その販売員、ややミニマリストにつき。
新社会人2か月目が終わる頃、紙袋2つ分の荷物を実家から持ち出して、一人暮らしを始めた。ぎりぎり春と呼べそうな暖かい日、これ幸いと片方の紙袋からタオルケットを取り出して、フローリングの床の上へ寝そべった最初の夜。あの時の、なんともくすぐったいような、じっとしていられないわくわく感を今も覚えている。
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仕事は、服飾品・宝飾品の販売。黒いインナーの上に黒い制服のスーツ、そして黒いパンプスが女性社員の仕事着だ。出勤時は私服で、店に着いてから着替えるのが心底面倒だった。
ファッションに関わる仕事ということもあり、同僚はオシャレ意識が高い。といっても、なぜか派手好みが多く、個人的には趣味が合わないと思っていたが。私自身は正直、ファッションに強い興味はなかった。仕事選びを間違えたと断言できる。自分の着る服は、シックで、落ち着いた装いであればいい。最新の流行に興味はないし、毎日違う服を着たいとも思わない。というか、紙袋2つで実家を出たばかりで、そんなに服を持っていなかった。
別に実家でなにかもめ事を起こして追い出されたとか、家出したとかいうわけではない。入社してから知らされた配属先が、実家から片道2時間かかる店舗だっただけだ。入社初月は本社研修で、まだ実家から通えた。翌月から現場配属となり、往復4時間かけて通ってみたが、立ち仕事からの長距離通勤は体力的にキツかった。結果、入社2か月目が終わる頃になって、配属先から1時間ほどの見知らぬ街で新生活を始めることになったのだ。
家を決めてから、最低限必要そうな冷蔵庫とベッド、洗濯機、姿見(腐っても販売員だから身嗜みを気にしようと思った)、まな板、包丁などは、家具から雑貨までまとめて買える店で見繕った。入居後に家に届くよう手配済み。となると、実家から持ってくる必要があるのは、使い慣れた寝具と洋服程度のものだった。たくさん運び出すのは面倒なので、「あったらいいな、はなくていい」を合言葉にした。
入居後の最初の休日に、購入店から荷物が到着。知り合いの知り合いから、不要になったからと、炊飯器をもらった。ご飯を食べるのが床という現状はどうかと思い、次の休日に実家に帰って、昔懸賞で当てたカラーボックスを運び出す。そうこうするうちに、何もない部屋にタオルケットを敷いていた時より、部屋が狭くなった。安アパートの1Rだ、もともと広くはないが。
その後、なにか書き物をするのに不便だからと、安いデスクと椅子を購入。生活に慣れて料理をするようになってからは、余ったおかずを温めるのに必要だと電子レンジを迎え入れた。送料をケチって自力で持ち帰ろうとしたが、家電量販店で持ち上げたそれは思いがけず重く、非力な自分が恨めしかった。「ほら見ろ」と言いたげに伝票を差し出す店員さんにも腹が立ったが、これは被害妄想だろう。
そうやって引っ越しから2か月経った頃、生活にほぼ不便がなくなった。造り付けのクローゼットと靴箱があったので、洋服や靴はそこに収まるだけの量にすれば、収納用品を追加で買う必要はない。タオルは5枚もあれば、洗濯も間に合う。一人分の食事なので、コップと茶碗とお椀と平皿だけで食器も十分。本はカラーボックスに入る分だけ実家から持ってきた。しかも近くに図書館があるという超好立地なので、もはや書庫付きの家といっても過言ではない。
人に言われるまで気づかなかったが、家には掃除機も、テレビも、ソファもなかった。掃除は雑巾とフローリングワイパー、粘着シートをつけたコロコロで足りた。思い出してほしい、もともと狭い部屋だから、掃除機をかけるほどの床がないのだ。テレビは実家にいたときからほとんど見ないし、ソファを置かずともベッドに座っていれば大満足だ。そんな家なので、友人を招いたときに「独房?」と言われたが、大きなお世話である。
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こうして暮らしは楽しい限りだったが、反比例するように仕事がつまらなかった。そもそもファッションに興味がないのに、販売員になってしまった人間である。事務系職種に配属されると聞いていたが、現場で大量離職が出たとかで、頭数だけでも揃えたいとのお達しだった。これが社会の厳しさか、なんてわかったような顔をするしかない。
勤務先では、ビンテージから並行輸入品まで様々なブランドの服飾品や宝飾品を扱う。つまり、覚えないといけない商品は古いものなら際限なくあるし、毎年、毎シーズン出る新作も同様。このブランドのコラボモデルが出たのは何年か。あの時計の型番とその意味は。お客様の誕生日にお勧めできるよう、誕生石を暗記せよ。興味がないものを覚えるほどしんどいことはない。
もちろん、様々な商品を目にするなかで、好感の持てるものもある。特にメンズ時計が、一番歴史とクラフトマンシップを感じて好きだった。ただ、『男のロマン』たる高級時計の世界は、女性販売員にあまり優しくない。時計を見に訪れる紳士たちの多くは、同じロマンを語れる男性社員がお好みだから。若いとはいえ販売員の私へ「女の子なのに、世界三大時計なんてよく知っているね」というお客様には心底驚いた。知らないことを怒られるより悔しかった。世界三大時計と呼ばれるメーカーの名前なんて、研修で最初に叩き込まれたのに。
そうはいっても、徐々に顔なじみのお客様もでき、私を指名して買ってくださることも増える。仕事用のトートバッグ、旅行用のボストンバッグ、ご友人とお出かけする用のネックレス。幅広いアイテムを扱う会社だったので、服飾品まわりなら大概のご要望にお勧めできる品物があった。人気商品は在庫のある店舗から取り寄せるが、取り寄せ先の社員が自店舗、そして自分の売り上げにつなげたいがために「この在庫は予約が入っている」と言い張って渡さないときの対処法も学んだ。
色々思うことはあったが、これも社会の厳しさパート2だろうとやり過ごした。山のような商品倉庫から自店舗への仕入れ品を選び、自店舗の限られたショーケースになんとか並べる日々。配属先はショッピングモールではなく路面店だったので、余計に平日の昼間は客足が少ない。暇なときはひたすらガラスを磨き、足りない備品を発注した。
ある時、「また買っちゃったわ」と大爆笑しながらクレジットカード決済のサインをするご婦人に出会った。自店舗で買ってくださったことのない方だったが、どうやら普段ブランドの直営店でかなりお買い物されているらしい。家には足の踏み場もないくらいバッグが転がっており、夫から「いい加減にしろ」と言われているのだとか。「まぁバッグなんて1日1つしか使わないんだけどね。分かっちゃいるけど、欲しいのよね」と、購入したバッグ2つを手に帰っていった。
こういうお客様は珍しくない。単なる特定ブランドのマニアもいれば、買い物依存になってしまっている方もいる。販売員からすれば、どちらにせよ自分からたくさん買ってもらえれば、売り上げが立つ。レジを打った販売員に売り上げ数字が付き、成績が決まる会社だったので、そういう『顧客』を抱えるのが出世の近道だった。私がすべきことは、「分かっちゃいるけど、欲しいのよね」というお客様に「分かります。ついつい新しいのに目が行っちゃうんですよね」と共感することだ。
―――本当に?
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もやもやしているうちに、世の中では何度目かのお片付けブームが来た。この界隈は『断捨離』や『こんまり』など、時とともに少しずつ違う考え方と単語が生まれる。服を10着しか持たない海外の暮らしを描いた本がベストセラーに。そしてなにもない部屋に布団だけ敷いて生活する『ミニマリスト』なる過激派も注目を浴びた。
個人的には、細かい寸法を測るのが面倒なので、揃いの収納ケースを並べるのは苦手だ。電子レンジはやっぱり便利なので、家に置きたい。いくらファッションに興味が薄いとはいえ、4シーズン合わせて40枚くらいは持たせてほしい。そんな私は、ブームを全て肯定はできない。
だが、同時に共感することもたくさんあった。ものを持てば持つほど、維持・管理にはコストがかかることだ。たくさんのものがある部屋をきれいにするには、ほこりを払う場所が多すぎる。クリーニングに出す服が多いほど、1枚いくらで費用がかかる。そして、賃貸暮らしの身には、ものを置く場所すら毎月お金が必要だった。それだけやっても、人が覚えていられることには限界がある。「こんなの、持っていましたっけ?」というアイテムが自宅から発掘されてしまう。
持ち物が少ないと、自ずと手元には好きなものだけになる。なんとなく、で持っているものに、労力もお金も割けないからだ。だが、それが結果として素敵な日常を作る。好きな服を着て、好きな食器で食事をし、好きなタオルで顔を拭く。今の楽しすぎる暮らしはまさにこれだ。積極的にものを減らそうと、大掃除をしてたくさん捨てたわけではないが、結果としてそうなっていた。
ここで、仕事と志向性の矛盾に気づかずにはいられない。振り返ってみれば、何もない部屋にタオルケット1枚敷いて喜んでいた奴が、次から次へとバッグに宝石に時計に、と売る仕事を大興奮でやれるものだろうか。仕事だからと割り切って売ってきたし、売り上げ成績も悪い方ではないが、気持ちが晴れない。自分を裏切っている気がするからだ。
お客様は自分じゃない。たくさんの愛するものに囲まれることこそ至福、という人だってきっといる。お金を使って買う決断をするのは、あくまでお客様。売らない権利は販売員にないのだ。「好きな時計1本あれば十分」というのはエゴであり、貧乏な新人販売員の妥協かもしれない。むしろたくさん買ってくださるお客様がいるからこそ、利益が上がり、販売員は食事にありつける。買ってくださったことに感謝こそすれ、後ろめたい気持ちになる必要などありはしない。
当然ながら、同僚はこんなことに悩んでなどいなかった。次から次へと流行りの洋服を買うし、社割も使う。1人に1つ割り当てられたロッカーすら、物であふれている人も少なくない。なにか悩んでいるのかと声をかけてくれた先輩に話しても「要するに押し売りしたくないってこと?」とまとめられてしまう。もちろん押し売りもしたくないが違う、そうじゃない。
悲しいまでに、価値観が違うのだ。もう、そうとしか言えない。販売員として良いこと、あるべきことが、私個人には耐えられなかった。もし人事異動で事務員になったとしても、事務仕事で支える現場の在り方にすら思い悩んでしまうかもしれない、と考えるくらいに。先輩からすれば未熟な、あまり売れない販売員の戯言だが、私には切実だった。
扱う商品のごく一部だが、好きなものもできた。その商品の話をすることに、触れることに、楽しいと思う瞬間もある。でもその他多くの時間を、まるで自分を偽るように生きているのがつらかった。好きなものだけを販売できればいいのかとも思ったが、結局まとまった金額を売り上げなければならない身には無理な話だった。
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結局、「向いてなかった」の一言に尽きる。就活中に受けた適性テストは冗談半分に見ていたが、少なくとも私に「適性のない職業がある」という事実が今、ありありとわかってしまった。
広い世界には、新卒入社した時の私よりも若い時に仕事を決め、その道で何十年も生き続ける人がいる。私も遅ればせながら、そんな道をなぞりたかった。でも、そうはならなかったのだ。
販売員という仕事が嫌いだとは思わない。販売員の方々を軽んじることは一生ないと誓える。大変な仕事をしていることに尊敬すらしている。ただ、私には向いていなかっただけで。
もしかしたら、次に選ぶ道は長く続いているかもしれない。推理小説を終章から読むように、未来が見えればよかった。でもそうはならない現実に、向き合うしかないのだ。
さぁ、これからなにをしよう。
お読みいただき、ありがとうございました。ちなみに、売り上げは個人単位と店舗単位で集計する会社もあれば、店舗単位でしか集計しない会社もあります。他のパターンもご存じの方がいればぜひ教えてください。なお、この話はフィクションです。