2.重装歩兵の使い方、的
「ブルース、今日も役目をはたす時間だぞ」
「……はい、兄さま」
ブルース・フォン・ワイズマンはワイズマン家の第五子で四男だ。
今は八歳となり、兄が三人、姉が一人、妹が一人と弟が一人いる。
ブルース以外は長男・剣聖、長女・聖女、次男・狙撃手、三男・魔法使い、次女・伝馬騎士、五男・匠鍛冶屋など、戦いにおいて非常に役に立つスキルを持って生まれた。
だが四男のブルースは重装歩兵なので、戦いにおもむく事は出来ない。
動きの鈍い重装歩兵は戦場において的にしかならないからだ。
ゆえに家での扱いは非常に悪い。
「ほらほら! 重装歩兵なんだからもっと耐えて見せろ!」
「ぐ……うわぁ!!」
長男のクリムゾナの剣戟に、ブルースは防戦一方だ。
屋敷の中庭で、ほとんど毎日このような光景がみられる。
重装歩兵のブルースは幼いながらも金属の鎧を着こみ、剣聖の兄の攻撃にひたすら耐えている。
しかし長くは続かない。
最後の一撃がブルースの兜を吹き飛ばし、ブルースは体力の限界を迎え、動けなくなったのだ。
今日は長男のクリムゾナだが、昨日は次男のイエロウビー、狙撃手の遠距離からの矢をひたすら食らう事になる。
「まったく、訓練の役にも立てないなんて、やっぱり重装歩兵はゴミなんだな」
ブルースの鎧がフッと消え、子爵の息子とは思えないボロ着になる。
もう動けない事が確認できたので、クリムゾナは剣を鞘に納め中庭を後にした。
それから少しして、たまたま通りかかった女の子が悲鳴を上げる。
「キャーブルース! またやられたのね!」
ブルースに駆け寄る女の子の名はオレンジーナ、ブルースの姉だ。
オレンジーナは聖女なのですぐさま治療を開始する。
傷が治り、体力も回復させたのだが目を覚まさない。
「ブルースごめんね、私が気付くのが遅くって」
オレンジーナは現在十三歳だが、聖女としての能力は素晴らしく、すでに兄同様戦場に何度も足を運んでいる。
まだ成人していないため頻繁には行かないが、聖女として人気も高い。
「ん……姉さん?」
「ブルース大丈夫? 痛い所はない?」
「大丈夫だよ。ごめん、また助けてもらっちゃったね」
オレンジーナの膝枕で目を覚ましたブルースは、開口一番謝罪した。
いつもの光景になっているが、姉とはいえ毎回毎回助けてもらっているので、自分の不甲斐なさに失望しているようだ。
「今日は誰? 兄さん? イエロー?」
「クリム兄さまだよ」
「もう! 兄さんったらどうしてブルーを目の敵にするのかしら!」
「それは、僕がそれ位しか役に立たないから……」
「違うわよ! こんなのがあなたの役目の訳が無いじゃない!」
「僕は重装歩兵だからね」
オレンジーナが何度もブルースを励ますが、最後には『重装歩兵だから』で終わってしまう。
オレンジーナも知っているのだ、この家において、スキルが全てであることを。
しかしまだ成人していないブルースは家を出る事が出来ず、他の道を模索する方法すらない。
「私はずっとあなたの味方だからね。何かあったらスグに呼ぶのよ? いい?」
「わかったよ、姉さん」
そんな二人の様子を天界から見ていた二人の神達。
女神は右手を口に当ててアワアワと慌てふためき、男神は指で目頭を押さえている。
「ひ、酷くない!? 家族に対してあんな事する!?」
「どうやらこの家は、グス、武門の家のようだね。それなら戦争に使えないスキルを持つ少年は、それこそ要らない子なんじゃないかな」
「どうしてそんな酷い事いうのよ!」
「僕に言ってどうする!?」
そもそも自分たちの所為なので、なんとか助けてやりたいのだが……神が人間に直接手を出す事は禁止されている。
なのでせめて状態を知ろうとステータスを確認した。
「……ねぇ、五歳でスキルがわかって、八歳でこのレベルは普通?」
「どれどれ……え!? ちょっと待って、どうしてもう32になってるんだい!?」
「だからどうしてよ」
「僕が知りたいよ! ……あ、ひょっとして相性問題かも」
「相性?」
「そう、相性の悪い相手と戦うと、経験値に倍率がかかるんだ。仮に剣聖と戦ったとしたら、得られる経験値は十倍近くになるんじゃないかな」
「じゃあ本当ならレベル3か4って事?」
「……子供の頃はそんなにレベルは上がらないよ。本格的な訓練も出来ないはずだからね」
「じゃあなんで?」
「それだけ無理やり訓練に、いや、的にされているんだよ」
ブルースの苦労がどれほどのものが理解し、女神はホロリと涙を流す。
女神は涙をぬぐい、赤い目で人間界の二人を見つめると、手をかざして何かをしようとする。
「ちょっと待って! 何をする気だい!?」
「離してよ! 私のせいで苦労をかけてるんだから、このまま第二ランクの武器を解放するの!」
「ダメ! ダメだったら! 人間に直接干渉したら、管理者規定に抵触してしまうじゃないか!」
「私はどうなってもいいから、あの子を助けるの!」
暴れる女神を必死に抑え、何とか暴挙を止める事が出来た。
「い、今は何もしないでいいよ。この調子で行けば聖女の姉が助けてくれるだろうし、妹の伝馬騎士も助けになるはずさ」
「そんな他人任せは嫌よ」
「他人じゃないよ、僕たちよりもずっと身内さ」
人間界を見つめ、男神は優しそうにブルースとオレンジーナを見つめる。
「君のスキルブックの采配は絶妙だね。奇跡と言っていいレベルだよ」