【序章】
月明かりの道しるべを辿ってきたフクロウが、開け放たれた木窓の縁に影を落としている。
眼球を動かさず、けれども怪訝そうに眼を細めて、百八十度に首を回して室内を見回す。暇を飽かすつもりだったのか、低い声が不満を抱き、唸りを上げた。
「浮かぬ顔をしておるの」
松明の炎に照らされて暗がりに揺らめく影が、無数の模様を石壁に描き出している。それは命ある存在として蠢き、ざわりざわりと浸食していくかのようだ。
「何故、このような暗きところに」
長い髪を一つに結い纏めた女性が一人と、言葉を自在に操れる一羽のフクロウを除き、室内には誰もいない。
椅子に腰掛けたまま、不安を打ち消すかのように左腕を上げ、フクロウを手招きする。すると驚くことに、フクロウは左右へと羽を広げることなく、重力に逆らいながら女性の許へと向かい、腕に止まってみせた。女性はその背中を撫でながら、ゆっくりと首を横に振り、空いた右手で机の棚から草紙を取り出し、筆先を走らせてゆく。
――なんでもない、だから心配しないで。
これは決して愚かな行為ではない。フクロウの手を借りずに解決するだけの力を持っているのだから、真実を語らなくともよい。言葉にして伝える必要のない些細な歪みなのだと、女性は自分自身に言い聞かせた。
罪と罰を科せられてしまい、大切な存在を裏切ることになろうとも、初めから全てを受け入れる覚悟で伝えたのだ。そしてフクロウは、それが嘘と見抜く術を持ち合わせてはいなかった。
仮に、それが現実に起こりうるとすれば、未来が変わる可能性も否定はできない。だとすれば、今ここで伝えておかなければならないだろう。
――さようなら、逆さまの王。
決して気づかれぬように、そっと唇を振るわせる。
ありったけの想いを込めたその言葉が、フクロウに届くことはなかった。