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花見

売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女のささやかな日常のお話です。

一話完結で、数分で読めるようにできるだけ短めに書いています。

お時間があれば読んでもらえたら嬉しいです。

 うっすらと目を開けると、黙然(もくぜん)と部屋を(ただよ)(ほこり)が、カーテンの隙間から差し込む光に照らされてキラキラと輝いていた。おもむろに伸ばした手が空をつかんでハッとする。隣にいたはずの輝夢がいない。焦りで寝ぼけていた思考が覚醒していき、次第に五感が()えてくると、キッチンから何かを刻んでいるような小気味の良い音が聞こえてきて不安が安心に変わった。


 ベッドから起き上がり、寝癖でボサボサになった頭をかきながら彼女のそばまでやってきた。

「輝夢ちゃんおはよう。早かったね」

「あ、おはようりっちゃん。ごめんね、起こしちゃった?」

 僕は首を横に振った。

「全然大丈夫。何作ってるの?」

「あのね、せっかくだからお弁当持って行きたいなって思って」

 よく見ると、テーブルの上にはすでにフルーツサンドやホットサンド、(いろどり)鮮やかなサラダなどが箱に()められて置かれていた。

 今週、ついに東京でも桜の開花が発表された。街が淡紅色(たんこうしょく)に染まるこの時期が二人とも大好きだった。というわけで今日は、とある公園で花見をすることになっている。

「めっちゃ美味しそう。早起きして作ってくれたんだね。ありがとう輝夢ちゃん」

 一緒に花見が出来るだけでも幸せなのに、手作りのお弁当まで用意してもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない。

 僕らはそのあとゆっくりと着替えなどの準備をすませてから、家を出て駅へと向かった。


 白のロンTの(すそ)を青いジーンズの中にタックインし、薄手のボーダー柄のニットカーディガンを肩にかけた輝夢は、最近お気に入りの黒のバッグを片手に、桜花舞う遊歩道を嬉しそうに進んでいた。うっとりするほど綺麗な桜がいたるところで万朶(ばんだ)と咲き誇っている。

 地下鉄を乗り継いでやってきた公園は都内でも有数の花見スポットで、週末ということもあり、たくさんの人で賑わっていた。しばらく歩いていると、手頃な場所を見つけたので、レジャーシートを敷いて腰を下ろした。見上げると青空を埋め尽くす桜の花が目と花の先にあって思わず口元がほころんだ。


「うまっ! やばい輝夢ちゃん、このホットサンド超おいしいよ」

 最高のロケーションで、お手製のサンドイッチを食べる。トマトとチーズとベーコンが入ったホットサンドは今まで食べた中で一番美味しかった。

「ほんと? よかったあ」

 輝夢も一口食べると、うなずいて美味しそうに目を細めていた。すると、ひとひらの桜の花びらが、途中で寄ったカフェでテイクアウトしてきた、中身の入ったコーヒーカップの中に落ちてきた。

「見て輝夢ちゃん、入った」

 嬉しそうに言うと、彼女も喜んでいた。

「いいことありそうだね」

 笑いながら言う輝夢に、

「これ以上幸せなこと起こったら困るな」

 と言いながら、花びらの入ったコーヒーを一口流し込んだ。

「何かあったの?」

 そうたずねられて、僕は正直に今の気持ちを答えた。

「輝夢ちゃんと一緒に居られること以上に良いことなんてないからさ」

 照れたように彼女は笑った。自分で言っておきながら僕も恥ずかしくなって、ごまかすようにフルーツサンドにかぶりついた。

「おいしい」

 いちごとホイップクリームが織りなすまろやかな甘さが口の中に広がる。すると、一陣の春風が吹き抜けて、一斉に桜の枝が(なび)いた。

 桜吹雪の中で髪を抑えながら、まるで風の行方を目で追っているような表情の輝夢に視線が釘付けになった。その豊麗(ほうれい)な横顔に見とれていると、ふと輝夢と目が合った。彼女が徐々に顔を寄せて近づいてくる。まさか、ここで? と焦りつつも胸の高鳴りを抑えられない。おもむろに輝夢は手を伸ばして僕の口元に手を当てた。


「ついてたよ」

 そう言って指で(ぬぐ)ったホイップクリームを輝夢は自分で舐めとった。

「あ、ありがと……」

 キスじゃなかったのはちょっと残念だったけれど、なんか、これはこれでキュンとする。

「りっちゃん顔赤い?」

 唐突に聞かれて、「はえっ?」と変な声が喉から迸る。

「もしかしてキスされるって思った?」

「いや、まさか!」

 思っていたがちょっと意地を張って強めに答えると、

「ふうん、輝夢とはしたくなくなっちゃったかあ、キス」

 と、なぜか拗ねたような表情になって、それを見た僕の本能を刺激した。

「したいよ。え、していいの?」

 冗談で顔を寄せてみると、「きゃあっ」と軽く悲鳴を上げられて逃げられてしまった。レジャーシートの上で寝そべりながらお腹を抱えて笑う彼女を見ながら、思いのほか拒否されて傷ついた心を(なぐさ)めていると、また風が吹いて桜の花びらが僕たちの頭上に降り注いだ。

 二枚目の桜がコーヒーカップの中に入り込んだ。僕はなんだか嬉しくなった。

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