二人のその後は……。
「ひどいですよ」
「すみません」
由衣佳は流次に誘われて、あの喫茶店に来ていた。
頼んだものは前回と同じウィンナーコーヒーとパンケーキセットだ。
「私は多鍋さんを援護したかっただけなんです。それなのにあの写真を載せるなんて」
「すみません。でも悪いコメントはなかったですよね?」
「まあ、そうですけど。ただ少し文句言いたかっただけです。気が済んだからいいです。その件については忘れます。それにしても大変でしたね。今回」
「ええ。本当、勝手に勘違いされて困りました」
(多鍋さんは少し怒ってるように見える。失礼なコメントもあったもんね。今は削除してるみたいだけど)
「勝手に女性だと思い込んで、騒いでくれましたよね。本当。私は別に女性と明記してませんし。由衣佳さんもでしょう?」
「そうですけど」
「由衣佳さん、またそうですけどって言ってる。別に賛同を求めているわけではないのですよ。ただちょっとイライラするコメントもあって」
「私も読みました。なんか下品なコメントもたくさんありましたよね」
「ええ。魚拓も取ったので、訴えることもできるのですが、企業アカウントとしては我慢します。確かに女性と見えるように振る舞ったのは確かですから」
「あのちょっと聞いても良いですか?」
(前から聞きたかった。スカフィーさんのあのキャラって。でも聞くのは失礼かな)
「何か聞きたいことがあったらどうぞ?」
由衣佳が躊躇していると、にこりと流次が微笑む。
(綺麗だなあ。聞いても良いかな。失礼ではないはず)
「あの、多鍋さん。スカフィーさんのキャラって、多鍋さんがご自分で作られたんですか?」
「え?どうしてそんなことを」
「あの毅然としたところとか、多鍋さんのままだなあと思って。多鍋さんって軍服とか似合いそうだし」
「は?」
「あ、すみません」
(私ったら、うっかり。妄想まで話してしまって)
「な、なんでもないです。忘れてください」
「スカフィーのキャラクターは、社長が決めたんですよ。女王様キャラとして運営してくれって。私はたまたまITを専門にしていて、アカウントの運営を任されただけなんです」
「そ、そうですか」
(多鍋さんのキャラじゃなかったんです。私ったらなんて失礼なことを)
「マンダリーくんは、由衣佳さんそのものですよね」
「え?」
まるで仕返しのように流次がそう言い、由衣佳は耳を疑った。
(マンダリーくんって、那加川先輩って感じなんだけど。私はあんなマゾっぽくない)
「スカフィーに絡まれて、困って答えるマンダリーくんは可愛かったです。画面の前で何度も癒してもらいました」
「そ、そうなんですか?」
「だから、私はマンダリーくんが初めから女性じゃないかと思ってました。あなたをはじめに見た時も、あなたがマンダリーくんじゃないかと思ったくらいです」
「そうなんですね」
(ちょっと、多鍋さん?)
流次は顎に手を当て、由衣佳から目を離さず、口元には笑みを浮かべている。
彼の全身から色気が放たれているようで、由衣佳はクラクラと目眩がしそうだった。
(やっぱり軍服、)
「由衣佳さん。初めて見た時から、あなたのこと気になってました。日々のアカウント運営で疲れていた私を癒してくれたのはマンダリーくんでした。会うたびに、あなたを思うことが多くなって、メッセージは私の日々を明るくしてくれました。私と付き合ってくれませんか?」
「多、多鍋さん?!」
(う、嘘。ううん。嘘じゃない。だけど、多鍋さんが格好良すぎて、無理)
「返事はゆっくりでいいから。ただ私の気持ちを知って欲しかっただけです」
由衣佳は何も答えられず、口をぱくぱくとするだけ。
「マスター」
多鍋がそう呼ぶと、少ししてウィンナーコーヒー、エスプレッソコーヒーとパンケーキセットが運ばれてきた。
「食べましょう」
「は、はい」
美味しいはずのパンケーキ。
薄っすら甘いはずのウィンナーコーヒーのクリーム。
それらを由衣佳は楽しむことができなかった。
「それではまた」
「はい」
食後は前と同じように駅まで送ってもらう。
改札前で一度振り返ると、流次はまだそこにいて微笑んで手を振っている。
由衣佳はそれに手を振って返すと、改札をくぐり抜けた。
☆
(どうしよう。あんな綺麗な人が、私に?いや、無理でしょう?釣り合いが取れなさすぎる)
由衣佳は実家から会社に通っている。
玄関先で母親に声をかけられたが、それに気がつかないまま、自室へ向かう。
そこで腰が抜けたように床に座り込んでしまった。
(多鍋さんのこと、私、きっと好き。だけど、付き合うとかそういう好きじゃないと思う。だって、あの人は別世界の人だよ)
流次の告白は嬉しく、頷きたいという気持ちもある。しかし断るべきと主張する理性が働き、その日
由衣佳は断るべきと答えを出した。
けれどもスマホを握りしめると迷い始め、また電話で断るようなものではないとスマホをベッドの上に置く。
その日、寝るまで彼女はずっと悩んでいた。
☆
由衣佳は悩むが日々は流れていく。
マンダリーとしてスカフィーといつもの絡み。
最近は過激なコメントが減り、それが妙な噂に信憑性を持たせているようで、由衣佳は少し困っていた。
(あの写真のせいで、何か変な噂が。私が多鍋さんと付き合うなんてとんでもない。……断ろう。うん)
そう決めて、由衣佳は流次にメッセージを送る。
もちろん、会って断るつもりだった。
場所はあの喫茶店。
流次の都合が合い、次の日曜日の午後に会うことになった。
約束は午後の二時。
けれども由衣佳は一時間も早く来てしまった。
ウィンナーコーヒーを飲んで待とうと思っていると、流次はすでに来ていて、思わず立ちすくむ。
向こうもまさか由衣佳がそんなに早くくるとは思っていなかったようで、目を丸くして驚いていた。
「あの、こんにちは」
「こんにちは」
けれどもショックから立ち直るのは早く、流次は立ち上がり、由衣佳を席に招く。奥の席で、他のテーブルより離れている。話をするにはちょうどいい場所だった。
「あの、」
こうなれば早く断ってしまおうと口を開く。
「由衣佳さん。時間をくれませんか?こういう関係をまだ続けたいのです。あなたが断るために私を呼び出したのは知ってます。だけど、私はこうして由衣佳さんとまた会いたいのです。だから、友達になってくれませんか?」
「と、友達」
「そうです」
「それなら」
「よかった。これで、私は由衣佳さんの友達ですね」
「はい」
(ん?いいよね?友達だもん。付き合うわけじゃないんだから)
由衣佳は流されていることに気が付かなかった。
こうして二人は友達から始めることになる。
一年、二年と続き、流次は徐々に距離を縮めてきた。
会う回数が増え、由衣佳の実家に遊びにくるようになる。
「友達としてですよ」
流次の言葉はいつもそれで締め括られる。
友達だから、由衣佳はそう自分に言い聞かせ、一緒に旅行もした。
もちろん、友達だから部屋は別だし、そういう展開になることはない。
麗子と那加川はその間に結婚しており、のんびりとしたカップルを温かい目で見守っていた。
二人がその後、恋人同士になったのか、どうかそれは皆さんの想像にお任せします。
(おしまい)




