岩の扉の前
フェリナに思いを告げると、彼女の目から涙が溢れだした。
その涙は何を意味するのか。彼女の胸の内を知りたい。
「返事をくれないか」
そう言ってはみたものの、頭の中がパニックを起こしていた。
心臓がバクバクいっており、この場から逃げだしたい気分だった。
どちらからともなく、繋いでいた手は放された。
フェリナが指で涙を拭う。
「あなたの言葉は嬉しかったです。幸せに感じています」
オレまで涙が出そうになった。
跳びあがりたい気分だ。
ところがフェリナの話はまだ続きがあるようだ。
「ですが……」
逆接の接続詞が来た。
なんだ? 急に怖くなった。
「……わたしはあなたの思いに応えることはできません」
残酷な不意打ちだった。彼女の言葉に茫然とした。
オレの思いは一方通行でしかなかったのだ。
胸が締めつけられるように痛い。いままで激しく燃えていた生命の火が、すうっと消えてしまいそうな感覚だ。心にぽっかり穴が空き、自分の何もかもがその穴に落ち、もう自分には何も残っていないような気さえする。自分がちっぽけでくだらなく思えてならない。
沈黙――。静寂はいっそう静寂となった。
だけど何故だろう。どうして彼女は悲しそうな顔をしている?
まるで彼女の方がフられたようにも見えてしまう。
ああ、そうか。同情しているのか。
思いを告げたときに流れた涙も、『嬉しかった』の言葉も、すべて……。
そんなの要らないから。
オレは辛さのあまり、彼女の顔が見られなくなった。
「顔をあげてください」
そう言われても無理だ。そこは理解してくれよ。
「あなたはあなたが望むヒトと結ばれます。だから安心してください」
何が安心だよ。フェリナは何もわかっちゃいない。
フェリナじゃなきゃ駄目だってことを。
「わたしにはあなたを受け入れる資格がありません。あなたが結ばれるべきはわたしではなく……わたし……なのです」
フォローに困ったせいか、意味が不明になってるぞ。
もうそれ以上の言葉はいらない。だからやめてくれ。
それと泣くのもやめてくれ。
こっちがますます惨めになるだろ。
「歩こうか」
ここにずっと立ってても仕方がない。
さっさとロナの故郷へ行き、さっさと自分の故郷へ帰ろう。
「はい」
いまのフェリナの返事を最後に、オレたちはしばらく無言となった。
ただひたすら歩き続けていく。
◇
白い道は行き止まりになった。
眼前には巨大な岩の扉。
オレたちはそこで立ち止まった。
しばらくぶりにフェリナが声を出す。
「この扉の向こうがロナの故郷です」
旅の終わりにあるような感慨深さはなかった。
失恋直後だったためだろう。
ただこの旅が早く終わってほしかった。
フェリナが体をオレの正面に向ける。
「わたし……」
どうしたことか、彼女が抱きついてきた。
オレの胸元に顔をうずめる。
えっ?
さっぱり理解できない。
彼女がオレを見あげる。
「……心よりリグを愛しています」
唇が近づいてくる。
とても柔らかそうで、とても壊れやすそうで、とても艶めかしく見えた。
フッた男の唇を奪ってどうするつもりなのだろう?
オレの唇に触れる直前、彼女の唇は止まった。
悪ふざけだったのか。
彼女はその場にしゃがみ込んだ。
そして吐血した。
「おい、フェリナ?」
彼女がふたたび立ちあがる。
げっそりした顔だ。
「申し訳ございません。バチが当たったようです」
「いったいなんなんだ。バチってなんのことだ」
彼女は無言で首を左右させた。
何も教えてくれないのか。
「扉を開ければ、わたしの正体がわかります」
続けて呪文を唱える。
「アク プイン メー」
巨大な岩の扉が軋りながら開いていく。
扉の向こうが見えた。
「あっ、間違えました」