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はじめてのクリスマス

売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女の愛にあふれた、ささやかな日常のお話。

一話完結で2、3分で読めるようにできるだけ短めに書いています。

もしよければ、読んでもらえたらとても嬉しいです。

 十二月二十四日。ついにこの日がやってきた。かねてからの僕の悲願(ひがん)が達成される日である。広いとは言えない部屋の(すみ)にはツリーが置かれ、ソファの後方の壁には『Merry Xmas』と書かれたバルーンや赤い靴下が貼り付けてある。キャンドルが灯ったテーブルにはファーストフードで買ってきたチキンが所狭(ところせま)しと並べられ、テレビからは邪魔しない程度の音量でにぎやかな音楽が流れている。昨日の晩から二人で準備した飾り付けがいつもの空間を非日常で(いろど)っていた。

 僕はソファに腰掛けて、その時を待っていた。時折、脱衣所から聞こえてくる物音が、いたずらに胸を高鳴らせる。人間というのは身勝手な生き物だ。クリスマスなんて嫌いだったのに、恋人が出来た途端にこれほど素晴らしいイベントはこの世の中には存在しないと思ってしまうのだから。

 そんなことを考えていると、ついに脱衣所の扉が開かれた。


「どう、かな」

 少し照れた様子で出てきた輝夢(らむ)を見て、卒倒(そっとう)しそうになった。悲願が達成された瞬間だった。

 赤と白の帽子に、胸と肩が大きく露出している赤いミニワンピースを着たサンタの格好をした輝夢が現れたのだ。肩にかかった(つや)やかな髪をサッとはらい、恥ずかしそうに胸元に手を当てながら、座った僕に視線を向けるでもなく、立ち尽くしている輝夢に対して言葉が見つからずに、呆然(ぼうぜん)となっていると、

「何か言ってよ〜」

 と困った様子で助けを求めてきたので、正直に「可愛すぎてみとれてた」と言うと彼女は無言で頬に両手を当てて、さらに顔を赤くしながら僕の隣に腰掛けた。

「食べる?」

 思いもよらない発言に、僕は驚いて彼女に視線を向けた。

「料理。冷めちゃうよ」

「ああ、料理か……!」

 動揺(どうよう)しているのがバレないように、僕はさっさと箱に入ったチキンを小皿にわけ始めた。

「りっちゃん、いま何考えてたの?」

 そう言われて、取りわけていたチキンをこぼしてしまった。

「べ、べつに、なにも⁉︎」

 組んだ足の上で頬杖(ほおづえ)をつき、(いぶか)しそうに僕を(なが)めている輝夢(らむ)と目を合わせないように注意しながら、チキンとサラダをよそった小皿を彼女の前に差し出した。


 久しぶりに食べるフライドチキンが美味しくて二人であっという間にたいらげてしまった。そのあと、輝夢(らむ)が小さな手さげ袋を持ってきた。

「りっちゃん、メリークリスマス」

 その袋を僕に渡しながら、照れくさそうに彼女は微笑んだ。

「ありがとう! 開けていい?」

 輝夢がうなずくのを確認してから、袋から取り出して僕は驚いた。

「どうしたの、これ……」

 それは見覚えのある、ブランドの財布だった。

「りっちゃんに似合いそうなの、選んでみたよ」

 僕は売れない小説家だし、稼ぎなんてたかが知れている。輝夢はそんな僕のために会社員として働きながらSNSの副業で得たわずかな収入を合わせて、自分の家に加えて、僕の家の家賃や光熱費まで払ってくれている。デートもほとんど彼女の(おご)りだった。決して裕福(ゆうふく)とはいえない暮らしの中で、きっとずいぶん我慢して生活をやりくりしながら、コツコツと貯めたお金で買ってくれたのだろう。僕は情けなさと申し訳ない気持ちでいっぱいになると同時に、彼女の真心が嬉しくて涙があふれそうになった。

 紳士服売り場にある二千円程度の財布がちょうど良い身分の僕であるはずなのに、彼女はこれが似合うと言ってくれる。底の知れない彼女の温かさが胸に(せま)ってきて、二つの目の(はし)から幾筋(いくすじ)も涙がつたっていく。

「ありがとう……」

 心からお礼を述べると、彼女は微笑みながら、そっと僕の涙をぬぐってくれた。

「もう、泣かないの」

 子供をあやすように頭を()でてくれる輝夢(らむ)に、今度は僕が選んだプレゼントを渡す。

「えっ?」

 彼女は心底(しんそこ)驚いたようで、しばらく固まっていた。僕の収入は把握(はあく)しているし、きっとプレゼントはもらえないと思っていたのだろう。二人で過ごす初めてのクリスマスに、さすがにそれはまずいと、こっそり日雇(ひやと)いのバイトをして費用を工面(くめん)していたのだ。

「開けてみて」

 僕がそう言うと、彼女は震える手で包装(ほうそう)をはがしはじめた。

「これ、輝夢が欲しがってたやつ……」

 それは、先日(おとず)れたショッピングモールで見かけて、彼女が気に入っていたイヤリングだった。輝夢はそれを見た途端、僕の()ではないくらい大きな声を上げて泣き始めてしまった。

「ありがとぉ」

 そう言って泣きじゃくる輝夢の涙を今度は僕がぬぐう。それにしてもまさかここまで喜んでもらえるとは思っていなかった。なにせ大した値段ではないし、名のあるブランドのものでもなかった。それなのにこんなに涙を流してイヤリングを抱きしめて離そうとしない輝夢を見て、僕はこの健気で優しい女の子を生涯守っていこうと心に深く()したのだった。

 この日は忘れられない最高のクリスマスになった。彼女にとっても、そうだったらいいなと思う。

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