6
放課後。気がつけばもう夕方だった。
六は校舎から少し外れたところにある古びたレンガ造りの建物の前に立っていた。
「ここが勇者部の部室か」
六は思わず悪態をつく。
建物の入り口にはボロボロになった木製のプレートに勇者部と書かれていた。
「どうして、あなたがここにいるのかしら?」
後ろから声を掛けられ、六が振り返る。
そこにはフェイが腕を組んで立っていた。
「あ、六くーん!」
フェイの後ろから四つ葉がひょっこりと現れる。それからリュリュとクリステルも一緒である。
「みんなして、どうしたんだ?」
「聞いたのは私よ。先にあなたが答えなさい」
「俺は教頭先生に少しでも早くここでの生活に慣れるためにも部活に入れって言われたんだよ。そうしたら、ここを紹介されたんだ」
「ここの教頭に?」
フェイは疑いの視線を向けてくる。
「ああ。そうだよ」
「他に何か言われた?」
「いや、別に何もなかったぞ」
「そう。なら、いいわ」
フンと高飛車に鼻を鳴らして、フェイは建物の扉を開けて、さっさと中へ入ってしまう。
「バーナルさんはどうしたんだ?」
「教頭先生ってバーナル派なのよ。それでフェイちゃん、ちょっと神経質になってて……」
「バーナル派って何なんだ? 俺はまだムーンウォールに来たばかりで事情をあまり知らないんだよ」
六の質問にクリステルがコホンと咳払いをする。どうやら、彼女が解説をしてくれるらしい。
「バーナルというのはムーンウォールの二大名家の一つですよ」
「“二大”ってことはもう一つあるってことだよな?」
「ええ。もう一つは貴咲家。ムーンウォールの運営はバーナル家と貴咲家の二大名家によって執り行われているのです」
「じゃあ、フェイ・バーナルさんっていうのは王国とかだったらお姫様みたいなところか」
「ムーンウォールは企業国家ですから、実質は社長令嬢といったところでしょうね」
「なるほどな。でも、だったら、何でクラスじゃ腫れ物みたいな扱いを受けているんだ?」
それならば普通はまわりに人が集まってちやほやされるものではないのだろうか。
「フェイちゃんは高等部へあがるときに行われる生徒会の役員選挙に出馬したんだけど、そこで貴咲派の対立候補に負けちゃったの」
「それからフェイ・バーナルさんを中心とした派閥はほぼ崩壊。ほとんどの人が彼女のもとを去っていきました」
「それで、クラスであんな扱いなのか」
「家になまじ力があるだけに、そういう扱いしかできないのですよ」
そんなものかと六は納得しつつ建物へと足を踏み入れる。
建物の中は長年使われていないせいもあるのか、どこもかしこもクモの巣が張られ、埃をかぶっている。
「ここを部室として好きに使ってくれということでしたね」
「好き勝手以前の問題だろ」
リュリュが手元から炎を出して、かざすと少しだけ明るくなる。
「すごーい。本当に呪文の詠唱なしに魔法が使えちゃうんだ」
それを見た四葉が感激する。精霊憑きと呼ばれる者は呪文の詠唱がなくても魔法が使える。
「呪文の詠唱とは精霊へ捧げる愛の言葉と言いますね」
その愛の言葉が長ければ長いほど精霊は大きな力を貸してくれて、より複雑で強大な力になる。逆に言うと愛の言葉を捧げなければ精霊は力を貸してくれない。
「精霊憑きは精霊から無尽蔵の愛を受けられる。よって呪文がなくても魔法を使えるってワケだな」
六はうんうんと頷く。
「無駄話をしてないで、とりあえず電気をつけなさい」
フェイが一同を睨む。それに殺気を感じた六たちは急ぎ電気のスイッチを探す。
「あ、ありました!」
最初に見つけたのはクリステルだった。が、彼女はそこに辿り着く前に椅子につまずいて転けてしまう。
それにいまさら驚くこともなくなった六はクリステルの代わりにスイッチを押した。
「あ、ついたよ」
四葉が言うとおり部屋の電気がつく。明かりがついたことで、部室の現状がより鮮明に浮き彫りとなる。
「こりゃ、まずは大掃除だな」
ぼやく六の隣で、リュリュが大仰に嘆息をするのであった。