オンラインゲーム
インドアな僕の唯一の趣味とも言えるものがゲームだった。とくにオンラインゲームが好きで最近は新しく始めたパソコン専用のMMORPG(※1)「アンエンディング・ストーリー」(以下:アンスト)にどハマりしている。
十一月の最後の日曜日となった今宵も僕は、リビングのソファでスマホを握りしめたままうたた寝している輝夢の隣で、パソコンデスクに腰掛けてアンストの序盤のメインシナリオを進めていた。
ほどなくしてシナリオは佳境を迎え、いよいよボスの待つダンジョンへ突入することになった。
『いまからゴーレム戦なのですが、お手伝いお願いできませんか?』
先日入れてもらったギルドのメンバーたちにチャットで声をかける。
『いきます!』
返事をくれたネロさんという方とパーティーを組んだ。
『よろしくお願いします!』
挨拶を交わしたあとボスのいるダンジョンの近くでネロさんの到着を待った。
部屋の外ではいつの間にか降ってきた秋雨の優しい音が心地よく響いていた。
『お待たせしました』
現れたのは長身痩躯に褐色肌の男性キャラクターだった。耳がとがっていて、たしか『エルフ』と呼ばれる種族だったと思う。
『では、行きましょうか』
そう言って先導するネロさんと共にいよいよボスの待つダンジョンへ出発となった。
『連携が取りやすいので可能ならボイスチャット繋げますか?』
ダンジョンに入ってすぐにネロさんがそうたずねてきた。ボイスチャットとはいわゆる通話のことだが、隣で輝夢が寝ているし、正直どうしようか迷った。ただせっかく攻略に付き合ってもらっているネロさんの足を引っ張るのも気が引けたので、短時間だけ通話をしながらゲームをすることにした。音声通話用のアプリをスマホにダウンロードして、ネロさんのアカウントとコンタクトを取りボイスチャットを開始した。
『もしもし、聞こえますか〜?』
イヤホンから聞こえてくる高くておっとりとした声に、一瞬かける相手を間違えたかと思った。
『ネロさんですか?』
僕がそうたずねると『そうですよぉ。よろしくお願いしますね、リツさん』と言われ、やはりネロさん本人だと分かって面食らった。
『ネロさんって女性の方だったんですね。名前と見た目がカッコいいから、完全に男性かと思ってました!』
『あはは。よく言われるんですぅ』
キャラクターの見た目とイヤホンから聞こえてくる声とのギャップに最初はどうしても違和感があったが、しばらく遊んでいるとそれも気にならなくなった。ネロさんいわく、女性キャラだとしつこく言い寄られることが多くてわざと男性キャラを使っているのだそうだ。
『色々と大変なんですねぇ』などと他愛もない話をしているとあっという間にボスのいる場所に到達した。プレイ歴の長いネロさんがサポートしてくれるおかげで何事もなくここまでたどり着くことができた。
『それじゃあ、いきましょう〜』
ネロさんの合図でボス戦が開始した。ここまでの雑魚戦とは違い、一筋縄ではいかなかった。さすがにボスと呼ばれるだけはある。敵の引きつけ役であるネロさんの体力を回復役である僕が必死に回復する。その間にネロさんがボスの体力を削っていき、苦闘の末にどうにか討伐することに成功した。
『やったー!』
激闘を制したのち、僕は思わず歓喜の雄叫びを上げた。
『リツさん、ナイス回復でしたよ〜』
『ネロさんのサポートのおかげです、ありがとうございました!』
ネロさんに褒められた僕は感極まった様子でお礼を述べた。
『いえいえ〜。フレンド申請しておくのでまた何か困ったことがあったらいつでも気軽に呼んでくださいね〜』
ダンジョンを脱出しながらネロさんはそう言った。ゲームを始めたばかりで分からないことだらけの不安な心に彼女の優しさがしみた。街まで戻ってからパーティーは解散となった。
「ふぅ〜」
イヤホンを外して椅子に沈み込むようにして背もたれに身体を預けた。その瞬間だった。
「りっちゃん」
背後——というよりはほとんど耳元に近い距離で聞こえた短い呼びかけに僕は心臓が止まりそうになった。
「輝夢ちゃん⁉︎ 起きてたんだ……!」
振り向くと、彼女は生気のない顔でゲーム画面を見ていた。
「誰と話してたの?」
そう問われてビクリと身体が跳ねる。
「げ、ゲームのフレンドさんと……。いつから聞いてたの?」
「『ネロさんって女性の方だったんですね。』っていうところから」
最初から聞かれていただと! 完全にゲームと会話に集中していて、彼女の気配に気づいていなかった。僕はその瞬間、頭が真っ白になってしまって金魚のように口をパクパクとしはじめた。
「りっちゃん、かなづち持ってきてよ」
輝夢がそう言ったのをきっかけに僕は椅子を回転させて彼女の方を向いた。
「かなづちでなにをするつもり⁉︎」
「決まってるでしょ。パソコンをぶっこわすの」
僕は慌てて立ち上がって彼女に縋るような視線を送った。
「それだけは、勘弁してください!」
大切な仕事道具を守るために何とかそれは阻止しなければならなかった。
「じゃあ、イヤホン貸してよ」
「イヤホン? どうするの?」
「挨拶したいから。彼女ですって」
僕はまた縋るように彼女に懇願した。
「そ、それはネロさんに悪いっていうか……」
その瞬間、輝夢は僕の胸ぐらを掴んだ。
「なんでその女の肩持つのよ!」
「持ってない! ごめんっ! 間違えた間違えた! ははは。いやだな。僕はいつも輝夢ちゃんの味方だよ。ただ、穏便にいきたいというか……」
綺麗な眉間に皺を寄せて輝夢は僕を見る。
「いくつ? どこ住み?」
彼女は矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
「わ、わからないな……。さっき初めて会ったばかりだし……」
「もお! やだ!」
癇癪を起こした子どものように、輝夢は僕の胸ぐらを掴んだまま振り回した。そのせいで、僕の頭は人形のようにガクガクと揺れまくった。
「輝夢もこのゲームする」
掴んでいたスウェットの胸元から手を離すと彼女は豁然として言い放った。
「えっ。でもゲーム苦手だからやらないんじゃ……」
「やる。輝夢と一緒に遊ぼ? ね?」
思ってもみない申し出に戸惑ったが、つまり彼女は僕が他の女性と遊ばせないように苦手なゲームに挑戦しようとしてくれているのだった。
「う、うん。それは嬉しいけど」
「なんでそんな微妙そうな顔するの?」
言葉の圧の強さに僕は思わず笑ってしまいそうになる。
「そんな顔してたっ?」
「してたよ……。てかなんで? こんなに可愛い彼女がいるのに他の女と遊ぶの?」
寂しそうな表情がいじらしい。
「これは信じてほしい輝夢ちゃん。女の人だとは思わなかったんだよ! 見た目が男キャラだったから!」
「じゃあ女ってわかった時点で通話切って別れたら良かったじゃん」
「あ、うん。たしかにそれはそうだ……。でも、せっかく手伝いに来てくれたのに悪いなあと思ったんだよぉ。怒らないでよぉ」
半泣きで訴えるが彼女は毅然としていた。
「二人っきりで他の女と遊ばれて怒らない彼女がどこにいんのよ。あのね、りっちゃんは危機管理能力が欠けてると思う。一緒にゲームしながら話してたら絶対発展するよ?」
「発展?」
「恋に!」
「ないない。輝夢ちゃんのことが大好きなのに」
「あるから言ってるの!」
「うっ……。じゃあゲームしちゃダメなの⁉︎」
僕はわかっていながらあえてそうたずねてみた。
「別にダメとは言ってないよ。でも彼女が寝てる横で他の女と通話するのはマジでありえないよ?」
「手伝ってもらってたのお!」
「そういう共同作業が仲間意識を生んで、恋愛感情に発展するんだから。りっちゃんはそういうリスクを全然理解してないよ。今だって輝夢が見てたからこうやって注意できたけど、もしりっちゃん一人の時にこっそり遊んでたらなにも分からないまま関係が続いていたかもしれなかったんだよ? それにさ、大前提として彼女が悲しむかもな、っとか思わなかったの?」
彼女の言う通りである。今回も例に漏れず全部僕が悪いのだ。
僕は床に膝をついて輝夢に向かって直角に頭を振り下ろした。
「うわあああ! その通りです……。ごめんなさいっ! 僕はとんでもないことをしてしまった!」
自分の犯した罪の重さにようやく気づいた僕は彼女に心から謝罪した。
輝夢は黙ったまま床に額づく僕を見下ろしていたが、しばらくして腰をかがめるとこう言った。
「わかってくれたなら今回は許してあげるよ。もうこんなことしちゃダメだからね?」
「はあい。ゲームは輝夢ちゃんがいないときにしよ……」
冗談でつぶやくと輝夢は「ちょっとかなづち持ってくる」と言って部屋を出ていきそうになったので「ごめんうそうそ! 冗談だよ!」と、僕は慌てて彼女の足に飛びついた。
輝夢の足にしがみつきながら、今後はオンラインゲームをプレイする時は細心の注意を払おうと決意する僕だった。
(※1)大規模多人数同時参加型オンラインRPGのこと。