両方は駄目
光の玉ナッが魔剣から飛びだした。夜の森に飛び交う。辺りに白い霧さえ出ていなければ、ナッは蛍のように綺麗だったことだろう。
小さなナッが斬り殺していく。オレの腕を掴んだゴブリンも、足に噛みついたゴブリンも、フェリナの髪を引っぱったゴブリンも、さらには次々と跳びかかってきたゴブリンも……。
ヤツらの腕を斬り、足を斬り、首を斬り、胴体を斬っている。
光の一粒一粒が「ナッ」という可愛らしい声を発しながら。
噴き出た赤色が随所から雨のように降りかかってくる。
そして大量殺戮は終わった。
いやぁーーーーーーーーーーーーーーーー
悲鳴が聞こえた。シェラの声だ。
ゴブリン惨殺はこの魔剣がやったことだ。すなわちオレに責任がある。
オレは仲間を救ったが、同時にシェラを裏切ってしまったのだ。
足音が聞こえてきた。おぼろげながら影も見えてきた。シェラか。
やがてその姿は明瞭に視認できるようになった。やはりシェラだった。
彼女が歩いてくる。
表情からは読みとれないが、ひどく憤慨していることだろう。
彼女の足が止まった。
「ごめん、シェラ。こんなことになって。すべてオレの魔剣の力だ。オレが悪い」
彼女は返事することもなく、オレの顔をじっと見ていた。
フェリナが隣に来て並ぶ。
「わたしから謝罪します。すみませんでした。でもどうかリグを責めないでください。リグの意思ではなかったのです。魔剣にしましても、わたしを見殺しにできなかったのです。もし魔剣が助けてくれなければ、確実に殺されていました。リグも命を落としていたかもしれません」
シェラは尚も黙り続けていた。
オレは頭をさげることしかできなかった。
ハコネロはこの雰囲気におろおろしている。
ふたたびフェリナが口を開く。
「シェラ、今度はあなたに尋ねます。はっきり答えてください。わたしたちと、わたしたちを襲う魔物。どちらかを殺さなければ、片方は必ず死ぬとします。あなたはどちらを助け、どちらを殺すのでしょう?」
「両方殺さな……」
「両方というは駄目です。どちらかの話です」
シェラはその問いに答えることはなかった。
ナッが魔剣のグリップの中に戻っていく。
かろうじて生き残ったゴブリンも若干いた。それらはすべて逃げていった。
オレたちはこの場から引き返し、ハコネロが捕らえられていた場所まで戻った。
なぜならその場所は、地面がよく乾いており、野宿も可能だからだ。
火を起こし、眠ることにした。
夜間の見張りはフェリナが自ら買ってくれた。
彼女は一日や二日くらいなら、眠らなくても問題ないらしい。
一種の魔導力によるものだと話してくれた。
イリシュとハコネロは火の近くで横たわった。
シェラはオレたちが眠りに就く前に、どこかへ行ってしまった。朝になればきちんと戻ってくるだろうか。ゴブリン殺戮のことでまだ怒っているのかもしれない。だから少し不安だった。
結局、一番先に眠りに入ったのはオレだったらしい。
「起きてください」
フェリナの声で目を覚ました。もう朝か。しかも結構、陽が高くなっていた。
この辺りは樹木が伐採されているため、霧に包まれていても多少明るい。
「シェラがまたフルーツを採ってきてくれました」
良かった。シェラが帰ってきてくれたんだ。
もしかしたら二度と顔が見れないのかと思っていた。
オレとイリシュとハコネロの三人で、シェラの採ってきたフルーツを頬張った。
前回は何も口にしなかったフェリナも、今回は花の種を二粒ほど食した。
改めて四人でシェラに感謝した。
「フェリナ」とシェラが呼ぶ。
「夕べの話。わたしは魔物に属している。だけど如何なる近縁種より、仲間の命を優先する。人間のあなたたちとの旅は楽しい。とても不思議な気分。グルドゥーマと名乗る山姥たちといっしょだったとき、楽しいと思ったことは一度もなかった」
「そのような返答がくることは、初めから確信していました」
淡々と話すフェリナだったが、オレは口元を緩ませずにはいられなかった。確固たる距離があった二人の間に、変化のようなものが生じたように感じたからだ。これはきっと気のせいではないと思う。
ここでハコネロが素っ頓狂な声をあげる。
「あれれっ、グルドゥーマ? それじゃシェラって……。俺やリグたちがまだ魔剣士候補だったとき、例の小屋で襲ってきた魔物の仲間だったのか! ひぇ~~~」
こんなときに過去の話を持ち出すんじゃねえよ。
空気を読めってんだ!
バチーーーーン
ハコネロの後頭部を打ったのはオレではない。
イリシュだ。ちょっと意外だった。
だけどナイスだ。それでいいぞ、イリシュ。
「失礼しました、ハコネロ様。蚊が止まっていましたので」