騙し討ち
「え?私もですか?」
「うん。頼む。麗子さんに絶対連れてきてって言われてるんだ」
「え〜」
数日後、由衣佳は那加川から頼み事をされた。
それは一緒に映画を見てくれというものだった。デートの誘いではない。麗子と映画を見る約束を取り付ける時に、条件として由衣佳を連れてくるように言われたらしい。
「お昼は俺の奢りだから」
「わかりました」
二人のお邪魔虫にしか思えないのだが、お昼に釣られて由衣佳は承諾した。
(麗子さんを連れて行くくらいだから、おしゃれな場所に違いない。間違ってもラーメン屋とかファミレスではないはず)
そう期待して、日曜日を待った。
「……え?」
「由衣佳さん」
約束の場所に行くと、那加川も麗子の姿もなく、そこにいたのは流次だった。
「騙すようにしてすみません。私があなたに会いたくて麗子さんにお願いしたのです」
「え〜?」
(嘘、嘘よね。なんで、そんな)
由衣佳は動揺しぎて、別のことを気に始めていた。
お邪魔虫でもある由衣佳がおしゃれしても懸念を抱かせると思い、薄茶色のカットソーの七分袖シャツに、クリーム色のスカートという可愛げのない恰好をしていた。その上髪も一つにまとめただけだ。
(多鍋さんと会うならもっとおしゃれしてきたのに)
「私と映画見るのは嫌ですか?」
「そ、そんなことないです。全然」
「よかった。行きましょう」
ドギマギしてるのは由衣佳だけのようだ。
流次は微笑みを浮かべて手を差し出す。
「嫌ですか?」
「えっと、あの」
(展開あまりにも早すぎ。恋愛の経験値の差なの?っていうか、私たちはまだそんな段階でもないのに)
「冗談ですよ。行きましょう」
流次は唇の端っこをあげて意地悪そうに笑い、由衣佳は怒るのではなく、ドキマギしてしまう。
(え、もしかして意地悪されて私喜んでるの?いや、違う。違うから)
「由衣佳さん、映画始まってしまう。急ごう」
「はい!」
那加川と麗子と一緒に見る予定だったのは、ゴドラだった。
☆
「面白かったですね」
「はい」
映画は予想以上に面白くて、隣の流次を意識する間もないくらいだった。
「お昼にはちょっと早いですけど、お茶でも飲みますか?」
「はい!」
「由衣佳さんの返事はいつも、はいですね」
「あ、はい」
(あ、またはいって言っちゃった)
流次はツボに入ったらしくて、笑いだす。
口元を押さえて笑っているが、女性的ではない。
(格好いい人は笑ってもかっこいいんだ)
由衣佳は笑ってる流次に見惚れてしまった。
「あ、笑いすぎてしまいましたね。すみません。お茶飲みにいきましょう。カフェでいいですか?」
「はい」
「あ、またはいって」
くすくすと流次は笑う。
さっき笑った時に涙まで出たらしい。目が涙で潤んでいて、色気たっぷりの微笑みだった。
(本当、多鍋さんは綺麗でなんていうか世界が違う)
可愛らしいカフェで二人でお茶をする。イケメンの流次は注目の元で、彼の相手が由衣佳であるのが信じられないという視線を、彼女はひしひしと感じていた。
(うう辛い)
「私と一緒にいたら面白くないですか?」
「そんな事ないですよ」
由衣佳はそう答えたが内心考えていた事は早く帰りたいだ。
「場所を変えましょう」
「え?はい」
まだ注文はしてない。けれでも水の入ったコップは運ばれて来ていて、彼女は店を出ようとする行為に戸惑う。
二人を見る店員の表情も穏やかではない。
「すみません。急に気持ち悪くなってしまって、体調が良くなったらまた来ますね」
イケメンにそう言われれば、多くの人が許してしまう。通りかかった店員もそうで、笑顔で流次を見送る。
(凄い。多鍋さん!)
彼の後ろを歩きながら由衣佳は感心してしまった。なので店を出た途端、流次にも称賛を送る。
「多鍋さん、凄いです」
「え?何がですか?」
「笑顔一つで店員さんを攻略してました」
「こ、攻略」
「本当漫画みたいな事があるんですね」
「漫画」
「多鍋さん、凄いです」
(やっぱり彼は違う世界の住人。凄すぎる)
「由衣佳さん、女性向けではないのですが、美味しい珈琲を入れる店を知っています。いかがですか?」
目を細め、妖しく微笑む流次。
気がつくと、彼女は頷いていた。
(え?魔法?なんていうか、多鍋さんの美しさは魔法みたい)
彼が案内した場所はレトロな作りの喫茶店だった。混み入った路地にあって、入り口の扉も見つけ辛い。隠れ家のようなお店だった。
「マスターはちょっと怖い顔をしてますが、コーヒーの味は保証します」
紅茶よりコーヒー派の由衣佳は流次の後について、店内に入った。
「いらっしゃい。おう、流次じゃないか」
「お久しぶり。マスター」
奥から顔を見せたのは、暴力団にいそうな坊主頭の男。店内なのにサングラスをつけている。
(あ、怪しい。だけど、面白い)
「由衣佳さん、これメニュー」
レンガ作りの店内で少し薄暗い。
けれども怪しい感じはせず、温かい雰囲気のあるお店で、勧められるまま奥の席に座った。
「ウィンナーコーヒー?」
「ホットコーヒーの上にクリームがのっているものです。試しますか?」
「是非お願いします」
(ウィンナーコーヒーって、ソーセージが乗っているわけじゃないのね。小さい頃、決まって朝ごはんはウィンナーソーセージだったから、ソーサーにソーセージが乗ってくる想像しちゃった)
「ソーセージが食べたかったですか?」
「あ!どうしてわかったんですか?」
「私も最初見た時は同じこと思ったからです。ちょっと早いですけど、パンケーキセットでも食べませんか?パンケーキも絶品ですが、添えられるソーセージもパリッとしていて美味しいですよ」
「うわあ。よだれが出てきそうです。お願いします」
「よだれ……」
「あ、いけない。すみません」
「いえいえ、面白いですね。由衣佳さんは」
にこりと微笑まれて、彼女の体温が一気に上昇する。
(萌すぎて死んじゃうかもしれない。多鍋さん、凄すぎる。流石、スカフィーさんの中の人)
「それでは、頼んでしまいますね。マスター」
そうして流次は、パンケーキセットを二つ、エスプレッソコーヒーにウィンナーコーヒを頼んだ。
「ワクワクしますね」
「そうですか?よかったです。さっきは浮かない顔をしていましたから」
「あ、すみません。人目が気になってしまって」
「そうですか。今度会う時は人が少ないところにしましょう」
「そうですね」
由衣佳は深く考えず、同意していた。
今度、という言葉を聞き逃して。
二人は企業アカウントの中の人の悩みを打ち明けたり、映画の感想を言い合ったり、喫茶店で二時間ほど過ごした。
「楽しかったです」
「今度は直接誘いたいので、連絡先いただいてもいいですか?」
「え?今度?」
「だめでしょうか?」
「えっと、いえ」
「それでは番号を教えてください。私からかけますから。それで登録してください」
「はい」
畳み掛けられ、由衣佳は抵抗することもなく、彼に番号を教えた。すぐに電話をかけ、彼女のスマホが鳴る。
「登録してくださいね。電車で帰りますか?車で送っていきますよ?」
「いいえ、電車で帰ります」
「それでは、駅まで送りましょう」
そうして由衣佳は流次に駅まで送ってもらい、そこで別れた。
☆
「楽しんだみたいだな」
「はい」
翌日、那加川に昨日の事がを聞かれて、由衣佳は素直に昨日のことを話した。
「イケメンって凄いですね。本当」
「そうだな」
「でも先輩ももうこんな事はやめてくださいね。騙し討ちですよ」
「あ、ごめん。もうしない。約束する。連絡先は交換したんだろ?」
「ええ、まあ」
「なんだ、歯切れ悪いな」
「いや、綺麗な人と一緒にいると緊張しませんか?」
「確かになあ。まあ、でもそれよりも喜びが大きいから」
「そうですか」
それから那加川の昨日の麗子とのデート話になり、由衣佳は長い惚気話にうんざりすることになった。




