同棲
売れない小説家とちょっぴりメンヘラな彼女のささやかな日常のお話。
一話完結、数分で読めるようにできるだけ短めに書いています。
もしよければ読んでもらえたらとても嬉しいです。
二十六歳の冬、輝夢とのことを元にして書いた小説を投稿サイトに載せたところ、作品が東京の編集部の目に止まって書籍化され、夢だった小説家になった。
それから三年が経った二十九歳の春、上京した。東京にいたほうが編集部との打ち合わせやイベントへの出席など、作家をやっていく上で何かと便利だったからだ。元恋人との『事件』のあと離れ離れになっていた輝夢とはそのとき再会し、付き合い始めた。
仕事もプライベートも順調な日々を過ごしていた。
でも、すぐに小説がまったく売れなくなってしまった。収入は激減した。去年取り組んだ仕事といえば編集部からたまに依頼されるコラムの執筆くらいだった。そのため夏頃から年末にかけて、執筆業で稼いだ全収入が合計で約十四万円という状況に、現実の厳しさを思い知った。
家賃すら払えなくなって追い詰められた僕は貯金を切り崩しながら光熱費、食費、交通費などを賄うしかなかった。
家賃に関しては輝夢が支払ってくれていた。別々に暮らしているので、二人分の家賃を払っていることになる。
こう言うと実は財閥の令嬢なのでは、とか、相当なお金持ちなのだろう、などと思われるかもしれないが、彼女の出自や財産に特筆すべき点があるというわけでは決してなかった。彼女の両親は博多で織物工場を営んではいたが、仕送りなどの援助は受けていないと言っていたし、彼女自身も都内の一般企業に勤める、ごく普通の会社員だ。本業の収入に加えてSNSのPR案件等で得た報酬を元に、物価高が長引き、厳しい経済状況が続く中で、僕のことまで養ってくれているのだった。
彼女が頑張って稼いだ金を貪り尽くしているヒモ男、それが僕だ。輝夢はそんな乞食の僕を見捨てるどころか、小説が売れるようになるまで、家賃だけでなく生活費も払うと言ってくれているが、さすがにそこまで甘えるわけにはいかなかった。少しでも彼女の負担を減らせればと思って最近ようやく就職活動を始めていて、今度、居酒屋のバイトの面接を受ける予定だ。
課題は山積しているけれど、ひとまず、家賃のことをどうにかしないといけないなと思った。
近頃はどちらかの家に泊まっていることも増えたため、別々に暮らす意味もあまりなくなってきたね、という話をするようになったのが去年の年末くらいからだったような気がする。
「輝夢ちゃん、うちで一緒に暮らさない?」
二人でソファに腰掛けてテレビを見ている時に僕は何となくそう言った。
しかし反応がない。
「輝夢ちゃん、聞いてる?」
彼女は僕の方を見て、目をぱちくりさせている。
「いいの?」
「もちろん」
むしろ同棲の許可を必要とするのは家賃を払ってもらっている僕の方なのだけれど……。そう思いつつ、ソファの上で正座して「お願いします」とかしこまって頭を下げると、輝夢は「やったー!」と絶叫して抱きついてきた。
「ら、輝夢ちゃん、くるじい……」
酸欠になった僕をようやく離したあと彼女は笑顔で言った。
「ずっとそうしたかったの」
「ごめん、先のばしにして。出費を減らすためにも早くそうするべきだった」
彼女は首を振った。
「輝夢はりっちゃんと一緒に暮らしたかったからすごく嬉しいの。ただそれだけだよ」
そう言うと、彼女はどこかに電話をかけ始めた。
「もしもし、二〇一号室の吉岡です。——はい、退去の連絡でお電話しました」
電光石火の行動に驚いていると大家さんとの電話を切った輝夢が「こういうのは早いほうがいいから」と言っていて頼もしかった。
「いま書いている小説が売れたらさ、もっと広いところに引っ越そう」
言いながら、情けなくて挫けそうになった。お金も力もない。あるのは根拠のない自信だけ。いつになったら彼女を幸せにしてあげられるのだろうか。
「楽しみ。でも輝夢はここでも充分幸せだよ? りっちゃんがいる場所が輝夢の居場所だもん」
惨めな心を包み込むような優しい微笑みだった。
貶したっていいのに。責めたっていいのに。見放すことだって出来るのに、彼女はそうしなかった。思ってもみなかった温かい言葉に涙が溢れそうになる。そんな輝夢をちょっとでも安心させてあげたくて僕は笑顔を浮かべながら力を振りしぼるようにして言った。
「ありがとう輝夢ちゃん。いつも迷惑かけてばかりでごめんね……。たくさん苦労をかけるけど、必ず幸せにするから、もう少しだけ、信じてついてきてくれる?」
「うん。もちろんだよ」
輝夢は僕をそっと抱きしめた。
彼女の温もりが空っぽの心を満たしてくれるようだった。
とにかく結果が欲しい。縋るように彼女のことを抱きしめながら、僕はこのとき改めて強くそう思った。




