スカフィーの中の人の苦悩
「流次くん、気持ち悪いわ」
「失礼ですよ。麗子さん」
「その笑いよ。なんていうか寒気がするのよ」
流次は麗子の言葉を聞き流しながら、作業を続ける。
『企業アカウントによる懐かしの運動会』の準備に入って、今日で四日目だった。
彼はマンダリー文房具の由衣佳に会うために、せっせとスポーツセンターに通っていた。したくもない運動会の準備をしながら、彼女を待つのはとても有意義な時間だった。彼にとっては。
その横で淡々と作業をしているのは、同僚の四条丸麗子。彼女も那加川に会えるので、こうしてスポーツセンターに来るのは苦ではない。むしろ喜び。けれども、社内では決して見せない爽やかな笑みを浮かべる流次を見ると鳥肌が立つのを抑えきれなかった。
「おはようございます」
流次は、由衣佳の姿を見かけるとすぐに彼女の元へ向かう。
昨日少し踏み込みすぎたと反省し、今日は少し距離を置こうと決めていた。
「お、おはようございます」
季節は秋初め、寒くもないはずなのに彼女の頬は冬空の下のようにピンクに染まっている。
自然なメイクで、人によっては垢抜けないと表現されるだろう彼女。
しかし流次はそんな純朴そうな彼女のことを気に入っていた。
「今日も頑張りましょう。運動会まであと少しですから」
「そうですね。はい」
適切な距離を保ちつつ、爽やかな微笑みをキープ。
それに安心したのか、由衣佳はほっとしたように微笑んだ。
(ゆっくりと距離をつめていかないと。逃げられてはどうしようもない。彼女がマンダリーくんなのは確かだ。私の目は節穴ではない。那加川さんがアップしているように見せているが、あの動き、彼女がコメントを投稿しているのは確かだ。なぜ隠すのかわからないけど。私も自分がスカフィーの中の人とは伝えてないので、同じようなもの。詮索することはない。だいたい、あのキャラが私だと思われるのも嫌だ)
スカフィーの女王様なキャラはあくまでも、作られたものだ。
流次のキャラではない。
そう彼は思っているが、彼は自身の本質に気がついてなかった。
☆
「流次くん。大智さんがマンダリーくんじゃないって知ってる?」
「知ってますよ」
「知ってたの?」
スポーツセンターから帰り道、二人はそんな会話をしていた。
今日は午後から用事があり、昼前には会社に戻らなければならなかったのだ。
「なーんだ。だったら、本当のマンダリーくんは由衣佳ちゃんってことも?」
「知ってますよ」
「だったら問題ないわね」
「どう言う意味ですか?」
「私、大智さんにあなたがスカフィーの中の人だって話しちゃったのよね」
「どうして話したんですか!?」
「だって、いやじゃない?あのキャラが私だって思われるの?」
「私だって嫌ですよ」
「君の場合、まんまじゃないの?」
「は?」
「気がついてないって怖いわね」
「麗子さん、どういう意味ですか?私がスカフィーみたいなSM女王様気質だって言いたいのですか?」
「ちょっと、声大きいわ。前もしっかり見てよ」
助手席で麗子は耳を押さえ、前を指す。
「心配しなくても大丈夫です」
「心配するわよ。死にたくないの」
「私の運転技術を信じてください」
「信じれないから言ってるの!わかったわ。わかった。前言撤回するから、しっかり運転して」
「わかればいいのです」
(まったく、麗子さんは失礼なことを言う。スカフィーの女王様気質が私みたいだなんて、あり得ない)
前を見ていても、流次はそんなことを考えながら運転を続けていた。
助手席で生きた心地がしなかった麗子は、次は彼の車に乗らないと決める。
そうして会社に戻り、二人は会議に出席。その後、流次はアオトリの仕事、麗子は取引先へ出かける。
『今日も運動会の準備です。皆さん楽しみにしていてください』
マンダリーくんが写真と共にそんなコメントしている。
写真はみんなで紙吹雪を作るところで、顔はそれぞれの企業のロゴマークで隠されていた。マンダリー文房具のロゴで隠されているのは那加川の顔、由衣佳の姿はそこにはない。
企業の中の人の写真ばかりだ。うっかりと由衣佳の写真を撮ることを忘れていたことに彼は気が付く。
(次は写真を撮ろう)
『私の活躍をみんな楽しみにしていてね。ぶっちきりで優勝するから』
マンダリーくんの投稿にはいいねをして、スカフィーとして新しいコメントを投稿する。
写真はロゴで顔を隠した麗子だ。
そうして、エゴサーチでもしようかとして、流次はふと気が付く。
(そういえが麗子さんが、スカフィーの中身が私だって話したって言っていたな。那加川さんはきっと由衣佳さんに話すはずだし。ってなると、私のイメージが大崩れ。オネェとか思われていたら、どうしようか)
そんなことを考え始め、その日流次はまったく仕事が手に付かなかたった。
おかげでスカフィーからコメントがないと、アオトリ上で騒ぎが起こるくらいだった。




