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居酒屋

売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女のささやかな日常のお話です。

一話完結、数分で読めるようにできるだけ短めに書いています。

読んでもらえたらとても嬉しいです。

 机の上に置いたスマホが振動した。


『お仕事終わったよ。いまから帰るね』


 確認するとロック画面の人からメッセージが届いていた。

「やっば……」

 ひとり言をつぶやいてパソコンを閉じる。時計はすでに二十一時を回っていた。執筆に没頭していてすっかり食事の用意を忘れていたことに気が付く。冷蔵庫を開いたけれど、買い出しに行く前だったので夕飯の食材になりそうなものが入っていなくて絶望する。こうなっては仕方がない。輝夢(らむ)にありのままのことを伝えて謝るとすぐに返事がきた。

『全然大丈夫だよ。気分転換にどこか食べに行く?』

 良い考えだと思った。でもこの時間にやっているお店となると居酒屋くらいかもしれない。それを伝えるとまたすぐにメッセージがくる。

『いきたい!』

 僕はすぐに予約の電話を入れて、輝夢を駅まで迎えにいった。


 改札口で待っていると、白のロングコートを(まと)った輝夢が笑顔で手を振っているのが見えた。あまりにも可憐(かれん)だと思った。今日もまた、僕は彼女に一目惚れする。

「お仕事お疲れさま」

 そう言って駆け寄ってきた輝夢の頭を()でてあげた。

「ありがとお。りっちゃんもおつかれさまでした」

 腕を(から)ませて輝夢はそう言った。ほのかな甘い香りが鼻腔(びこう)をくすぐる。空腹の二人はさっそく居酒屋に向けて歩き出した。


 こじんまりとしたお店で個室はなかったので、適当な席を見つけてお互い上着を脱ぐと、それを背もたれに掛けて座った。輝夢はグレーのニットに黒のテーパードパンツという格好で、今朝一つ結びだった髪は降ろされていて、シルクのように波打っていた。二人ともお腹がぺこぺこだったので、串の盛り合わせやシーザーサラダなど、八品くらいを一気(いっき)に注文した。料理を待っていた僕は、ふと、あることを思い出した。

 地元にいた頃、初めて彼女とデートしたのも居酒屋だった。偶然(ぐうぜん)街で再会したときに勇気を(ふる)い起こして、その日のうちに食事に誘った。しかし緊張と、お得意の優柔不断(ゆうじゅうふだん)が発動していた僕は、お店を決められず結局輝夢(らむ)が『ここでいいじゃん』と言ってくれて入ったのが今日みたいな個室なしの大衆居酒屋だった。初デートが居酒屋なのに、よく付き合えたなと思う。しかも緊張を(まぎ)らわすために苦手な酒を飲んでかなり酔っ払ってしまい、そのあとの記憶がほとんどない。


「どうかしたの?」

 輝夢に話しかけられてハッと我に返った。彼女を(ほお)って一人考えに(ふけ)っていたことを反省する。

「輝夢ちゃんとの初デート思い出してた」

 そう言うと、彼女はしばらく考えたあと顔の前で手を叩いた。

「そういえば居酒屋だった!」

 ちょうどその時、串の盛り合わせとサラダが到着した。女の店員さんに笑顔でお礼を言って受け取る。

「お兄さん、たこのカルパッチョもオススメですよ〜」

まぶしい笑顔と溌剌(はつらつ)な声に一瞬、目が奪われる。喜んで追加注文してから、さっそく小皿に取り分けようとするとジト目の輝夢と視線が合った。 

「えっ⁉︎」

 驚いて思わずトングを落としそうになった。直後、右足に痛みが走る。すぐに輝夢に踏まれているとわかった。

「ニヤニヤしてた」

 嫉妬したとき特有の笑顔を浮かべたまま徐々に足に重みを加えていきながらそう言うので僕は慌てて、

「いてててっ! ご、誤解だよ輝夢ちゃんっ!」

 と、情けなく叫ぶのだった。


「おいしかった〜」

 店の外に出るとひんやりとした空気が火照(ほて)った顔を()でた。輝夢の吐く息が白く色づいている。ネオンの光に照らされた道を二人並んで歩いていく。

「たまには外食もいいね」

 僕は言った。

「うん。また来ようね」

 そう返した輝夢は何かに気づいたようにある場所を見た。

「ねぇりっちゃん、コンビニ寄ろ? デザート買って帰りたい」

 居酒屋で三百十九円のアイスを我慢した輝夢はそこで百六十円のアイスを買った。僕たちはそれを帰りながら一緒に食べた。二人で身震いしながら食べた冬のアイスは美味しかった。寒くても貧乏でも輝夢が笑ってさえいてくれたら楽しかった。食べ終わった輝夢の手を握り、着ていたダウンのポケットに自分の手と一緒に放り込んだ。ポケットの中でぎゅっと握りしめると彼女も握り返しながらピタッと身体を寄せてきた。触れた部分からほのかに熱が広がり、胸が暖かくなった。毎日、僕は彼女を好きになる。この想いを全て伝えたくて、たまに息苦しくなる。心臓を引っ張り出してきて彼女に捧げたい気分だった。そしてこう言いたい。僕は君のものだ。でもそれができないから彼女の頭にそっと口付けた。何気ない帰り道、僕は幸せだった。この頃から、とある気持ちが僕の中に湧いてくるのを感じたけれど、それはまたいずれ話す機会にとっておくことにする。

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