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序
これは魔法というものがごく一般に普及して、月に住めるくらいまで発達した世界の物語である。
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月の都ムーンウォールへ行くには地球から出る『月の方舟』に乗ってくるしか手段はない。『月の方舟』の姿は丁度列車のような形をしていて、地球からやってきた人たちが次々と降りてくる。
その中に表情がわからなくなるほど度の厚いメガネをかけた少年が降りてくる。少年ははじめてムーンウォールへやってきたのか立ち止まってあたりをキョロキョロしている。おそらく、どこへ行っていいのかわからないのだろう。
「羽遠見六くん?」
呼びかかけられた、その名前に少年の動きがピタリと止む。どうやら、少年が羽遠見六らしい。
「えっと……」
少年を呼んだのは女の子だった。黒髪のボブで気弱そうな印象である。そして六はその姿にどこか既視感を覚えた。
「あの、私のこと覚えてる?」
「え?」
その問いかけに六は思わず言葉に詰まらせる。たったいま記憶の片隅を突いていたところだった。この娘は誰だったか。必死に思いだそうとする。
「私は双葉四葉だよ。小学校のとき近所だった」
その言葉に六の記憶が結びつく。
「ああ、双葉さん家の四葉かー。そういや、中学あがる前に引っ越したんだっけ」
「そうそう。思い出してもらえてよかった」
四葉はホッと胸を撫で下ろす。
「それより、六くんってメガネかけてたっけ?」
「いや、まあ、これには深い理由があってだな……」
それなりに理由はあったのだが、この場で話すようなことでもなかったので「あとで話すよ」と言ってはぐらかす。
「それより迎えを寄こすって聞いてたけど、その迎えって四葉だったのか?」
「そうだよ。私も六くんの名前聞いてびっくりしちゃった。こんな偶然ってあるんだね」
嬉々と語る四葉に釣られるように六も笑みを浮かべる。
「てことは、同じ寮ってことなんだよな。俺、ムーンウォールに知り合いなんてほとんどいないし、四葉がいてくれたら心強いよ」
「私も、私も六くんと一緒の寮で心強いよ。だって、私たちが使う寮って……」
寮のことを口に出すと四葉の口が徐々に重りが載ったように鈍くなっていく。そして、その理由を知ることになるのはそれから間もなくのことであった。