4.ファランクス:魔動力機関装甲輸送車
屋敷を追い出され、ブルースは一人で歩き始めた。
ワイズマン家を追い出されたとあっては、この街で働く事は出来ないだろう。
なので街を出て、別の街でただのブルースとして仕事を探さないといけない。
街を抜けて、木々に囲まれた道を歩いて行く。
まだ早朝だが商人たちが沢山街へ向かっている。
それをしり目に街から離れていくと、徐々に人影が少なくなり、昼近くにはブルースの周囲には誰もいなくなっていた。
「そろそろお昼にしようかな」
ブルースは切り株を見つけると腰を下ろし、リュックに入ったハムとパンを取り出すとハムを薄く切り、パンに載せて頬張る。
水筒に入った水を飲み、一息ついたかと思ったら、突然うな垂れてしまった。
「僕、やっぱり追い出されちゃった。お父さまとお母さまが喋っているのを聞いたけど、本当に僕って邪魔者だったんだな……仕方がないよね、重装歩兵なんてスキル、飾り物にすらならないんだから」
重装歩兵のスキルを持つ者の存在は、ここ数十年見つかっていない。
戦いの進化に置いて行かれ、完全に駆逐されてしまったのだ。
なので兵士はおろか、見世物小屋ですら役目が無い。
地面に水滴がポタポタとこぼれ落ち、鼻をすすって空を見上げる。
「追い出された日が晴れているんだから、移動に苦労する事は無いね。神様には嫌われていないのかな?」
目の周辺を袖でぬぐい、そろそろ出発しようと立ち上がった瞬間!
ブルースの背後に何者かが現れて首筋に細いナイフを突きたてた!!
ナイフはブルースの首に……いや、すでに鎧を装着しており、ナイフは首に当たる前に防がれていた。
「な!? バカな! 気配は完全に消したのに!」
ブルースの背後には、どこにでもいるような村人が慌てふためいていた。
しかしその手にはしっかりとナイフが握られている。
「あの、流石に命を狙われているって気付いていますよ。街からずっと付いて来てましたよね?」
「クッ! 家を追い出された分際の役立たずめが!」
家を追い出された。
ワイズマン家を追い出された事を知っているという事は、家の者で間違いないだろう。
しかしブルースはこの男を知らない。
つまり……
「お父さまに雇われた暗殺者ですか?」
「ふん! そんな事はどうでもいい! お前が死ねば丸く収まるんだ!!」
そう言ってナイフで鋭い突きを放ってくるのだが、剣聖や剣豪ならいざ知らず、戦闘向けではない暗殺者は今のブルースの敵ではなかった。
全身を完全に覆われた鎧によりナイフは無意味、しかもレベル99のブルースにとって相性のいい敵の動きは手に取るようにわかった。
ごつい籠手でナイフをつかみ、そのまま腕を引っ張ると暗殺者を転ばせ、上に座ったのだ。
一瞬で勝負がつき、重装歩兵の重さに耐えられず、暗殺者は意識を失ってしまった。
パリン!
何かが弾けた。
ブルースの頭の中で大量の歯車が回りだし、巨大な鉄の門が開かれていく。
重厚な門が開くと中から何かが姿を現し、それはブルースの頭の中だけでなく目の前に現れた。
「うわああああ! なんだ、何だコレ!?」
頭を押さえてうずくまると、目の前には巨大な影が見えた。
顔を上げるとそこにはジープの様な装甲車があった。
魔動力機関装甲輸送車『ファランクス』
第二ランク世界のファランクスが使えるようになったのだ。
全長は約七.ニメートル、全高約二.五メートル、全身が特殊装甲で覆われており、前部座席は分厚い防弾ガラスが採用されている。
後部座席にも小さな窓が四つ見える。
「やったー! 第二ランク世界のファランクスが使えるようになったのね!」
「ああ! 第一ランク世界のここでは、第二ランクのファランクスを傷つける事は困難だからね、命の危険は随分と減ったわけだよ」
天界では二人の神達がもろ手を上げて喜んでいた。
これで少しは肩の荷が下りたのか、二人の神達はとても安堵している。
「よかった~、重装歩兵のままだったら、ブルースは一生報われないもんね」
「そうだね、魔動力機関装甲輸送車が使える様になれば、少なくとも食うに困る事は無いよ」
思わず握手をしているが、そんなブルースに近づくもう一つの影があった。
「お兄様ー! ブルーお兄様!」
空からブルースを呼ぶ女性の声が聞こえる。
ブルースが空を見上げると、ペガサスに乗った女性が降りて来た。
「エメラルダ? どうしてここに?」
「ブルーお兄様! 申し訳ありません、伝えるのが遅くなってしまいましたが、お兄様は命を狙われています!」
ブルースの妹、第六子で次女のエメラルダ(伝馬騎士)。
緑色の長いポニーテール。
姉同様に常に微笑んでいるが、癒しを与えるというよりも自信からくる微笑みだ。
エメラルダはブルースに抱き付いたかと思うと、急いでペガサスに乗せようとする。
「早く逃げませんと!」
ブルースの背中を押しているが、どうやらエメラルダは気が付いていないようだ。
「ね、ねぇエメ、ひょっとしてあの人の事かな」
気を失っている暗殺者を指さすと、エメラルダは大声を上げて驚いた。
「えー! え? えぇ?? お、お兄様が倒されたのですか?」
「そうだね。僕との相性が良かったから、結構簡単だったよ」
結構簡単、ブルースはそう言うがこの暗殺者は手練れであり、今まで数々の困難な暗殺を成功させてきた。
その暗殺者を簡単に倒せるはずがないのだ。
しかし現実に、目の前には暗殺者が倒れている。
「お、お兄様ってお強いんですか?」
「僕? 僕は弱いよ?」
「この暗殺者は確か……いえ、それは良いのです。お兄様、お兄様はこれからどちらへ行かれるのですか?」
「国内だとどこに行っても知り合いがいるし、他の国に行こうかと思ってる」
「いけません! ブルーお兄様、せめて国内に居てください!」
「で、でも」
「ジーナお姉様も悲しんでしまいます!」
「だ、だけど僕には行く当てなんてないよ?」
「叔父様のところにお世話になりましょう!」
「叔父さんは平民だよ? 僕みたいな役立たずを養うなんて無理に決まってる」
「その点はご安心を。この暗殺者は指名手配されておりますから、賞金を渡せば当分は安泰です」
「そ、そうなの?」
「はい! 暗殺者は私が引き渡しますので、お兄様は一足先に叔父様のところへ向かってください。私も直ぐに向かいますので」
ペガサスに乗ろうとして、エメラルダはピタリと動きを止めた。
「ところでお兄様、その鉄の塊は何ですの?」
「これ? これは魔動力機関装甲輸送車だよ」
「ファランクス? えっとお兄様、ファランクスというのは重装歩兵ですよね?」
「どうやら僕は、色々なファランクスが使えるみたいなんだ」
「そ、そうですか。防御力はありそうですから、護りには良いかもしれませんね。それでは!」
そういうとエメラルダは暗殺者をロープで縛り、ペガサスに乗って飛んでいってしまった。