苺狩り
売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女のささやかな日常のお話です。
一話完結で、数分で読めるようにできるだけ短めに書いています。
読んでもらえたらすごく嬉しいです。
太陽の光が燦々と大地に降り注いでいる。今日は三月最初の土曜日で、僕と輝夢は苺狩りに来ていた。
「予約してた長谷川です」
受付のお姉さんにそう言うと、「は〜い、お待ちしてました!」と元気な声が返ってくる。
入場料を支払って、いざビニールハウスの入り口を開けると、ほのかに甘い香りが感じられた。列をなして果てしなく続く縦長のプランターに繁茂する苗から、まるでルビーのように燦然と輝く苺がぶら下がっていた。
「輝夢ちゃん、三十分食べ放題だって」
はじめての苺狩りを体験する僕は年甲斐もなくワクワクしていた。なにせ子供の頃から大好きな苺が食べ放題なのだから。見るもの全て、お前のものだと言われているような気がして胸の動悸が止まらない。
ちなみに輝夢も僕と同じく苺愛好家である。まあ、彼女は甘いもの全般好きなのだけれど。
「りっちゃん、目標は何個?」
そうたずねてくる輝夢に「食べ尽くす」と割と本気の顔容で答えると、「それはダメだよ」と笑いながら言われてしまった。とりあえず僕たちは赤く色付いているものを一つずつ摘み取ってきて、一口食べてみた。
口の中に甘酸っぱい果汁がいっぱいに溢れてくる。スーパーで売っているものと比べて瑞々しさが増し増しですごく美味しかった。入り口で受け取ったプラスチックの容器の中には練乳が入っていて、今度はそれに浸して食べてみる。
「おいしい〜。何個でも食べられそう」
そう言って幸せそうに苺を頬張る輝夢に僕は一つの提案を持ちかけた。
「輝夢ちゃん、どっちがでかい苺見つけられるか勝負する?」
「うん、いいよ」
「よーい、スタート!」
突然始まった巨大苺探しゲームは僕の勝ちだと思った。
「これは勝てないでしょ」
見つけたのはゴルフボールよりもはるかに大きい苺だった。それを自慢しに輝夢のところへ行ってみて愕然とする。彼女が手にしていたのはまるでリンゴのような大きさの逸品だったのだ。あまりの大きさになんだかおかしくなってしまって、巨大苺を見ながら二人でしばらく笑っていた。
「きゃっ!」
急に輝夢が悲鳴を上げて僕の胸に飛び込んできた。何事かと思ったら、一匹のミツバチが僕らの頭上を呑気に飛び去っていくのが見えた。
春の空を彷彿とさせる清涼感のあるスカイブルーのコートに淡いブルーのセーターと白パンツを合わせた輝夢は、真っ青になりながらしがみついていたが、もう安全だということを伝えるとすぐに苺のごとき鮮やかな血色を取り戻して、何事もなかったかのように巨大苺の写真をスマホで撮り始めた。
そんなことをしながら、ある程度苺を摘んだあとは受付に戻って販売されていた大福を買った。それに摘んできた苺を挟んで苺大福にして食べたけれど、めちゃくちゃ美味しかった。輝夢が摘んだ分は、受付のお姉さんに渡してその場で無料でスムージーとパフェにしてもらった。
「そちらのイケメンのお兄さんお待たせしました! スムージーとパフェです〜!」
イケメンなんて言われ慣れていないせいで、ついつい顔が綻んでしまう。
輝夢と二人で外に出て、スムージーを一口飲んでみると、今までに飲んだどんな飲み物よりも美味しい気がした。
「美味しいね、りっちゃん」
「うん。来てよかった〜」
「輝夢も。すっごく楽しかった」
「また来ようね」
そう言って青空の下、二人でスムージーとパフェを食べながら笑い合った。
「ところでさっき受付のお姉さんからイケメンって言われてにやけてなかった?」
急に真面目な声色でそう聞かれて、飲んでいたものを吹き出しそうになった。
「い、いやあ。どうだったかなあ」
白々しくそう答えたあと、おのずと歩くのが早くなる。
「正直に言ったら許してあげるよ」
横に並んできた輝夢に僕は観念して本当のことを打ち明けた。
「ちょっと、喜びました」
そう言った途端、輝夢は僕の二の腕の肉をつまんできた。
「いたたたた!」
「ハチに刺されればいいのに」
言いながらつねる強度が増していっている。
「は、ハチより痛いかもっ! ごめんなさい輝夢ちゃん! ギブ! ギブですー!」
僕たちの頭上をミツバチがまた、呑気そうに飛んでいった。
こんな状況だけれど、僕は今、心の底から幸福だった。
予期せぬ幸福な瞬間をもたらしてくれる人と一緒にいられる、僕にとってこれ以上の幸せはなかった。
この喜びは言葉では説明し難いものだけれど、きっとその真理に基づく法則は、これから幾度となく、僕の心を暗く冷たい水の底から掬い上げてくれることだろう。
弥生三月。冬が姿を潜め、春の気配があちこちから感じられる穏やかな昼下がりだった。




