大人のフォークダンス(嘘)
平成生まれの由衣佳でも、中学の運動会でフォークダンスは踊ったことがある。
フォークダンスには、写真や動画を撮る者以外はほぼ強制的に参加する事になった。
由衣佳は、写真を撮るからなんとか言い訳をしていたのだが、那加川に却下されてしまった。
マンダリーから二人以外にも参加者がいて、空気を読んだ彼は写真は任せておいてと、由衣佳にサムズアップする。
動画はプロを雇い、各企業で共有することになっていた。
総勢三十人によるフォークダンスだ。
半数が少し恥ずかしそうにしていて、由衣佳もそのうちの一人だ。
スウェットやトラックスーツに身を包んだ男女がフォークダンスを踊る。
中高生ではないのではっきりいってシュールだ。
唯一の救いは昭和企業戦士の多くが遠慮して、平均年齢が二〇代になったことだろうか?
オクラホマミキサーが流れ、隣の那加川の手を取る。
各企業、運動会の準備はしても時間を取るのが惜しいということで予行練習はしていない。
なので、フォークダンスの見本が必要ということで、プロのダンサー二人が円の真ん中で見本のダンスを披露している。フォークダンスだがキレキレっの動きだ。
由衣佳は見本を見ながら、踊る。
ダンスの時間は二十分程度。
曲はオクラホマミキサーのみだ。
「麗子さんまで辿り着けそうだ。やった」
那加川とのダンスが終わり、前に移動する前に彼が嬉しそうにつぶやく。
由衣佳が目を向けるとその周りに多鍋の姿はなかった。
(写真係なのかな?)
少しがっかりしつつ踊っていると、ぽんぽんと肩を叩かれる。
「多鍋さん?!」
それは流次で、彼はにっこり笑うと由衣佳の手を取った。
「一回しか踊れないのは残念ですね」
微笑みは由衣佳のハートを打ち抜く。
「どうしましたか?」
「な、なんでも。多鍋さんは本当に格好いいですね」
「ありがとうございます」
スマートに返され、流次とのダンスはそれで終了となった。
なんやかんやで無事運動会は終了した。片付けを手伝った後、由衣佳は会社に戻ってアオトリに写真を投稿する必要があった。
明日は休みをとっていいと言われているので、心情的に残業もそこまで辛いものではなかった。
(多鍋さんもきっと残業に違いない)
流次だけでなく、他の企業アカウントの中の人たちは今頃アオトリに載せる写真を加工しているはず。
そんな風に思いながら、メールに送ってもらった写真をパソコンに落とし込んで加工する。
『今日は企業対抗運動会に参加してきました。我が社は白組。個々では成績が振るいませんでしたが、白組は優勝。頑張りました』
浮かんだのはひねりもないコメント。
各競技の写真を見ながらアオトリに載せるものを選んでいく。
パン食い競争はイヤイヤながら自身の写真を載せるしかないと諦めた。写真の中には多鍋も写っていて、彼が優しく彼女を見ているのに気がついた。
(うわあああ。ど、どうしてこんな表情で!?)
深く考えると泥沼に嵌りそうだったので、由衣佳はその写真を載せるのを諦めた。けれでも削除するのことは出来ず、そのままデスクトップのフォルダーに保存する。
(由衣佳。多鍋さんはスカフィーさん。恋愛なんて百戦錬磨の。深く考えない。うん)
流次に妄想で軍服を着てもらい、鞭を持ってもらい、心を落ち着かせる。
(多鍋さんはスカフィーさん。私とは違う世界の人)
そう言い聞かせながら由衣佳は作業を続ける。
加工済みの写真を載せ、コメントを投稿。
しばらくするといいねと一緒にスカフィーからコメントが入った。
『マンダリーくん、クリームパンの写真は載せないの?可愛かったのに』
「クリームパン!?」
パン食い競争の写真と分かってはいたが、由衣佳は載せるつもりはなかった。
『野木沢パンさん、ご提供のクリームパンはとっても美味しかったです。写真を撮るのを忘れてしまいました。気になる方は野木沢パンさんのページへGO』
スカフィーさんに返信というよりも全体に対して、由衣佳はコメントを返した。
その後クリームパンがバカ売れする事になり、後日野木沢パンからマンダリー文房具へクリームパンの差し入れがあるのだが、この時の由衣佳は自分の気持ちを持て余しており、その後の影響を考える余裕はなかった。
「スカフィーさんのいつもの冗談なんだから」
(多鍋さんは美形で人あたりも良い。モテまくってる人。だからこんな事簡単に言える)
運動会の準備の際も可愛いと言われたことを彼女は思い出していた。
(投稿もしたし。今日はもう帰ろう)
明日は彼女は休むが那加川がマンダリーくんを引き継いで拡散やいいねをしてくれる事になっていた。
由衣佳は首を横に振って、手の平を天井へ伸ばし、ストレッチする。
それからパソコンの電源を消し、会社を後にした




