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リンゴの木


「もうやらない」


 はあ?

 一瞬、彼女の言葉が理解できなかった。


 魔剣士たちに血の気が戻っていく。

 皆、途端にふてぶてしげな顔になった。


「ロナ。やらないってどういうことだよ」

「飽きた」

「でも、ほら。魔剣がパリンと割れたときって、キラキラして綺麗だっただろ」

「飽きた」


 オレは頭を抱えた。

 飽きたってなんだ。飽きるなよ。


 これはどうしたものか。どうもこうも、頼む以外に方法なんてない。

 ひたすら頼み込むしかないだろうな。でも頼んだところで……。

 まあ、試しにダダをこねてみるか。子供のようでカッコ悪いけど。


「オレは見たい。見たい、見たい、見たいんだ。だってあんなに綺麗なもの、生まれて初めて見たんだ。ああ、誰かまた見せてくれないかな~」


 チラっ。横目でロナを見る。


「見たい?」


 ロナがこっちにじっと目を向けている。

 よし、いいぞ。いい感触だ。


「見たいけど、どうせ誰も見せてくれないんだろうな。残念だ。悲しいな~」

「いいよ。見せてあげる」


 今回はチョロかった。いつもこうなら助かるのだが。


「本当? 嬉しいな」


 やや大袈裟に笑顔を作り、喜びを表現して見せる。

 対照的に魔剣士たちの表情は硬直していった。


 ヤツら、ビビってるぞ、ビビってるぞ。さあ、どうする?

 もし自分たちの魔剣が可愛いなら、さっさと白状するんだな。

 二人の居場所はどこだ。とっとと吐け!


「リグ、嬉しい?」

「嬉しいぞ、ロナ」

「だったら、もっと綺麗なもの見せるね」


 ロナが得意げにそう言った。


「いやいや、別にもっと綺麗じゃなくてもいいんだが。オレが見たいのは……」


 小さな彼女が両手を大きく広げる。




        「ナッ」


       「ナッ」


  「ナッ」   「ナッ」     「ナッ」


    「ナッ」      「ナッ」       「ナッ」


   「ナッ」          「ナッ」


「ナッ」       「ナッ」       「ナッ」


     「ナッ」       「ナッ」


            「きゃはははは」 

  「うふふふふ」


               「ナッ」



 ロナは小さな光の玉に分裂した。多くのナッになったのだ。


 オレが望んだのは、そっちじゃないんだけど。

 でも、まあ、魔剣士たちが怯えてくれるのならOKか。

 連中をもう一度、脅してみよう。


「おい、お前ら……」


 しかしナッは待ってくれなかった。

 オレが彼らと再交渉する前に、暴走してしまった。


 ナッは次々と彼らの魔剣を砕いていき、その小さな欠片とともに宙を舞う。


「ちょっと待った。まだやらなくても……」


 もはやオレの声はナッに届かない。まあ、しゃーないか。

 でもお前たちが悪いんだぞ。二人の居場所をなかなか吐かないから。


 それはそうと、舞い散る魔剣の破片は不謹慎ながら綺麗だった。

 また砕けるときのパリンという音も耳に心地がいい。

 光と音の芸術に恍惚としていると、ティトランが裾を引っぱった。


「どうしたティトラン?」

「イリシュお姉ちゃんの声」


 彼女はある方向を指差した。


「何? そっちにイリシュがいるのか」

「わかんない。でも声がした」


 オレにはイリシュの声なんて聞こえなかった。だいたい魔剣士の連中が騒いでいる中でよく声を拾えたものだ。すごいぞ、ティトラン。さすが翼人とのハーフだ。


 魔剣士たちがドタバタしている間に、ティトランの指差す方へと向かった。シェラはオレが抱えている。途中、飛び交うナッのうち一粒だけを捕まえた。てのひらに窪みを作り、両手で包み込んだのだ。


「悪いけど、お前はいっしょに来てくれ」


 ナッを一粒だけ連れていく。両掌の中では大人しくしていてくれた。


 小屋の間を抜けていく。しかしその先には何もなかった。前方に広がっているのは単なる荒れ地だ。本当にこの先に二人がいるのだろうか。二人を閉じ込めているような建物は、いっさいないのだが。


 それでもティトランは言う。


「きっとあの小屋だよ」


 小屋? 小屋なんてないぞ。

 ティトランは何を見ているのだ。


 彼女がオレの服をグイグイと引っぱる。

 まっすぐ進んでいくと、急に空気が変わった。

 なんだか目が熱い……。


 ハッとした。


 小屋が見えたのだ。

 ティトランの言ったとおりだった。


 ああ、そうか。結界魔導ってやつだな。

 魔導の力で小屋を隠していたわけだ。

 それでもティトランには見えていた。たいした子供だ。



 小屋の手前までやってきた。

 戸を開けようとするが、びくともしない。

 鍵がかかっているようだ。


 そこでナッに頼む。

 こんなときのために一粒だけ連れてきたのだ。


「鍵を破壊してくれ」


 閉じた両掌をパッと広げる。

 ナッはふわふわと飛んでいき、ドアノブ近くを壊してくれた。


 壊れた部分に手をかけた。戸が軋りながら開く。すると小屋の中からいっせいにヒトが出てきた。捕らえられていたエレナ族たちだ。おそらく彼らは皆、ハコネロの話にあった大テロ組織『緑の血』のメンバーなのだろう。


 しかしイリシュとフェリナの姿が見当たらない。

 どこだ。まだ小屋の中にいるのか。とりあえず入ってみる。


 いた!


 二人を発見。イリシュがフェリナを抱えている。

 フェリナの具合はひどく悪そうだ。


 イリシュもオレたちを見つけた。


「リグ様、大変です! フェリナ様が危険な状態です」


 すぐに二人に駆け寄った。フェリナの青白い顔に触れてみる。あまり体温が感じられない。残念ながらオレはケガに効くような薬草しか持っていない。矢毒に効きそうな薬草なんてないのだ。では何をしてやればいい? いまここでできることはなんだろう……。


「フェリナ? フェリナ? 頼むからしっかりしてくれ」


 呼びかけると彼女の口が少し開いた。しかしすぐに閉じてしまった。

 もしかして何かを言おうとしていたのか。もう一度声をかける。


「フェリナ?」


 彼女が苦しそうに息を吐く。


「……き……」


 しゃべった。

 き、とはなんだ?

 きのつく言葉――たくさんありすぎて見当がつかない。


 ふと思った。

 それって木のことか!


 普段、フェリナは異常なまでに少食だ。いや、少食なんてものじゃない。食べ物を口にするのが珍しいほどだった。それは魔導の力によって、樹木から生命力を吸収できるためだとか。


 オレはシェラをイリシュに任せ、奪うようにフェリナを抱えあげた。

 そのまま彼女を小屋の外へ連れだす。


 大きな木はすぐに見つかった。

 フェリナを木に近づける。


 確か……こうして手を木に添えるんだっけ。


 彼女の手底を木の幹に当てた。

 さあ、フェリナ。この木から生命力を分けてもらってくれ。


 それにしても本当に不思議な少女だ。

 夢の中の少女だと思っていたのに、実際に現れた。ナッやロナのことには詳しいし、飯はほとんど食わないし、なんといっても魔導の使い手だ。さらには身を呈してオレを毒矢から守ってくれた。


 ホント、何者なんだ……。

 あんなに元気だったのに、いまはほとんど動かない。

 腕の中のフェリナが小さく感じられた。瞼は閉じたままだ。



「ねえ、ねえ。この木、上の方にリンゴがなってるよ」


 ティトランが指を枝に向けている。


 これってリンゴの木だったのか。オレの知っているリンゴの木はもっとずっと小さいものだったけど、野生のリンゴの木ってこんなにも大きくなるんだな。

 悪いけど、フェリナのために少しだけ生気をいただくぞ。



   ◇



 フェリナに変化が見られた。

 顔の血色が良くなっていっていく。活力をとり戻してくれたようだ。

 やがて目を開けた。


「リグ」


 彼女の目がオレを見ている。

 ああ、良かった。ちゃんと意識は戻ったみたいだ。


「迷惑をかけてしまいましたね」

「誰が迷惑なもんかよ」


 彼女はオレの腕の中からゆっくり起きあがった。


 リンゴの木を見つめるフェリナ。

 突然声をあげた。


「きゃっ」

「どうした、フェリナ!」


 彼女が首をすくめている。

 何があった?


「わたし……この木を枯らしてしまったみたいです」

「まさか、木の生気を全部吸い尽くしたっていうのか」

「その……。うっかり」


 枯葉が風に揺られて落ちてくる。

 ティトランがフェリナを見あげて言う。


「フェリナお姉ちゃん、本当は食いしんぼうだったの?」

「……」


 フェリナは返す言葉もないようだ。

 今度はティトランが悲鳴にも似た声をあげるのだった。


「ひゃーーーーーー」

「どうしました、ティトラン?」


 フェリナが声をかける。


「リンゴの実、全部しなびちゃってる。あとで食べたかったのに……」

「ごめんなさいっ」


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