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年越し

売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女のささやかな日常のお話。

一話完結、2、3分で読めるようにできるだけ短めに書いています。

読んでもらえたら嬉しいです。

 僕は売れない小説家だ。一作目を刊行(かんこう)して文壇(ぶんだん)デビューしたものの、売れ行きは伸びず、入ってくる報酬(ほうしゅう)もわずかだった。それから何年も()かず飛ばずで、たまに出版社から打診(だしん)されるコラムの執筆(しっぴつ)依頼などをこなしていた。当然それだけでは生計(せいけい)を立てることは出来ず、僕より圧倒的(あっとうてき)な稼ぎのある恋人のお世話になるという情けない生活を送っていた。彼女がいなければ今ごろ僕はのたれ死んでいただろう。輝夢(らむ)は僕の命を(つな)ぎ止めてくれた天使だった。


 ちなみに今日は大晦日(おおみそか)で、さきほどから台所では輝夢が手打ちそばを作ってくれていた。リビングのソファに寝転んで、エミールを読みながらひとかどの人間みたいに愛について考えていると、出来立てのそばが運ばれてきた。

 食卓と呼べるほど立派なものではない、背の低いテーブルの前に座り、照明(しょうめい)に照らされて輝くつゆの中でたゆたうように沈む(めん)を見て、その完成度の高さに驚いた。

「はじめて作ったからうまく出来てるかどうか、自信ないけど……」

 謙遜(けんそん)するように言っているが、料理の出来ない僕には考えられないほどレベルの高い作品だった。元気よくいただきますと言って麺を一口食べると、あまりの美味しさに舌鼓(したつづみ)を打った。

「すごいよ輝夢ちゃん、めちゃくちゃうまい!」

「ほんと? えへへ。よかったあ」

 そう言って少し照れながら微笑む彼女は本当に天使のようだった。

「あのさ、もし僕が小説を書くのをやめたらどうする?」

「えっ? 急にどうしたの?」

 不意に言われて輝夢は少し戸惑(とまど)っていた。

「ちょっと気になって。もし小説を書くのをやめて、普通に働きはじめたら、輝夢ちゃんはどう思うかなあって」


 彼女は(はし)を置くと、少し考えてから口を開いた。

「りっちゃんが本心からそうしたくなったのなら、輝夢は何も言わないかな。でも、もし輝夢に気をつかって稼ぎを増やさなくちゃって思っているだけなら、絶対に反対だよ」

「そ、そうなの?」

「うん。そんなこと気にする必要ないもん。だって輝夢の夢はりっちゃんが夢を(かな)えることだから」

 まっすぐな彼女の言葉に心臓の奥が噴火(ふんか)したように熱くなる。食事中にもかかわらず勢いよく立ち上がると、「僕は幸せものだー!」と思わず(さけ)んでしまった。輝夢が(あわ)てた様子で近所迷惑になるからと(くちびる)に人差し指を当てて(せい)してきたのでハッと(われ)に返って座り直した。

 彼女の恩に(むく)いるためにも来年はもっともっと頑張らなければならないと決意しながら、そばをすすった。年が明けるまでもう少しだった。


「てか、もう一つ気になることがあるんだけど」と切り出すと、輝夢が「なあに?」と首をかしげてきたので興味本位(きょうみほんい)で「僕がもし浮気したらどうする?」と冗談っぽく笑いながら聞いてみると、途端(とたん)に彼女の表情が一変した。

「浮気したの?」

 殺気を(はら)んだ視線を向けられて、僕は心臓が止まりかけた。

「た、たとえばの話だよ!」

 脂汗(あぶらあせ)(ひたい)ににじませながらなんとか答えると、輝夢は再び(はし)を置き、今度は間髪(かんぱつ)入れずに口を開いた。

「ハサミで」

 そう言ったきり彼女は二本の指でハサミの形を作ると、無言のまま開いた指を閉じた。つまりこれは()()()()()、というジェスチャーに他ならない。何を切り落とすのかは言わずもがなだった。その光景を想像して(おび)えていると、悪魔のような不敵な笑みを浮かべて「くれぐれも気をつけてね?」と言ってきたので僕は笑いながら「やだなあ、そんなことするわけないじゃん」と返したのだが、たぶん(ひざ)(ふる)えていたと思う。


 そうこうしていると時計の針は午後十一時五十九分を回り、新年へのカウントダウンを開始する声がテレビから聞こえはじめた。「輝夢ちゃん、カウントダウンはじまった! 立って立って!」と興奮気味に言うと、彼女はすぐに応じてくれて、「三十!」と笑顔で残りの秒数を数えはじめた。

「おっけ、カメラのタイマーセットしたから、年越しの瞬間ジャンプしよ!」

 スマホを内カメラにしてテレビ台の上に立てかけながら提案(ていあん)した。ここは一階だし、絨毯(じゅうたん)()いてあるから注意して飛べばジャンプしてもギリギリ音や振動はないはずだ。


「三……二……一!」

 テレビに映る出演者の声とシンクロさせて、二人で迷惑(めいわく)にならない程度の声量(せいりょう)で数えながら、ゼロになった瞬間に飛び上がると、カメラのシャッター音が鳴った。


「輝夢ちゃん、あけましておめでとう!」

「あけましておめでとう、りっちゃん」

 僕がそう言うと彼女は抱きついてきてそう言った。

「今年は絶対に結果出して、輝夢ちゃんを旅行に連れて行ってあげるからね」

 ついついテンションが上がってしまい、気休めにすぎない言葉を口走ってしまったが、輝夢は嬉しそうにうなずきながら「やったー! すっごく楽しみ!」と(よろこ)んでくれた。テレビ台からスマホを取ってきて輝夢と身を()せ合いながら写真を確認した。地上から離れて()い上がった二人が(うつ)っていて、僕らはそれを見ながらしばらくのあいだ笑っていた。

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