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プール

 今日は輝夢(らむ)と一緒に室内プールにやってきていた。オールシーズンに対応した施設で、十一月も終わるという寒い時期だったが、多くの利用客で賑わっていた。

 長蛇(ちょうだ)の列ができたスライダーや人であふれかえった流れるプールを前に、子どものようにワクワクしてしまう。

「りっちゃん、おまたせ」

 声のした方を振り返ると更衣室から出てきた輝夢が立っていた。彼女の水着姿を見たのは実はこれが初めてだった。真っ白なワンピースタイプの水着でフリフリのレースがついた胸元からはこぼれ落ちそうな谷間がのぞいている。長い髪はアップスタイルになっており、いつもの彼女とは違った印象を受けた。プールサイドに降り立った女神に僕は胸の高鳴りを抑えきれなかった。

「ねぇ、あんまり見られると恥ずかしいよ……」

 熱い視線に気付いた輝夢は手で胸元を隠しながらそう言った。

「ご、ごめん。あんまり綺麗だからつい……」

 慌てて視線をそらすと輝夢は顔を赤くしながら僕の手を取った。

「いこ?」

 彼女に手を引かれるまま僕らは水の中に入っていった。


 輝夢が装着した浮き輪に掴まって流れる水に身を任せて漂う。自然と彼女と肌が触れ合い、心臓の鼓動が早くなる。ちなみに僕はインドアな方で、あまりこういった場所には来ないタイプなのだけれど、こんなに密着できるのならプールも捨てたものじゃないなと思った。

「輝夢ちゃん、楽しい?」

「うん。りっちゃんは?」

「めちゃくちゃ楽しい」

「ふふ。よかった」

 輝夢は嬉しいのか照れくさいのか、水をすくって顔にかけてきた。負けじと僕もすくった水をかけ返す。

 きらめく水面よりもまぶしい輝夢のはじける笑顔が僕の心を焦がす。あふれかえる人の中で世界には二人しかいない。そんな気分になる。恋人と来るプールってなんて最高なのだろう。


 その時、僕の背中にコツンと軽い衝撃があった。なにごとかと思って振り返ると、見ず知らずの女性が慌てた様子で僕に頭を下げてきた。

「ご、ごめんなさい」

 どうやら、マット型の浮き輪から落下した際にぶつかってしまったようだった。

「いえいえ、お気になさら……」

 言いながら僕の動きが止まる。顔を上げた女性の胸部で揺れる二つの果実の大きさに驚愕(きょうがく)したからだ。あまりの巨大さに思わず視線が釘付けになる。

「大丈夫ですか? おケガはありませんか?」

 そう言いながら二つのスイカ————もとい女性が距離を縮めてくるので僕は照れと驚きを隠せないまま後頭部をポリポリかきながら「大丈夫ですよ〜」と返すのだった。何度も謝りながら去っていくのを目で追いながら、まいったなあという様子で鼻の下を伸ばしたまま向き直ると輝夢(らむ)がいつの間にか浮き輪から降りて目の前に立っていた。

 直後、僕の股の間にすさまじい衝撃が走った。

「ふひんっ⁉︎」

 不意に股間を貫いた雷撃のような一撃に(おのの)いた僕は自分でもどこから出たのか分からないような声を上げた。一瞬、何が起きたのか分からなかったが、いま僕は水の中で彼女に『握られて』いる。

「ら、輝夢しゃん?」

 痛みでまともに発音できない震えた呼び声に応えるようにゆっくりと彼女は顔を上げた。明るいブラウンのカラコンが入った瞳。その奥で燃え盛る青い炎は、恐怖という感情に引火して僕の全身に燃えうつった。水中で『人質』を取られたまま身動き一つできない僕に彼女は低い声でこう言った。

「……死にたいの?」

 喧騒(けんそう)の中でもハッキリと耳朶(じだ)に響く(ささや)き声に血の気が引いていく。命の危険を感じた僕はそっと腕を伸ばして彼女の肩を抱こうとしたが、その瞬間『人質』への物理的な圧力が強くなり「あふんっ」と情けない声を上げて僕は天を仰いだ。

「あはは。輝夢ちゃん、死ぬっ。ほんとに死ぬからっ。ぐふぅ」

 額には飛沫(しぶき)なのか冷や汗なのか分からない水滴が流れ、水中で何が行われているか知る(よし)もない他の利用客たちが呑気(のんき)な顔をして横を通り過ぎていく。

「おっきくて喜んじゃったの? 輝夢よりおっきかったもんねぇ?」

 急所を握りしめたまま耳元で囁いてくる輝夢がただただ恐怖でしかない。

「違うっ、決してそんなことはない! 輝夢ちゃん落ち着いて! 話を聞いてっ」

 そう言うとようやく『締め付け』が(ゆる)んだ。

「なにか申し開きがあるのなら言ってみなよ。ただし発言には気をつけたほうがいいと思うよ、りっちゃん? いまの輝夢はすごく……デンジャラスだから」

 震えながら生唾を飲み込んだあと、言葉と表情に十二分に注意を払いながら、誤解を解くために諄々(じゅんじゅん)(さと)すように話していった。


「……つまりびっくりしただけで、下心とか変な気持ちは一切なかったよ! ましてや輝夢ちゃんと比べたりなんかするわけないじゃないか」

「でも、見てたよね? 胸。デレデレしてたよね」

「……それはたしかに見た」と言った瞬間『締め付け』が強くなる。

「おひゅんっ! み、見たというか目に飛び込んできたというか……! 輝夢ちゃんタイム! マジで、なくなるっ」

 白目を()きそうになりながら、両足に力を込めて踏みとどまる。

「正直に言って」

「ごめんなさいっ! 見ました。ちょっとだけ興奮しましたっ」

「はぁ⁉︎ ほんと最悪!」

 『締め付け』が最大になる。

「ぶひょおっ。こ、これからはどんなことがあっても視線を胸に向けませんっ! (よこしま)な感情も抱かないと誓いますっ。気をつけますっ! 許してくださいっ! 僕は輝夢ちゃんのおっぱいにしか興味がありません!」

 必死の叫びに周囲の冷ややかな視線が一斉に僕に注がれることになったが、そんなことはこの際気にしてはいられない。なにせ僕の生死がかかった一大事なのだから。

 怪訝(けげん)そうに見つめていた輝夢(らむ)だったが、納得してくれたのか、ついに『人質』を解放してくれた。

「……仕方ないから今日は許してあげる」

「輝夢ちゃんっ! ありが……」

 生命の危機を脱して安堵(あんど)した僕は嬉しさのあまり彼女の手を取ろうとしたが、顔の前で人差し指を立てられて阻止されてしまった。

「今度やったら、潰すからね」

「輝夢ちゃん、目がやばいよっ」

 冗談でそう言うと頬を(ふく)らませながら「それだけのことをしてるんだからね?」と追及(ついきゅう)されてしまい、反省した僕は「わかった」と威儀(いぎ)を正して答えるのだった。

「怒った顔も可愛い……」

 ボソリとつぶやくと輝夢は僕の肩を軽く叩いてから「ふんっ!」とそっぽを向いてしまった。

「帰りに輝夢ちゃんの好きな駅前のクレープ買ってあげるから」

 そう言うとようやく彼女は僕の方を向いてくれた。

「……クレープ?」

「そう! 食べたいでしょ?」

「……うん」

 さっきまで怒っていた彼女の素直さに感銘(かんめい)を受けた僕は輝夢の頭をそっと()でてあげた。

「りっちゃんがどうしても食べさせたいっていうから食べてあげるんだからね!」

 素直なのかそうでないのかよく分からなくなったが、そんな彼女が僕は大好きだ。

 ただしこれからプールに行く際は十分に気をつけようと心に固く誓ったのだった。

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