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ライター

売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女のささやかな日常のお話。

一話完結です。数分で読めるようにできるだけ短めに書いています。

読んでもらえたらすごく嬉しいです。

 最近日課にしていることがある。


「気持ちよかった〜」

 ベッドに寝転んで『神曲』を読んでいると、風呂上がりの輝夢(らむ)がそう言いながらドライヤーを持って部屋に戻ってきた。僕は起き上がって近くのソファに腰掛けると、彼女からドライヤーを受け取った。輝夢を座らせて、そばにあるコンセントにプラグを差し込むと強風のスイッチをオンにする。

 輝夢の髪は結構長い。背中に届くくらいまである。濡れた髪の毛に遠目から風を当てながら空いた手で流れに沿って優しく()く。僕は輝夢の綺麗な髪を乾かすこの時間が好きだ。ヘアミルクの良い香りが漂ってきて癒される。

 輝夢の長い髪を乾かすこと。それがここ最近の僕の日課だ。乾かされている間、彼女は大抵、パックをしたり化粧水や美容液、ボディミルクなどでスキンケアを行っている。乾かし終えた僕は、後ろから輝夢に抱きついた。

「もう、ぬれないでしょ」

「少しだけ」

「ふふ、甘えんぼなんだから」

「輝夢ちゃんいい匂い」

「シャンプーの香りかな?」

 そんな風に二人の時間を過ごしていると、輝夢は洗面所に美容液を置いたままだったから取ってくると言って立ち上がった。ついでに僕が脱ぎっぱなしで放置していたズボンも洗面所に持って行こうとした、その時だった。


 カチャッ。


 ズボンのポケットから何かが床に落ちた。それはライターだった。拾い上げて何気なくそれを目にした輝夢の動きが止まった。ライターに視線を落としたまま黙然(もくぜん)として立ち尽くしているその後ろ姿にとてつもなく異様な雰囲気を感じる。

「どうしたの?」

 僕がそう聞くと、輝夢はゆっくりと振り返った。(うつむ)いているせいで前髪が顔を(おお)っていて表情が見えない。幽霊のようにスゥーッと僕の元までやってくると彼女は手にしたライターを僕の前に突き出した。

「これなに?」

 低い声に若干(じゃっかん)嫌な予感がしつつも、そのライターを見てひっくり返りそうになった。


 CLUB LOVE♡BUNNY


 ライターにはピンクの文字でそうプリントされていた。どうしてこんなものが僕のズボンに入っているのか(はなは)だわからない。第一、僕はタバコを吸わない。

「なんだろうこれ」

「とぼけないでよ。これキャバクラのライターでしょ」

「えっ⁉︎ そうなの⁉︎」

「行ったんだ」

「いやいや。キャバクラなんて今まで一回も行ったことないよ!」

「じゃあなんでこれがりっちゃんのズボンのポケットから出てくるの?」

「なんでだろ?」

「ふざけないでよ。行ったんでしょ?」

 とうとう僕は胸ぐらを掴まれた。あれ? さっきまでイチャイチャして天国みたいな時間だったのに、気付いたら地獄にいるんですけど。

 悪魔大王よろしく輝夢の目は恐ろしいほどに()わっていた。

 しかし身に覚えが全くない。いや待てよ——。


『長谷川さん。今度一緒に行こうよ。キャバクラ』


 途切れたシナプスが再び接続され、(もや)がゆっくりと晴れていくようにして脳内にうっすらと現れたのは、ひとりのおじさんだった。たしか去年の秋くらいだったか。クリスマスプレゼントを買うための日雇いの内装工事のバイトで出会ったおじさんと意気投合したあと、別れ際にもらったのがこのライターだったような気がする。ポケットに入れたまま今の今までずっと入っていたのか。とにもかくにも全てを思い出した僕は、そのことをありのまま輝夢に伝えた。

「もらいもの? ほんとに?」

 僕はぶんぶんと首を振る。

「信じていいの? 輝夢の目を見て答えて」

 数秒間、いや数十秒か。それくらい彼女と見つめ合った。すると輝夢は相好(そうごう)を崩して掴んでいた胸元から手を離した。

「よかった」

 うふふ、と笑いながら洗面所に向かう輝夢を見ながらホッと一安心していると、

「でも」

 と言って彼女は立ち止まった。


 バキッバキッ。


 鈍い音が鳴った。彼女は素手でライターを握りつぶしたのだ。

 粉々になったライターが雪のようにゴミ箱に落とされる様を愕然(がくぜん)として眺める。

「もし、行ったらこうだからね」

 振り返った輝夢の天真爛漫(てんしんらんまん)な笑みを見て、絶対にキャバクラには行くまいと誓った二月のとある三日月(みかづき)の夜だった。

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