、初めて自分の力で勝ち取った売り上げ、一昨日の1000万overのシャンパンよりも圧倒的に価値を見出していた。
「さすが七条ナツメ王子!言うことがちがう!」
「「「ちがう!」」」
「俺ら無敵のー?」
「「「legend line」」」
シャンパンコールが終わり、オレの卓は花と2人きりになった。
「なんか…申し訳ないよ」
「いえいえ、そんなことは…!本当にあの時のお礼です…!」
「ありがとう、夜の街は危ないから気をつけてね」
「はい…!気をつけます…!気をつけながらこれからちょくちょく会いに来ようと思ってます」
「え?」
「高額は使えませんが、またナツメさんに会いにLLに…!」
「ごめんね、オレ今日でホストはおしまいなんだよね。それにこれ以上は申し訳ないし、危ないから来ない方がいいよ」
「もういなくなっちゃうんですか?せっかく会えたのに…」
「もう気にしないでよ、本当に何もしてないから。ホストもある人との約束で1週間限定でってことだったから」
「そうだったんですか…」
オレには、長かった1週間がやっと終わるという達成感をあった。しかし、オレは少しずつあれだけ嫌だったホストという仕事に面白さを感じるようになっていた。
「只今の時間をもちましてラストオーダーを終了させていただきます」
ラストオーダーの終わり、営業時間終了30分前を知らせるアナウンスが流れる。
「またどこかで会えますか?」
「いや、もう気にしないで。オレのことは忘れて?」
花は少し悲しそうな顔をする。そんなやりとりをしていると営業終了の時間になった。最後の業務としてオレは花の退店を見送った。
「ふふ。お疲れ様」
「お疲れ様です、麗人さん。短い期間でしたけどお世話になりました」
「ナツメくん、ありがとね。ボクとしてはもっといて欲しかったよ。またいつか勝負したいな」
「いえいえ、オレじゃ相手になりませんよ。貴重な経験でした。ありがとうございました」
「ううん、こちらこそありがとうございましただよ。またね」
そういうと麗人は去って行った。オレは一通り挨拶を済ませると一条ハジメの待つ社長室へと向かった。
「おつかれ〜、ナツメく〜ん。どうだったこの1週間」
「凄く刺激的でした。ありがとうございました」
「ボクとしてはこのまま続けてほしいんだけどね〜、どう?実績作っちゃったし〜、ナツメくんなら幹部補佐から始めてもらってもいいんだよ〜?」
「ありがとうございます。でも、これで」
「そっか〜、残念」
オレは退職の手続きをした。書類を書いている時に、この期間での経験が走馬灯のように駆け巡った。どれも刺激的なものだった。
「ありがとうございました」
そう告げてオレはLL、Legend Lineを出た。寮も出ることになったし、行く場所もない、これからどうしようか。そんなことを考えながら歌舞伎町の街を歩く。
「あ、あの…!」
フラフラと歩くオレに突然、声をかけて来た。花だった。
「すみません、出待ちみたいなことをして…やっぱもう一度お話ししたくて…」
「もうお礼は十分だよ」
「私はナツメさんともう少しお話したいです」
花はオレの袖を掴み、俯く。そして、花の視線はすぐ近くの建物に移った。
「私はもう少し一緒にいたいです。朝までだって…」
花はオレの袖を掴みながら歩き出した。オレは花に連れられるようにホテルへと吸い込まれていった。




