第8章 一撃
麗人につけられた熱でオレは少しやる気になっていた。しかし、思い出したくもない記憶が勝手に己を冷静にさせていた。
ホストをやっていると言ったら美桜はどんな顔をするだろうか。父はなんて言うだろうか。きっと2人とも否定はしないんだろうな。
「こんばんは。七条ナツメです」
1週間本気でホストをする。水木からの恩や麗人から受け取った熱を蔑ろにしない。これがオレにできる精一杯だ。
見下していたものに目を奪われ、熱に当てられたオレはホストに対する考えを少し改めていた。
「LINEきいていい?今度どっか行こうよ」
お決まりのフレーズを並べるホストたちとそれとは裏腹に客に合わせた振る舞いをする売れっ子ホストがいた。
オレは、当然お決まりのフレーズを囁く。
どうせやるなら売り上げを立ててやめたい。何をすれば良いのだろうか。一応、教育係である日比谷に質問に行く。
「日比谷さん、初回で指名取れるにはどうしたら良いですか?」
「まずは連絡先を聞く、姫と物理的な距離を縮めること」
日比谷は面倒くさそうに答える。佐倉たちから教わったことだ。やはり基本中の基本らしい。
「ほかに何かないですか?」
「あー、もうあとは慣れだな。慣れ」
今のやり取りでもホスト経験のないオレでも日比谷が売れない理由がわかった。
体験入店の短い期間に結果を出したいオレに対して慣れという不釣り合いな答え、慣れという曖昧な表現。つまり、察する能力や言語化する能力が低いのだ。
「ありがとうございました」
オレは適当に日比谷との会話を切り上げ、ある一室へと向かう。社長室だ。一条ハジメはタレント活動やその他の事業をして多忙な日々でも、毎日ホストクラブに顔を出す律儀な男だ。
「失礼します。社長」
「おつかれ〜、ナツメくん。どうしたの〜?」
「いくつか質問がありまして…今お時間よろしいですか?」
「いいね〜、熱心だね!大丈夫だよ〜」
「オレが売り上げを立てるにはどうしたらいいですか?」
「なるほどね〜。素人がホイホイ売れるほどそんな甘くないよ〜」
「わかっています」
「多分わかってないよ」
「あ、え…」
「まあ、いいや〜。う〜ん、利用できるもの全部利用できてる?」
「利用できるもの?」
「自分が今持っているもの、人に託されたもの、LLにあるものとかね〜、色々と考えてみると良いよ〜」
「わかりました。ありがとうございます」
利用できるもの、一体いまの自分に何があるのだろうか。真っ先に手に取ったのは、スマホだった。あの事件から堕落した生活をしていた。そんな時期に抱いた女たちに久しぶりに連絡を取る。
「LLでホスト始めたんだけど、良かったら飲みに来ない?初回だと安く飲めるから。」
この文面を片っ端から送った。利用できるものなら何でも使うべきとはこういう事なのだろうか。まあ、期待はしてないが来てくれれば儲けもんだ。
返信を待つもさすがに厳しいのか2日目も取れず初回やヘルプ、雑用で終わった。
「久しぶりじゃん。LLって一条ハジメの??」
「うん、そうだよ」
「ちょっと興味あるかも」
「良かったら来てよー。あの一条ハジメも毎日来てるから」
1人の女から返信がきた。オレは社長をエサに来店予約の約束を取り付ける。
「本当に来てくれるなんて嬉しいよ!」
「まあ、1回ぐらいはね。一条ハジメも見てみたいとし」
「何にせよ嬉しいよ。久しぶり」
3日目にしてオレ指名で客を呼ぶことに成功する。昨日連絡した女の1人だ。
「今日は飲もうよ」
「あんま使えないよ?」
「大丈夫だよ、缶ものならそんなにしないから」
「じゃあ、いいや。かんぱーい」
オレは来てくれた女と一緒にビールを飲む。
「一条ハジメは??」
「まだ1部だから。社長はだいたい2部の時間に来るからもう少しあとだね」
LLでは2部制になっており、営業開始から21時までの時間を1部としており、21時以降を2部という。売り上げなど規定を満たすと1部からの出勤が免除され、2部からの出勤が認められる。
「あと30分もしたら来るんじゃないかな」
「そうなんだ」
「少し待った方がより楽しみになるじゃん。一緒に待っていようよ」
「仕方ないなー」
大金を引っ張るつもりがないオレは他愛のない会話をしながら、社長を待つことにした。
「夜の帝王、歌舞伎町のカリスマ、一条ハジメ社長が出勤しました。お前ら気い張っていけやー」
社長の出勤を伝えるアナウンスが聞こえてくる。
「来たみたいだね」
「え!楽しみ!」
一条ハジメはいつも出勤すると来店している客の一人一人に挨拶回りをする。この2日見ていてそうしていることに気づいた。
「あれ〜?ナツメく〜ん、素敵なお姫様が一緒だね?指名されたの初だね〜、おめでと〜」
「ありがとうございます」
「一条ハジメだ!本物!?なんかオーラあるー!」
オレが連れてきた女は一条ハジメにテンションを上げる。
「せっかくだしお祝いに挨拶回りしたらボクがヘルプついてあげるよ〜」
「良いんですかー!?」
「ありがとうございます」
一条ハジメがヘルプにつくと知った女はさらにテンションを上げ、缶の中にある酒を一気飲みする。
「おかわり持ってきてー!」
「おい、大丈夫か?」
「らいじょうぶ、らいじょうぶ」
女は意識はあるものの少し呂律が回ってこなくなっていた。
「お待たせしました〜、一条ハジメです〜」
「うわー!きたー!カッコいいー!」
「ありがとう〜!ナツメくん指名の初の姫がこんな素敵な方でボクも嬉しいよ〜」
「本当に!?来てよかったー!」
「こんな素敵なお姫様が選んでくれてナツメくんは幸せ者だね〜?」
「はい、有難い限りです」
「そうだよ、私にもっと感謝してよね?」
「おい、飲み過ぎだぞ」
酒と一条ハジメにテンションを上げ完全に調子に乗っている女にオレはクギを刺す。
「お姫様せっかくでしたらシャンパンも頼んでみてはどうでしょうか〜?」
「え、社長?」
「今回は特別に1番リーズナブルなシャンパンでもコールしますよ〜」
「えー、どうしようかなー」
「ボクの可愛いナツメくんが初めて指名を取れたお祝いにどうですか〜?」
「じゃあ、せっかくだし頼んじゃおうかなー!」
「おい、大丈夫かお前」
オレは明らかに調子に乗ってシャンパンを頼もうとする女を落ち着かせようとする。
「え、ここっれカード使えるー?」
「使用できますよ〜」
「じゃあ、頼むー!」
「おい、本当に大丈夫なの?」
「らいじょうぶ!らいじょうぶ!」
明らかに勢いに任せてシャンパンを頼む女を心配する。
「おっけ〜!じゃあ、シャンパンとマイク持ってきて〜!」
一条ハジメに促されるまま入ったオーダーをオレは内勤に伝える。
「ななな、なんと俺らLL!!期待の新人、七条ナツメが!初の!高額シャンパン!高額シャンパンをいただきました!ありがとうございます!これはえらいことだぞ!お前ら、集まってこいやー!!!」
「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!」
「「「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!」」」
「シャ、シャ、シャ、シャ、シャンパン!」
「「「はい!はいはい!!」」」
「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!」
「「「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!」」」
「シャ、シャ、シャ、シャ、シャンパン!」
「「「はい!はいはい!!」」」
多くのホストがオレの卓へと集まり、コールをする。他のホストが全員跪いてコールするオールコールほどではないが、凄い迫力だ。2日間、コールする側だったが初めてコールされた。
「ここで、七条ナツメ王子の!素敵な素敵な姫様から!一言!一言ちょうだい!スリー!ツー!ワン!」
「私ホスト来るの初めてでこんなイケメンたちにコールされてめっちゃ楽しいです!ホストサイコー!」
「さすが姫様、言うことがちがう!ありがとうございまーす!じゃあ、次はそんな素敵な素敵な姫様からシャンパンをいただいた七条ナツメ王子から!一言!一言ちょうだい!スリー!ツー!ワン!」
「えー、こんなつもりじゃなかったんですけどありがとうございます。コールされるのって結構いいですね。」
オレが当たり障りのないことを話していると女がもっといけと煽ってくる。オレは思わずニヤッとする。
「入って3日のオレがシャンパン入れました!みなさん焦ってくれますか?ここからオレの伝説が始まるんでお前らよろしく!!!」
女に煽られたことと酒に酔っていたこともあり、だいぶ調子に乗っている煽りをかました。
「さすが七条ナツメ王子!言うことがちがう!」
「「「ちがう!」」」
「俺ら無敵のー?」
「「「legend line」」」
正直、気持ち良かった。オレより経験のあるホストがオレを称える。気分が良くないはずがない。
しばらくすると高揚感から抜け出したオレは冷静にあの女にシャンパンをおろさせてよかったのか不安に思う。
「社長、少し良いですか?」
「ん〜?なに〜?」
「さっきのシャンパンなんですけど…」
「煽っちゃまずかったかもって〜?」
「あれ、元々オレの知り合いで」
「そうなんだ〜、でも大丈夫だよ〜」
「え、10万しますよ?」
「あれはノリだし〜、使ってくれようとしたことに価値があるから〜。それにお祝いだしあの子の会計はボク持ちにしてあるよ〜」
「え?良いんですかそれ」
「多分、キミの友達だろうなって思ってたし〜、酔い方が行儀良くなかったから後々トラブルになるの避けたかったから良いよ〜、それに本当にお祝いだし〜。でも、あの子危ないからもう来ちゃダメだよ〜。利用できるものも利用の仕方は選ばないとね〜。とにかくおめでとう〜」
「すみません、ありがとうございます」
さすがに伝説のホストだけあってやることが粋だ。それにオレと女の関係を見抜いていた。知り合いに声をかけるのはこれきりにしよう。
とはいえ、オレは初めて売り上げを上げた。シャンパンコールは、自分に価値を与えられた感覚があった。
「どう?初めてのシャンパンコールは」
麗人が声をかけてきた。
「正直、気持ちよかったです」
「ふふ。それは良かったね。でも、これからもっと見せてくれるでしょ?」
「はい。頑張ります」
麗人はオレをどんどん焚きつける気だった。初めて売り上げを上げた3日目が終わった。しかし、次の日は指名を取ることが出来ず苦汁を飲んだ。
5日目、オレ指名の新規客が来た。顔を見てみても全くわからなかった。何が指名を呼んだのだろうか。
「指名ありがとうございます。七条ナツメです」
「うわ〜、イケメンだ〜!ゆのって呼んで!」
「ゆのさん、単刀直入に聞いても良いですか?」
「え?なにを?」
「どうして指名してくれたんですか?」
「あ〜、なるほどね〜。どうしてだと思う?」
「わからないです」
「すぐ諦めちゃうんだね、ちょっとガッカリかも」
「すみません」
「これ粗相だよね?」
ゆのは卓に置いてあった缶に目をやる。
「わかりました」
オレはビールの入った缶を手に取ると一気に飲み干す。
「やるねナツメくん。どうしてだと思う?当ててみて」
「この間の評判を聞きつけてとか…?」
「ちがいまーす。入店3日でシャンパン入れただけじゃそんなに話題にならないよ」
「すみません、ちょっと調子に乗りました」
「外したから…わかるよね?」
ゆのはまた缶に目をやる。飲めと言うことだ。オレは覚悟して一気に飲み干す。
「LLのサイトかられすか?」
短時間で2杯も一気飲みしたせいで少し呂律が回らなくなってきた。
「ぶーぶー。それも外れー。もうわかるね?」
ゆのは缶をオレに手渡す。オレはまた一気飲みをする。
「もう無理!せいかいはー?」
オレは酔いもあり、勢いで答えを聞き出そうとする。
「もー、仕方ないなー」
ゆのはヘルプについていたホストに声をかける。それを聞いたホストはとても驚いた顔をしていた。
「答えが聞きたいなら漢気、見せてね♡」
ヘルプのホストがオーダーを取ると内勤に伝える。内勤も驚いた顔をしてすぐにマイクを手に取る。
「ななな、なんと今日はこの男がやってくれました!七条ナツメ王子!なんと一撃1000万overでーす!ありがとうございまーす!お前ら集まってこいやー!」
「え?オレ?」
突然の状況に驚きを隠せず呆気に取られていた。
「ななな、なんと業界5日目で一撃1000万over歴代最速です!!!」
店内にも動揺が広がりつつもオレの卓へと全てのホストが集まってきた。
「とんでもないことが起きましたー!お前ら気を張って行くぞ!こーえーだーせ!!!」
「「「うおおおおおおおお」」」
「うりゃ!そりゃ!うりゃ!そりゃ!」
「「「うりゃ!そりゃ!うりゃ!そりゃ!」」」
「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」
「「「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」」」
「うりゃ!そりゃ!うりゃ!そりゃ!」
「「「うりゃ!そりゃ!うりゃ!そりゃ!」」」
「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」
「「「ワッショイ!ワッショイ!ワッショイ!」」」
1000万overの高額オーダーなこともありオールコールだ。店内が怒号のように響いた声で埋め尽くされる。全てのホスト、あの麗人までもオレの前に跪く。
その景色に遅れてオレに高揚感が迫ってくる。ここ数日、オレがひれ伏したホストたちがオレに首を垂れる。最高に気分が良い。これは現実なのだろうか?
「ここで七条ナツメ王子の素敵な素敵な姫様からありがたい一言!一言をいただきたいぜ!いくぜ!いくぜ!スリー!ツー!ワン!」
「今日、ここに伝説が生まれました!七条ナツメくんです!最速1000万overホスト誕生です!ヨイショ!」
ゆののマイクコールを聞き、高揚感に当てられていたオレは急に冷静になる。なんで1000万も使ったのだろうか。急に恐怖が押し寄せてくる。
「ここで伝説を生み出した期待の新人、七条ナツメ王子から一言!一言ちょうだい!スリー!ツー!ワン!」
「え…えっと…」
突然のことに、オレは言葉が出てこない。
「自分のことじゃないみたいです…」
情けない言葉にホストからブーイングがあがる。オレは空気感に当てられ半ばヤケになって声を絞り出す。
「業界最速1000万over現実じゃないみたいです。なんでオレなんだろうっていう気持ちが正直です。でも、これだけは言えます。ホスト最高ー!!!」
「「「フォーーーーーーー!!!」」」
恐怖と共に莫大な高揚感が押し寄せ、オレを完全に調子に乗らせる。
それを見たゆのは、シャンパンのボトルをオレに手渡してくる。漢気ってそういうことか。
「七条ナツメ、いただきますー!!!」
そう言い、オレは一気にシャンパンをボトルのまま飲み干す。思わず意識が飛びかける。なんとか倒れまいとオレは椅子にもたれかかる。
すると、ゆのはオレの耳元で囁いた。
「これは水木さんからのご祝儀です」




