第2話 日本からの転生者
見渡す限り何もない荒れ果てた荒野に爆音が響く。爆弾かもしくは隕石が落ちたのでは?と思える程の巨大な音だった。
その音が聞こえてきた場所には巨大なクレーターがあり、その真ん中には全長300mは優に超えるドラゴンが頭を潰されて横たわっていた。周りにはこれを倒せそうな魔物の姿は見えない。
しかしドラゴンは倒されたのだ、ドラゴンの上に立っている1人の青年によって。
青年はドラゴンの腹の上から尻尾まで軽く跳躍し、尻尾を掴み引っ張って移動し始めた。
彼の身に着けている服装はこの世界ではあまり見かけることのない服装だった。日本の高校生が着ているカッターシャツとズボンを着崩していた。
クレーターとそれが原因で起きていた砂嵐から抜け出した彼は、やっと一息つけるとドラゴンにもたれ掛かった。
彼は人差し指を少し顔から離れた位置に上を指差した状態で止めた。すると指先の何もない空間に顔大ほどの水玉が現れた。
それを頭の上に動かして一部から水を垂らして飲む。
その時、大きな揺れが起こり周りの地面にとても大きな亀裂がはいる。東京タワーもすっぽり入りそうなくらいの大穴だ。
「うげっ…水が…目がぁ…」
揺れによって垂らしていた水が目に直撃し、ついでに水玉も弾け、上半身が良い写真が撮れそうなレベルで濡れてしまった。
彼はどこかの大佐のごとく目を押さえていたが、ドラゴンが亀裂に落ちそうだと気付き、右手で尻尾を掴んで左手で水を拭っていた。
「またお前か…」
呟いた彼の眼前には山より巨大なムカデのような化け物が映っていた。正確にはよくいるムカデが巨大化したのではなくこういった魔物なのだが、別にムカデと呼称しても問題はないので彼はムカデと呼んでいた。
ムカデはただじっと彼を見つめていた。
「めんどくせぇな、このエセム◯デ長老!」
もはや谷となった亀裂から体を覗かせているそのムカデはどうやらドラゴンをロックオンしているようだった。
落ちかけていたドラゴンを引っ張り上げ安全な所に尻尾をブン投げて置く。ドラゴンは四足歩行からそのまま脱力してバタンキューとなった体勢で放り出される。それを背にして彼はムカデにガンを飛ばした。下顎というか下唇が少し前に出ている。
「あのしわがれた顔みたいなのは無いが、やっぱ似てんなこのムカデ…せいぜいモザイクぐらいはかけといてやるよ」
ムカデの頭の一部にモザイクがかかる。
両者共に睨み合っていたところでまた、地面が大きく揺れ始めた。
「おいまたかよ、しちめんどくせぇ」
谷が更に広がる。揺れが続けば続くほどどんどん割れ目は大きく、深くなっている。まるで転んで出来た怪我を子供心に弄くっていたらいつの間にかより悪化していた…みたいな状況である。やりすぎると骨も見えちゃうから良い子は真似しないでね。
そんなことはさておき、再び谷から勢いよく魔物が出てきた。上半身を出して出てきたその魔物は、サイズは見えている分ではムカデと良い勝負できる程大きい…もぐらだった。…もぐら?
「お前も出てきたのか、だるっ」
彼は腕を組んでムカデ達を交互に見る。どちらも彼…というよりも後ろのドラゴンが狙いらしい。
「いやもぐらよ、隣のムカデ食えよ」
全くもってその通りである。なぜ隣を見ない。
「何だろう、そんなに熱視線を向けられると恥ずいんだが」
この距離なのでムカデ達には聞こえていない。聞こえていたとしてもこの2体が人語を理解出来るのだろうか。
「餌待ってる犬みてぇだな、なんで隣のムカデ食わねぇんだよ」
ふと視線をもぐらとムカデが出てきた谷へと向ける。そこで何かに気付いてしまったような深刻な顔を見せた。
「まさか同棲してたのかお前ら!?」
衝撃の事実である。なぜそのような考えに至ったのか全く理解不明である。
「ムカデが夫でもぐらが妻、爆音が響いたから夫が先に様子を見に来たと…そのあと妻も出てきたと」
なかなかに都合の良い解釈である。だがしかし、ここで付け加えなければならない重要なことがある。
両方雄であると。
「まさかお前らがそんな関係だったとは、世の中広いのか狭いのか…いや待て」
ムカデ達を凝視して固まってしまった。驚きで口が開いたままである。
「お前ら両方雄じゃん」
気付いてしまったようだ。うずくまって頭を抱えて唸っている。そう同棲なんて無いのだよ現実を見たまえ。
「雄同士でそんなディープなことに…」
いつから思考がそっち方向に行ってしまったのだろう、妄想がどんどん膨らんでいっている。どうすれば元に戻るのだろうか。
「ま、そんなことないと思うけどな、たまにはこんなしょうもねえこと考えねぇと気が狂う」
正気に戻った。どうやら暇だから妄想を膨らましていたみたいだ。頭のネジが1本抜けているどころではない思考回路だったが、無理もない。
ここには彼しか居ないのだから。
「物欲しそうに見るなって…はあ、しょーがない」
彼は後ろを振り返りドラゴンの腹まで歩いて立ち止まりドラゴンの腹から横腹を見上げた。勿論デカ過ぎるので背中は見えない。
そして彼が手を手刀の形にしてドラゴンの体に手刀を当てた…はずだった。
確かに当たったのだろう、だが手刀は何事もなかったかのように振り下ろされ、そして豆腐を切ったようにドラゴンの巨体は綺麗に両断されていた。
「さて、どっちがいい?」
彼は顔をムカデ達の方に向け、頭から半分か尻尾から半分かのどちらが良いかを問う。
ムカデが頭サイド、もぐらが尻尾サイドに目がいった。いや、君達この距離でよく聞こえたね。
「両方はやらねぇぞ?どっちか片方だ」
すると残念そうにしょんぼりする。心が痛む光景である。
少し落ち込んだかと思えばすぐに元に戻った。そしてシンクロ率100%の動きで同じところを見る。2体共尻尾サイドが欲しいらしい。
「尻尾か、しゃーねーな」
ちょいちょいと手招きをして、ムカデ達が寄ってくる。「食べていいぞ」と一言指差して言うと嬉しそうにムカデともぐらがドラゴンを食べ始めた。
肉は食いちぎられ、簡単に骨が剥き出しになる。肉を食いちぎろうとするたびに血管がブチブチと音をたてて切れていく。死んでからそこまで時間も経っていないので、固まっていない血が辺りに飛び散る。
「せっかく汚さないように綺麗に切ったのに」
ため息をついた後にドラゴンの喉元まで歩く。そして
ドラゴンの首を右肩で担いでムカデ達を見る。
「んじゃ俺は帰るから」
そう一言言い残し、彼は空を飛んでその場から離れた。
数分間優雅なフライトを楽しんでいただろうか、機嫌良く鼻歌を歌っていた。優雅といっても時速100キロ以上出しているので、別段周りの目線で見ると優雅にはとても見えない。
彼は突然鼻歌をやめ、少し気だるそうな様子で後ろを振り返った。
「こんだけ血を垂れ流しにしてたらそりゃあ寄ってくるよな」
彼が目をやったその先には、ドラゴンの群れがいた。
「ひいふうみぃ…7体っと」
彼はドラゴンを目で完全に捉え、どうしよっかなと軽い雰囲気で考えながら、前を向きとりあえず飛行速度を上げた。
しかしドラゴン達は音を置き去りにする速度であっという間に彼に追い付き、統率の取れた動きで彼を取り囲んだ。
彼の後方に1体、左右斜め前後方に1体ずつで4体、少しだけ後ろに位置取りして上下に1体ずつで2体、といった形で囲まれていた。
「さあどうするか」
まだ攻撃してくる様子は無い。しかしいつ痺れを切らして襲って来るのか分からないので、なるべく早く抜けたいといったところだ。むしろ今襲って来てない方がよほどおかしい状況である。
それぞれ度合いは違うが目が血走っている。今すぐに襲いかかるほどに興奮しているのに襲いかからない。全員が分かっているのだろう、単体で襲いかかっても瞬殺されることが。
彼が担いでいる頭が潰れて下半身の無いドラゴンを見るまでもない。彼はドラゴン達から見ても、桁の外れた化け物でしかなかった。
「抜けるとしたら上からか」
顔を左上に傾けて頭上後方のドラゴンを見る。その1体だけ異様に傷付いていた。他のドラゴンも怪我はしてるものの、こいつほど重症にはなっていない。
体の傷は打撲痕よりも切り傷の方が多かった。
「もしかしてこいつら、ムカデ達と戦ってきたのか?」
おそらくあのドラゴンが特攻してきたのだろう。傷痕はムカデの牙やもぐらの爪でやられた傷痕だった。
「あいつら強いからな、負けるのも無理もない…が、俺はあいつらよりも弱く見えてんのかね」
…はぁ、と溜め息を吐く。次の瞬間、左右後方に位置取る2体が急速接近してくる。狙いは彼…ではなくドラゴンの肉だ。
このドラゴン達は戦う気はなかった。肉さえ奪うことが出来ればそれでいいと。
彼は何故自分が狙われるのか不満に思っていたが、このドラゴン達にとってはムカデ達よりも彼のほうが狙いやすかったに他ならない。
何故なら肉を守ろうとする意識がムカデ達よりも圧倒的に低かったからだ。
無くなればまた取ってくればいいと考える彼に対して、ムカデ達はあまり手に入らない肉を手放したくない
一心で守っていたから、ドラゴン達は彼に目を付けたのだ。
彼は後ろから挟むようにして襲いかかる2体を、体を縦に真下に急降下して避ける。それと同時に下にいたドラゴンが襲いかかる。
ドラゴンが顔を横にして大きく口を開ける。そして噛みつかれる瞬間にドラゴンの下顎側面に左手をつき、跳び箱のようにして躱す。右肩に掛けているドラゴンも彼に引っ張られ、噛みつかれることはなかった。
そのまま流れるようにドラゴンの顔から尻尾に向かって体を走り抜ける。逆さまで走っているので、胸と腹を通る際に鳩尾を強く蹴ってやった。すると吐血を思わせるような声を出して、力を失くし墜ちていった。
彼はドラゴンが墜ち始める前に尻尾から飛び、飛んでいた方向の逆に向かって飛ぶ。
墜ちていったドラゴン除く6体のドラゴンが旋回し彼を追う。彼は次々に襲いかかるドラゴンをいとも容易く避けていく。
「鬼ごっこで勝てると思うなよ!…ってもこのままじゃめんどくさいよな」
彼は空中で肩に持つドラゴンの首と手及び肩、羽そして少しだけ腹を切り落とす。
そして切った部分を空中にばらまいた。
「少ししかねぇが、食いたきゃそれを食え!残りは俺のだ」
大きな声を出す。それを理解したのかしてないのかは理解出来ないが、向こうに目がいったのでその間に加速して逃げる。方向転換なら鬼ごっこの最中に元に戻っていたのでそのまま飛んでいく。
なるべくこれ以上面倒事が増えても困ると考え、これまで以上に速度を上げて飛ぶ。
景色があっという間に変化する中で3分とかからずに目的地に着いたようだった。
目的地は側によると、もはや壁と呼ぶことが出来るほどの巨大な樹だった。
「筋トレがてらの食糧探しはやっぱ疲れるわ」
彼はすぐそばにある川で、殆ど垂れ流れてしまってはいたが、ドラゴンの血抜きをしていた。
薄い膜のような光を体に纏うとドラゴンの残った内臓を取り出した。そして右手を何もない空間に向けると、どこまでも暗くてよく分からない“モノ”が現れ、それに放り投げた。
すると取り出された内臓は“モノ”の中に吸い込まれてしまった。
内臓を“モノ”の中に入れ終わり、肉を川に浸けると、一仕事終わったかのように「ふぅ」と息を吐き、右肩と左肩を交互にグルグルと回した。
身に纏う光を解除する。服には一滴の血どころか、濡れてすらいなかった。
川はかなり深かったようでドラゴン肉がすっぽりと浸かっている。
彼はその場を離れ巨大な樹の根元に移動する。そこには扉があり、特に違和感の無い申し訳程度の装飾が施されていた。
扉には取っ手が付いており、外開きの扉だった。
彼が取っ手に手を翳す、するとガチャンと音が鳴った。そして扉を開き中へと入る。
そこはTHE・異世界のような非現実身をおびた場所ではなく至ってどこにでもある玄関だった。シューズラックには今履いている靴と同じ運動靴が大量にあった。
運動靴が多くある中、一番上の段には女の子用の可愛らしい赤と少し水色がかった青の色違いのスニーカーが2足、その奥にも同じ色をしたフォーマルシューズが2束、黒色のスリングバッグパンプスが1足、黒の少し大きいプレーントゥが1足あった。
シューズラックの上は綺麗に整頓しており、写真立てが数個置いてあるぐらいだ。そこには両端が少しクシャッとなって元に戻したような、水でシミができてしまった写真があった。中には白い歯が覗く明るい笑顔を見せる無精髭の生えた男と20代に見える女、そしてまだ幼い2人の女の子の姿が写っていた。
彼は靴をしっかり揃えて脱ぐ。そのまま玄関から廊下を進みリビングに行く。リビングも特にこれといって目だったものは見つからない。なんとも異世界には場違いなテレビがあるが外側を模しているだけで点くことは決して無い。
リビングの奥にある扉を開き中へと入る。そこはさっきまでとは打って変わってかなり大きな部屋だった。天井が50mはあり、横の広さも相当な大きさがあった。部屋と言うより体育館のような雰囲気だった。
体育館のような部屋の左側にある、手前から3番目の扉に入る。そこには寝具や机、コップ、棚等の生活感溢れる物があり、漫画や小説、フィギュアやポスター等、他多数の彼の趣味と思われる物があった。
ここは彼が自室としている部屋のようだった。
彼は力が抜けたように頭からベッドに倒れて横になる。その顔はまるで脱け殻のように生気の無い表情だった。
「……………準備……しないと…」
30分程たっただろうか、もぞっと起き上がり、ふらふらとした足取りで部屋の出口へと向かう。
それは今にも倒れそうな様子で、壁に手を突いて自身を引っ張っていくように歩く。
「ふふっ…あははっ…」
ドアノブに手を掛けると突然笑い出した。不気味な程に低い声から朗らかないつもの声へと段々と変わっていく。
「さっさと終わらせるか」
そこにはいつものように明るい彼の姿があった。
ドアを開け、部屋から出ていく。もぬけの殻となった彼の部屋は静まり返っていた。
体育館部屋に出て、右隣の部屋に入る。そこは様々な武器、防具、生活品、そして魔物の素材が大量にある倉庫となっていた。
その中から1つ、鍔がなく持ち手は布をグルグル巻いただけの装飾が何も施されていない、ただ鞘に収めただけの太刀を取り出した。持ち手の布はかなり使い古されていたようでボロくなっていた。
ベルトを緩め太刀を腰に差す。現代服と刀の雰囲気は合いそうではなかったが、長く使ってきたのか、違和感が全く感じられなかった。
倉庫を出て体育館部屋を通りすぎ、リビング、玄関と移動して先ほどまで履いていた靴を履いて外に出る。
川に沈めていた肉の所にたどり着くと、肉を川から取り出して片手で放り投げる。
ズズンと大きな音を立て地面が揺れる。それを全く意に介すことなく作業を始める。
太刀を使い鱗を削ぎ落とす。一瞬で肉体から離れた鱗が、地面に落ちることなく、風によって集められ彼が発動させた暗闇に次々と吸い込まれていく。
吸い込みが終わると肉を1立方メートル程の大きさに切り分けていく。大量の肉キューブが出来上がるとそれを浮かせて、鱗同様流れるように暗闇に仕舞っていった。
「うっし、終わりっと」
彼は再び家に帰り、自室に戻る。そしてまたベッドに倒れこんでしまった。指もピクリとも動くことはなく、ただただ時間ばかりが過ぎていくだけだった。ある変化が起こるまではーーーー
彼の指がピクッと動く。ほぼ同時に体育館部屋から魔力反応があった。
それが何なのか彼には心当たりはなかった。正確にはあまりにも昔にあったことで、記憶の中に眠ってはいるものの、思い出すことが出来なかっただけである。だから分からない、ただの面倒事で片付く、動く必要はない、それだけだった。
それでも、それでも…体が動いた。
ただおかしな魔力反応が隣の部屋からあっただけ。いつもの彼なら見に行く気力もなく、気が向いた時に見に行くはずなのに、なぜか体が疼く。行け、行け…と。
とにかく動く、体の気だるさや憂鬱感を捨て去って。
どれほど希望を抱いただろう、どれほど絶望を抱いただろう。そのたびに自分が壊れていった。
壊れるたびに死にたくなって、でも死ねなくて、死にたくなくなって。どれだけ心を殺しただろう、どれほどの感情を消してきただろう、それすらも覚えてない。あるのは生きなければならないという戒めしかなかった。
だから必死に生きてきた。誰にも負けない強さを手に入れて、どんな環境でも乗り越えられるようになった。
生きて生きて生きて生き抜いた。でもその先にも絶望しかなかった、生きているだけで辛かった。
ーーそれでも、生きていたかった。
彼は重い足を前へと出す。
ーーどれほど壊れようと、死にたくなかった。
彼は前へ前へ進む。
ーー絶望に打ち拉がれても、希望を抱かずにはいられなかった。だからーー
彼は扉の前で立ち止まる。
ーーだから…一回でいいから…
彼はドアノブに手を掛ける。
ーー希望を…くださいーー
彼は扉を勢いよく開けた。
そこには白い発光体が宙に浮いていた。
それは徐々に大きくなり、目を開くことが出来ないほどの光量を放ちだした。
光が収まるとそこには目を腫らし、涙と血を目から流している金髪赤眼の、少し長い尖った耳を持つボロボロの少女と、彼女に巻き付いている、火傷や矢が刺さった巨大な大蛇の姿があった。
2話目です。まだまだ始まったばかりで内容も入ってこないと思います。どうか暖かい目でこの物語を見守ってやって下さい。今回は主人公の最初の出番回でした。見てくれた皆さんに感謝、また次も頑張りますので見ていって下さい。