バレンタイン
売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女のささやかな日常のお話。
一話完結です。数分で読めるようにできるだけ短めに書いています。
読んでもらえたらとても嬉しいです。
バレンタイン。それは、恋人たちが甘いひとときを過ごす年に一度の特別な日。
「ぎゃあああああああ!」
そんな日に相応しくない悲鳴(僕の)が響き渡り、ラクダのコブのような曲線を描いた頂から僕と輝夢を乗せたビークルが落下する。身体にかかるGのせいで胃が浮くような感覚が押し寄せてきて意識を失いそうになった。
ジェットコースターから降りた僕はフラフラの状態でベンチに腰掛けると、燃え尽きた『矢吹丈』のような体勢になった。
「大丈夫?」
青い顔をしてうなだれていると、パステルピンクのムートンコートに全身をすっぽりと包んだ輝夢が心配そうにたずねてきた。
「だ、大丈夫……」
「じゃあ、もっかい乗る?」
「えっ⁉︎」
容赦のない誘いに仰天して彼女を見ると、輝夢は堪えきれないといった様子で口元に手を当ててクスクスと笑った。
『皆様、大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、イルミネーションの点灯のお時間となります』
場内にアナウンスのお姉さんの声が流れた。輝夢は嬉しそうに顔の前で両手を合わせてアナウンスに聞き入っていた。
実はこの遊園地は関東で最大級の規模を誇るイルミネーションが見られる人気スポットでもあった。そのため、日の入りの時間にも関わらず、園内は多くのカップルや家族連れで賑わっていた。
『光が織りなす魔法のショーを、どうぞお楽しみください。それではカウントダウンを開始します!』
僕と輝夢はベンチを離れて、メインロードの中央に立ち、固唾を吞みながらその時を待った。
『五、四、三、二、一……。点灯!』
カウントダウンが終わったその瞬間、周りの木々や建物に施された何千、何万という色とりどりの電飾が一斉に点灯して、それはそれは鮮やかな光の世界が目の前に広がった。まるで宝石箱の中にいるかのような光景に周囲のいたるところから歓声が上がる。
「きれい」
視界を照らす色彩の魔法に魅入られる彼女の横顔に見とれてしまう。
「あっ、雪だ!」
どこからともなくそんな声が聞こえてきて、ふと顔を上げると、薄暗い空から白い綿のような粒が宙を舞いながら鼻の上に落ちてきた。タイミングを見計らったかのような夜空からのサプライズプレゼントだった。嬉しそうに両手で雪を掬うようにして立っている輝夢の腰に僕はそっと手を回した。
「輝夢ちゃん、ハッピーバレンタイン」
雪のように白い頬を赤く染めて輝夢はにっこりと笑った。
「りっちゃん、ハッピーバレンタイン」
彼女の笑顔の前ではイルミネーションさえ輝きを失った。すると輝夢はおもむろにカバンの中から片手に収まるほどの小さくて白い、不織布の袋を取り出すと僕に手渡した。
「開けていい?」
しおらしく首を振る彼女の前で巾着の入口を緩めて中を覗き込む。手のひらの上に取り出すとそれは包装紙にくるまれた一口サイズの四角いチョコだった。
驚いた僕はさっそく包装紙を剥がしてチョコを口の中に放り込んだ。大人っぽい控えめな甘さと、微かなほろ苦さが口一杯に広がり、ココアパウダーの化粧を施した生チョコがとろけて抜群の舌触りを生んだ。
「もしかして、手作り?」
「えへへ。正解」
「めちゃくちゃおいしいよ。ありがとう輝夢ちゃん」
あまりの美味しさに、もう一つ食べようと思って袋の中を見ると別の何かが入っていることに気がついた。取り出してみるとそれは手紙だった。イルミネーションの明かりを頼りにして中身を確認しようとすると輝夢に手紙を取り上げられてしまった。どうやら恥ずかしいようで、自分で読みたいとのことだった。そっちの方が恥ずかしくないのかな、と思いつつも僕はそうしてもらうことにした。
「りっちゃんへ
恋人になってから過ごす初めてのバレンタインだね。
色々あって一度は離ればなれになった二人だけど、
去年の春に再会してから気がつけばいつも一緒にいました。
小説を書いたり家事をしたり、いつも頑張っているりっちゃんが輝夢は大好きです。
でも笑っているりっちゃんはもっと大好きだよ。
もう輝夢にはりっちゃんのいない世界なんて考えられません。
時間が経てばたつほど、りっちゃんの存在が輝夢の中ですごく大きくなっていきます。
これからもずっと一緒にいてください。
たくさんの思い出を二人で作っていきましょう。
いつも本当にありがとう。
心から愛を込めて。
輝夢」
途中から彼女は大粒の涙を流していた。僕は微笑しつつ零れた露を指先で拭ってあげたあと、そっと抱きしめた。輝夢は僕の胸に顔を押し付けながら、春の夜に降る雨のように静かに泣いていた。純粋で一途な彼女の気持ちが素直に嬉しくて、僕まで感動してしまったが、涙を流しているのを見られたくなくてしばらく彼女を抱きしめていた。
光の花畑の中で最も美しい花にとまる蝶のようだと、僕は思った。世界が二人を祝福するかのように、白い宝石がいつまでも夜空に舞っていた。




