バイト
売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女のささやかな日常のお話。
一話完結にして数分で読めるようにできるだけ短めに書いています。
読んでいただけたらとても嬉しいです。
「バイトはしてほしくない」
少しでも家計の足しにしたくて居酒屋で働こうと思っていることを輝夢に伝えた時の返事がそれだった。正直、賛成されるとばかり思っていたし、何ならめちゃくちゃ褒めてくれてナデナデしてもらえたりするかと思っていたのだけれど、期待していた反応とはちょっと違った。上下お揃いのルームウェアを着た彼女はベッドの端に腰掛けて、さっきから視線を合わせてくれない。僕が理由をたずねると、少し頬を膨らませて言った。
「出会いがあるもん……」
それが理由⁉︎ と、一瞬、愕然としたけれど、超がつくほどのヤキモチ妬きの輝夢ならありえる話だった。
「でも働かないと、お金が——」
「大丈夫。お金は輝夢が稼ぐ」
食い気味に返されて怯んでしまう。
「そ、そういうわけにはいかないよ。ただでさえ輝夢ちゃんが家賃を払ってくれてるのに、これ以上甘えるわけには……」
「気にしなくても大丈夫だよ。だって輝夢がそうしたいからしてるんだもん。それに来月から同棲するから家賃の支払いは減るんだし」
「気持ちはすごく嬉しいけど、気にする」
「どうして」
「男としてぇ!」
急に力を込めて言うものだから声が裏返ってしまった。
「そういうの古いよりっちゃん、古い古い!」
「そうなのかな……。じゃあ、小説が売れるまでの間でも?」
「んん! ダメ、他の子にとられたくない!」
「そこっ⁉︎ ねえ……。輝夢ちゃんは僕を信じられないの?」
「信じてるに決まってるじゃん」
「じゃあ大丈夫——」
「でも嫌なの!」
三歳児のようにベッドの上で足をバタつかせはじめた彼女に、僕は呆れそうになった。
「心配しすぎるところあるよ輝夢ちゃんは。だいたい僕みたいなパッとしない男がモテるわけないじゃんか」
自分で言っておいて虚しくなってくる。
「わかんないよ? バイトは助け合いなんだから、特別な感情が生まれないとも言えないでしょ?」
パッとしないというのは否定しないのね、と心の中でつぶやいた。
「そりゃあ、僕だって出来ることなら働かずに輝夢ちゃんに養ってもらいたいっていう気持ちがないわけではないけど……」
「じゃあいいじゃん。りっちゃんが家事をちょっと手伝ってくれたら、輝夢は何も言うことないけどな」
「本気で言ってる? まじで良いのかなそれで……」
「輝夢はいつも本気だよ。りっちゃんがいいならそうしたい」
僕は瞳を閉じてしばらく考えたあと口を切った。
「……わかった。そこまで言うんなら、家事は全部僕がやることにして、とりあえず、しばらくそうしてみようか」
僕がそういうと輝夢は嬉しそうに何度もうなずいた。
「すごぉい。全部するの? じゃあ輝夢がお休みのときは手伝うね。書くので忙しかったら無理しないでいいよ。そういえばりっちゃん知ってた? 専業主夫の年収は平均四百七十万なんだって。普通に共働きって感覚だよね」
結局僕はまた彼女の優しさに甘えている。でも、輝夢がそれで納得するなら、あまり意固地になる必要もないのかもしれない。とりあえず、二人で話し合って決めたことなのだから、受け入れようと思う。明日から主夫兼作家(売れない)で生きていくことになった。でも、それはそれで何だか楽しみになってきた。
「あ。でもママ友とかできたらどうしよう……」
「それはさすがに気が早いでしょ!」
と笑って言うと、「それもそっか」と彼女も笑った。




