その子の故郷
岩の扉を呪文で開けたフェリナが言う。
「あっ、間違えました」
「何を間違えたんだ」
「わたしの正体がわかるのは、もう少し……ほんの僅か先へ行った場所でした。しかしこの場所こそが、あなたの魔剣ナッの故郷です。それについては真実です」
フェリナとともに扉をくぐる。
ここがナッの故郷……。
昼間のように明るい場所だった。
塔の中とは思えない。
甘い香りが鼻孔をくすぐっている。
一面に美しい花が咲いている。
甘い香りはこれらの花によるものだろう。
「ここに咲いているのは魔草花です」
ロナは生まれたときから、この香りを嗅ぎ続けてきたわけか。
ここはある程度広い空間だが、数百歩も進めば、壁のような崖に当たる。
つまり行き止まりはすぐそこだ。
「さあ、リグ。行きましょう」
フェリナが崖山に向かって歩きだす。
そっちって行き止まりじゃないのか?
とりあえず彼女についていった。
崖山の手前に何かがいる……。
小さなドラゴンだ。
ドラゴンなんて初めて目にするが、これには驚いた。
夢や伝説だけじゃなく、現実にも存在していたとは。
いまは眠っているようだ。いや、死んでいるのか。
目を閉じたまま、まったく動かない。
表皮はイボイボのウロコとなっている。
そんなウロコを見ると、ドラゴンは爬虫類なんだと、あらためて思わされる。
フェリナが小さなドラゴンに歩み寄る。
「目を覚ましてください」
はーーーーーい
そう返事したのは小さなドラゴンではなかった。
魔剣グリップからナッたちが飛びだしてくる。
返事をしたのはオレの魔剣だったのだ。
小さな光はロナの姿になった。
オレの手からグリップを奪うと、それを衣に変えて着込む。
さらにロナはドラゴンに近づいていった。
動かないドラゴンの首筋に、彼女の小さな手が触れる。
不思議なことに、彼女はドラゴンの体に吸収されていった。
小さなドラゴンが目を開ける。
ドラゴンの目玉が動き、その視線はオレに止まった。
そのまま起きあがり、首を持ちあげる。
といっても頭までの高さは、オレとあまり変わらない。
「まさかロナ……。ドラゴンだったのか」
フェリナがオレの隣に並ぶ。
「はい。魔剣というのは、幼いドラゴンの魂が形として現われたものなのです」
「じゃあハコネロの魔剣も、ポポロの魔剣も、すべてドラゴンの子供だったのか」
首肯するフェリナ。
「リグは子供の頃、ドラゴンの夢を見たことはありませんでしたか?」
「ああ、よく見たものだ。でもどうしてそんなことを?」
「ドラゴンは孵化する前に、魂が旅をするのです」
「えっ? てことは……」
フェリナはふたたび首肯した。
「その子は何度もリグのもとを訪れました。夢の中に入って会っているのです。大きな魔導を秘めた人間の子供には、ドラゴンの魂が引き寄せられます。中でもリグの魔導は特別です。単に大きいだけではなく、とても濃くて美しいものなのです。きっとその子だけではなく、多くのドラゴンが魅了されたことでしょう」
「確かに成人の儀式のときにも、たくさんの魔剣が集まってくれたっけ……」
「その子はあなたとの出会いを希望していました。だから、というわけではありませんが、わたしはその子の手助けをしました。あなたがその子の魔剣を手に取るようにとです。あなたを探すのは骨の折れることでした。その子の記憶からあなたの魔導を読み、あなたを居場所を突き止めたのです」
「そうそう。フェリナの夢も見たんだ。でもさ、『というわけではありません』ってなんだ。ナッが希望してたからフェリナが協力したんじゃないとすると、理由は他にあるのか」
「はい、あります。あなたはもうじき知ることとなります。それにしても、あなたとその子の組み合わせは、まるで夢のようです。魔導の質、量とも最高の者同士ですから」
魔導のことを褒められても、正直言ってピンとこない。返事にも困る。
オレは小さなドラゴンの頭を撫でた。
気持ちよさそうな顔だ。爬虫類なのに不思議と表情が読み取れた。
「このドラゴンがロナだったなんてな……」
「そうだよ」
「わっ、ロナと同じ声で喋った!」
「あたりまえです」と横からフェリナ。
まあ、考えてみれば彼女の言うとおり当然か。小さな光の玉のときも、同じ声で喋ってたもんな。それにハコネロの魔剣だって同様だ。彼女は姿が目玉のときだろうが、七支剣のときだろうが、まったく同じように喋っていたし。
「ロナ……って呼んでいいのかな」
「うん、ロナ」
「じゃあ、ロナ。翼を広げて見せてくれないか」
ドラゴンは言われたとおりに、翼を広げてくれた。
「小さいながらもカッコイイぞ」
「カッコイイは褒め言葉じゃない」
褒め言葉のつもりだったが……。
幼い女の子にとっては、必ずしもそうじゃなかったか。
「ごめんごめん。綺麗だぞ、ロナ」
「綺麗?」
「ああ、綺麗だ。姿がとても美しい」
「イボイボのウロコでも?」
「もちろん綺麗だとも」
「うれしい……」
オレはしばらくドラゴンを眺めていた。
「さあ、リグ。その子に乗ってください」
「乗る?」
フェリナが首肯する。
オレは言われたとおりにした。
小さなドラゴンの背中に回り、ガッチリしがみつく。
ドラゴンは翼を羽ばたかせた。
オレを背中に乗せて飛びあがる。
ドラゴンに乗っていないフェリナも垂直に浮きあがった。
「フェリナ、飛べたのか?」
「いいえ。スムーズに浮きあがれるのは、この辺りに限定されています」
「とにかくすげーよ。でも高いところが苦手だったんじゃ……?」
「この場所だけは大丈夫です。わたしが落下することは絶対にありえませんから」
崖の上に着地。フェリナもいっしょだ。
オレはドラゴンの背中からおりた。
ここには岩床が広がっている。
そして正面を見て驚愕した。
「ど、どうしてだ? フェリナがそこにも……」
フェリナはオレの隣に立っているだけではなかった。
なんともう一人、真正面にもいたのだ。