第3話 出会い
皆は神という存在のことをどう思う?
俺はもし会えたのなら、その場で殺してやりたいと願うほど憎んでいる。
ああ、まあここで勘違いしないでほしいのは全ての神に対して言っていることではない。自分をこんな運命に陥れた神に対してだ。
様々な神が存在していることは分かっているし知っている。それら全ての神が一様に同じ様な性格ではないことも分かっている。善き人がいれば悪しき人がいるように、神も人のように善き神もいれば悪しき神もいるということ。
だから神というだけで敵意を向けるような、考えを放棄した愚者ではない。まあ、愚者であることを真っ向から否定はしない、俺もまた希望に何度も縋りついてしまう愚か者なのだから。
さて、前置きもここら辺でいいだろう。何故こんな前置きをしたのかというと。
今回だけは手のひらクルックルで神に感謝してるから、マジほんとありがとう。
◇ ◇ ◇
それは歓喜に打ち震えたのか困惑したのかよく分からない、あるいはその両方だ。
目の前に現れたその少女を見据える。まだ喜んではいけない。希望を持っているのはいいが、今喜んでしまうとまた絶望しなくてはいけなくなる。まずは確認からだ。
一歩一歩にじりよる。傍から見たら完全に不審者もしくは変態だろう。手を前にしてわきわきと動かしているのが何よりの証拠だ。
彼女に巻き付いていた大蛇がこちらに気付く、威嚇しようとしたのか「シャッ…」と声を漏らすと同時に頭を垂れて平伏してしまった。
大蛇は彼を目で捉えた時、彼からダダ漏れしていた万物離れの魔力に圧倒され、自然と完全降伏の体勢をとっていた。
彼が己の餌になりかけている彼女しか目に写ってないと分かるや否や、締め付けを止めスルスルッと身を解き、尻尾で優しく彼女を地面におろした。
大蛇は邪魔にならないよう体育館部屋の隅っこに移動する。蜷局をまいて自らの体の下から顔を出し、事の成り行きを見守っていた。
地面に寝そべった状態の彼女に近づく。
その少女は身体中傷だらけで目は虚ろ。呼吸も、吹けば消えてしまうちっぽけな蝋燭の火のように薄弱。意識は無く、命も風前の灯だった。
ぼそぼそと聞こえる声に顔を近づけ耳を傾ける。聞こえてくるのは「まだ…死にたく…ない…」や「誰か…」、果てには「ゴメン…ナサ…」などといった言葉が繰り返されていた。
急いで回復魔法を使う。
すると彼女の傷は一瞬で消え、か細かった命は助かった。呼吸もしっかりしたものになり、スースーと寝息が聞こえてきた。
寝息が聞こえてきたことに命に危険はないと安堵すると、拳を握り締め自分の頬をぶん殴った。
俺は何を考えてた?自分のことしか考えず、彼女の状態にも気付かなかった。
何が希望を持つだ、何が絶望しなくてはいけなくなるだ、この場で一番助けを求めてたのは彼女だろ!
俺はなんて愚かなのだろう。人が死んでしまう程の怪我の見分け方も分からなくなったのか。
…やっぱり人間ではなくなってしまったのだろうか。
こんな有り様で見つけられるのか。
それよりも彼女を運ばなくては、こんな所で寝かせては風邪を引かせてしまう。
お姫様抱っこで彼女の華奢な体を持ち上げる。死にかけの状態を見たからか、とても弱く脆く儚げな存在に感じられる。
とにかく、来客者用の部屋なぞ作ってないので自室に入り、自前のベッドで寝かせる。
汗臭くないだろうか、知らない男のベッドに連れ込むなんて気持ち悪がられないだろうか。なんて考えるがこれ以上良い選択肢も思い付かないので現状維持と判断した。
コップに水を入れ、ベッドにテーブルを寄せて上に置く。
彼女はとても暑苦しそうで、激痛なのか分からないが唸って体をもぞもぞと動かし膝を抱えるようにして丸くなった。
魔法で首元にひんやりとする風を送りながら、彼女を元通りに寝かしつける。その際、身体中に涼しい風が行き渡るようにベッドの中に魔法を使った。
体の熱を下げたことで苦しそうな顔はとても安らかな寝顔に変わっていた。
そういえば何か付属品が付いていたような…。
右手を横に出し、分身体を作る。闇が集まって出来たその分身は何も言わずに部屋から出ていく。
扉の音が聞こえたのか、彼女の意識がはっきりとしてきたのが分かった。もう起きると分かると胸がドキドキする。
顔を覗き込んで目が開くのを凝視する。目はバキバキで鼻息も荒く完全に変態だった。
「………んぁ……んぅ…」
少しもぞりと動いて目をゆっくりと開く。
彼女には何が見えていたのか分からないが、開口一番に耳に聞こえてきた言葉はーー
「きゃあぁあぁぁっっ!化け物っっ!!」
ひでぇ…さすがに傷ついた。なんの装飾もない純粋な罵倒、女子に悲鳴をあげられたのはこれが始めてだった。
ベッドから転がり落ちてそのまま俺から距離を取る。
そこまで部屋も広くはないので、すぐに壁にぶつかり頭を押さえていた。
立ち直ると、彼女は現在自分が壁際に追い込まれていることを悟り、絶望の表情でこっちを見る。
腰が抜けて膝から崩れ落ち、体をガクガクと震わせながら涙目で、必死に逃げようとしていた。
どうにかして誤解を解きたいと思い、歩み寄る。
彼女は「あ…終わった…」みたいな顔をして全身の力が抜けてしまっていた。
余計に恐怖を与えてしまったと分かったが、ここからどうすることも出来ない。
誰か助けてくださいと心で願ったのが通じたのか、部屋の扉が開かれる。そこには分身がいた。
「なあ本体、魔力ダダ漏れだぞ」
その言葉を聞き納得する。確かに俺は魔力を垂れ流していた。分身が言いたいことはつまり、この世界の人間には刺激が強すぎたのだ。
「強すぎたで終わるレベルじゃないんだけどな気を付けろよな」
うるせぇよ、お前もどうせ同じことがあったから気付いただけだろ。大方あの蛇で同じようなことになったんだろ、ったく素直じゃねぇんだから。
とにかくまずは自身から溢れ出るこの魔力を引っ込める。そしてイケボを作ってこう言うのだ。
「お嬢さん…俺は悪い化け物じゃないよ」
濁っと俺なりにいい笑顔で接する。詳しく自分の容姿について語っていないのだが自分で言うのもあれだが、ひどいものだ。
今までの希望を抱く度に壊れてしまったから、精神的にも辛く、その度に目の下の隈はひどくなってしまった。どれほど元気に振る舞ったとしても疲れていると思われるほどにひどかった。あんなにイケメンだった俺はどこへ行ったのやら。
大きく溜め息をつく。しかしこれまでの心労もここでけりをつける。そう…そのためにはまず異文化コミュニケーションを図らなくてはならない。そのための第一歩、笑顔で優しく紳士に…そう正しく今の俺だ。
どうやら俺の渾身の笑顔が通じたようだ、ほら子鹿のように足を震わせながら対話するために立ち上がって、短剣を取り出して…ってまてまて!
どうしてそんな行動をする、こんなにも必死に仲間アピールしているんだぞ?
彼女の瞳には光は無く、死を受け入れているように見える。見えるではなく、正しくその通りなのだろう。
「あのー、対話って出来ません?」
困った態度で喋るとようやく人間として認識してくれたようで、その目は光を取り戻していた。
「………………人間…………?」
「そう!人間。人間確定だからその手に持ってる物騒な物を仕舞ってくれるかな?」
手に持ってこちらに切っ先を向けているその短剣を指差す。全く恐怖は感じないけど話するときは無い方がいいよね。
「あっその、久しぶり!…違うっ…す…すみません」
「いやいや大丈夫だよ」
短剣を仕舞いペコペコと頭を下げる。別に気にはしてないのだが。久しぶりって…。
「すみません、化け物にしか見えなかったんです」
「うん…別にそんなに…うん…うん…気にしてないから…大丈夫ってか…本当気にしないで…」
2回も化け物認定されてしまった、悲しい…。
目を少し逸らし、哀愁が漂う。そんなことよりも大切なことがある。
悪い気分と良い気分がごちゃ混ぜになった心を落ち着かせる。深呼吸して彼女に向き直る。
「1つ…質問があるんだが、いいか?」
「はい」
意を決して質問を口から絞り出す。今まで何回も口に出してきた希望の言葉だ。
「貴女は人間ですか」
「はい?」
先程とは違うイントネーションで返ってくる。質問の意味、本質は何を聞きたいのか、分からないといった様子だ。
「ああ…うん、俺も突拍子も無いこと言ってんなって分かってる。君が完全に人間ではないことも分かってる。でも君の口から聞きたかっただけなんだ…」
彼女の耳を見る。
よくアニメで見かける尖った耳がそこにはあった。
それは彼女は人間ではないことを証明していた。いや、人族ではないだけで人間ではある、ただ種族が違うだけだ。
「何を言っているのか難しいのですが、私は人間とエルフとの間に生まれたハーフエルフです」
「つまり人間ってことでいいよな」
「ええっとだから私は…」
「ハーフエルフなんだろ。…俺の言い方が悪かった、人族ではないにしても人間という存在だろ、魔獣とか魔蟲といった魔物ではないだろ?」
話を遮って質問を繰り返す。
「あなたが言っているのが人間という大まかな概念だとしたら、はい私は人間です。ハーフエルフの人間です」
理解が出来た彼女は、本当に答えがあっているのか分からないといった不安を抱えつつも返してくれた。
「…じゃあ…やっと出られるんだ…!」
希望が期待が渇求が切望が一気に叶えられた、そんな気がした。
「……ふっ………ふふっ…ふふふっ…ハッハッハッハッハ!!」
ついに…ついに念願叶ったりぃ!アッハッハッハッハ!
胸の内で高笑いをする。外から見ると顔を歪に歪ませて震えながら笑っているただの変人である。
アーッハッハッハッハッハ……はっ!?
じっとりとした目でこちらを見てくる。止めてくれ恥ずかしくなってくる。
うぉっほん、と咳き込みをして声をかける。
「あー…なんと言うか大丈夫だよな?どこか痛むとかないか?」
「あ、はい、大丈夫です」
あー、話の続け方が分かんねぇ…えーっと、とにかくここは聞きたいことを聞いて場繋ぎしなければ。
「で、どうやってここに?見た感じ白い光の中から出てきたとしか言い様がなかったんだが」
俺はぐいっと押し気味に質問した。
「え、ええっとその…魔物に追われて捕まって、手を伸ばしたら何かに触ったような感覚がして…」
彼女は少し慌てながらも身振り手振り伝えてくれる。少しずつ恐怖が薄れてきているのだろう。
「気がついたらここにいました」
「つまり“扉”は使ってないんだよな」
前のめりに聞き入りすぎて顔を近づけてしまった。距離としては30センチ程だ。
「ひゃっ!」という声を出す。
「…扉?…使ってないです」
首を少し傾げると共に俺から距離を取ろうとするが壁際なので逃げられなかった。その前に腰が抜けていたので動くことは出来なかった。
まあ今の感じからして知らないだろうな。いや、そんなことは分かっていた。だが聞いておきたかったのだ、興奮と喜びが押さえられなかった結果だ。
「つまりここに来る方法があの扉以外にあったということか。あの方法を除けばあれだけだと思ってたんだけどなぁ」
顎に手を当てブツブツと独り言を漏らす。
「ここは切り離された空間のはずだ、そんなにヒョコヒョコ人が来れる転移系のモノがあるか?そんなモノがあったらもっと早い段階で誰か来ても良いはずだ…」
先程よりもブツブツが増してゆく、その姿を心配するような眼差しで彼女は見つめ、頭には“?”が大量に浮かんでいる。
「待てよ…さっきのあの魔力どこかで…」
「あ、あのー?」
近すぎるから離れてもらいたい気持ちと、心配する気持ちで「大丈夫ですか?ちょっと離れてくれませんか」と声を掛けようとするが、考え事で頭がいっぱいの彼に彼女の言葉は届くよりも先にかき消された。
「大じょ…」
「そうかっ!思い出したッ!」
ハッと顔を上げ大きな声を出す。
上げた際に再び近づいた顔に驚く。
「あの魔力の感じ…あの時の俺の転移魔法か!」
俺は感動のあまり空を見上げた。いや空は無いけどね、あるのは高い天井ぐらいだ。
「やっと…やっとだ…あれからもう一千年だな…待ち続けた甲斐があったんだ…」
くっ…と嬉しすぎて涙が一筋零れてしまった。
これから大体2週間程度で上げていきます。頑張ります。