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シューゼとノーチェ


 オレは公安の黒馬車に揺られていた。

 ほぼ強制的に乗せられたのだ。

 彼らはどこへ連れていく気なのだろう。


 やがて黒馬車が停まった。

 あっ、ここは……。

 きのう火事のあった邸宅ではないか。


 大勢の公安兵がそこにいた。

 何故かシューゼの姿もあった。それからノーチェまでいる。

 二人は何をしているのだ?


 ここで公安兵に「おりろ」と言われた。

 後ろから背中を強く押され、車両から転げ落ちそうになる。

 なんて扱いをしやがるのだ。


 黒馬車からおりると、たちまち公安兵たちにとり囲まれた。

 物々しい雰囲気だが、なんなんだ。

 睨むような鋭い目つきに威圧される。


 すごんだ顔の彼らの中から、小太りで白髪交じりの公安兵が前に出てきた。

 彼だけが穏やかな笑顔だった。


「キミがリグ君だね。なあに、心配しなくてもいい。正直に話せばすぐに終わる。きのうの午後は何をしていたのか、すべて聞かせてもらおうか」


 公安兵には捜査協力を惜しまないつもりだ。

 だから彼に訊かれたことはすべて話した。

 新魔剣士の特訓が終わってから、寝床とする墓地に戻るまでを――。


 たとえば、ぶらぶらと街歩きしていたこと。邸宅から炎があがっていたのを発見したこと。女の悲鳴を聞いたこと。それで助けに行ったこと。ゴブリンに遭遇したこと。囮になったこと。ゴブリンが窓から逃げていくのを見たことなど。


 小太りの公安兵は、二度うなずいた。


「ほう。キミは放火をしたのではなく、火事を発見したというのだね? さらにはゴブリンに遭遇したと……。とりあえずわかった。そういうこととして、話を続けていこう。ではそのときキミはつい魔が差して、屋敷のものを何か盗まなかったかな? 正直に話すことは、後々キミのためになるんよ」


 魔が差してとか、正直にとか……それってなんだよ。

 明らかに泥棒呼ばわりじゃん。冗談じゃねえぞ。


 ムッとしながら黙っていると、馴れ馴れしく肩をぽんと叩かれた。


「この邸宅の所有者もね、高価な物は盗まれていなかったと話しているんだ。犯人はおそらくたいした罪にはならないだろう。初めから正直に言ってくれればの話だけどね」


 何を言ってるんだ、こいつは。


「オレは何も盗んじゃいません」


「うーん、そうか。ではこう尋ねよう。キミが屋敷に侵入したのは、何かを欲しいと思ったからだよね? でも途中で思いとどまって、高価なものは何も盗らなかった。きっとキミの良心が打ち勝ったんだね?」


「違う! そこに入ったのは、人を助けるためです」


 小太りの公安兵が困ったような顔をする。

 でもいま本当に困ってるのはこっちだ。


 シューゼが歩いてきた。ノーチェもいっしょについてくる。

 なんのつもりだ?


 シューゼが小太りの公安兵の隣に立つ。

 なにやら親しそうだ。


「分隊長さん、この件はもう結構です。母屋の一部は焼き焦げましたが、もともと改築を考えていたところでした。それに離れ家は四軒とも残っています」


 おいおい、この邸宅がシューゼの所有物であるかのように聞こえるぞ……って、そうなのか? 本当にそうなのか?


 シューゼがこの町の別荘に逗留しているとは聞いていた。

 でもこの邸宅が別荘ってなんだよ。どこの大貴族様だよ。信じられねえよ。

 父親が大魔剣士だというが、それほどのカネ持ちだったとは。


「しかし……」と小太りの公安兵。


「分隊長さん。本音を言いますと、魔剣士の同期の仲間に、犯罪者がいたなんてことにはしたくないのです。ボクは彼の気持ちがよく理解できます。せっかく新魔剣士になれたのに、手に入れた魔剣は刃がなくて使い物にならない。本当に気の毒でなりません。彼はきっと出来心だったんですよ。あまりにも素晴らしいボクの魔剣が悪いのです。それから訓練期間はこの別荘に魔剣を保管することにしていたボクも、きっと悪かったのでしょう」


 はあ?


 待て待て待て待て待て待て待て! 待てったら待て!

 どうしてオレがシューゼの魔剣を盗まなきゃならないんだ。


 だいたいここがシューゼの別荘なんて知らなかったぞ。仮に知ってたとしても、シューゼの魔剣があるなんて普通は思わない。魔剣は常に携帯するものだからな。


「ふざけるな、シューゼ! そりゃ、オレの魔剣はヘッポコだ。だからって他人の物を盗もうとするかっ。ただ悲鳴が聞こえたから助けに行っただけだ」


「悲鳴ねえ?」小太りの公安兵が訊き返す。


「そうです。女の人の悲鳴です。シューゼんとこの使用人の悲鳴でした」


 小太りの公安兵は溜息を吐き、シューゼにぼそっと言った。


「彼があのように主張していますので、ここの使用人を集めてくれませんか」



   ◇



 シューゼが別荘で働いている使用人を集めた。

 やってきた使用人は三人だ。いずれも若い女だった。


 シューゼの隣に立つノーチェは、使用人たちに笑顔を送っている。

 顔見知りなのだろう。とても親しそうだ。


 オレは使用人の一人を指差し、小太りの公安兵に言う。


「悲鳴は彼女のものでした。侵入してきたゴブリンに怯えていたのです。だから彼女を逃がすべく、オレは囮になりました」


 彼女はここに来てからずっと下を向いている。

 オレとはまだ一度も目を合わせていない。


 小太りの公安兵が「本当か?」と彼女に確認する。

 彼女は視線をさげたまま、首を横に(、、)振った。


 どういうことだ!?

 オレは嘘なんか言ってない。本当のことだろ。


 小太りの公安兵が再度尋ねると、彼女はこう答えるのだった。


「彼を知りません。いまが初対面です」


 なるほど。ピンときた。彼女は言わされてる。

 使用人という弱い立場にあるため、シューゼには逆らえないのだ。


 怒りが込みあげてくる。



 シューーーーゼーーーーーー!!!!

 人間として見損なったぞ。



 ふとノーチェの視線を感じた。

 彼女と目が合った。


 こっちに向けているのは悲しそうな眼差しだ。

 そんな目で見るな。どうしてシューゼなんかを信じる?


「あのね、リグ。あなたのために言うけど、公安にはすべて正直に話した方がいいと思うわ。シューゼはあなたを許すつもりみたいだから、きっと起訴にはならないはずよ。だけどしっかり反省しね」


 なんだよ……それ。何が反省だよ。

 頭をハンマーで殴られたような気分だった。


 シューゼがノーチェに言う。


「ずいぶん優しいんだね。リグのことがまだ気になるのかい」


 彼女は慌てて首を横にふった。


「何を言うの? まるでわたしがリグに気があったみたいじゃない」

「えっ、違うのかい?」

「違うわよ。シューゼの意地悪」


 すねた顔をシューゼに見せる。


「だけど儀式の予行のとき、リグが三百四十八本もの魔剣を呼び寄せると、キミはうっとりとした顔で彼を見つめていたね」


「もー誤解だったら。ぜんぜんそんなことないから。だって他人の家へ盗みに入るような人でしょ? 初めから怪しい匂いがしてたわ。実際、お墓で寝泊まりするような変わり者だし」


 おい、ちょっと……。冗談じゃねえぞ。

 盗みに入るって誰のことだ。初めからってなんだよ。

 墓地で寝泊まりしちゃ悪いのか。


 これが本当にノーチェの言葉なのだろうか。

 信じられなかった。信じたくなかった。

 オレの勘違いであってほしかった。


 このあとしばらく放心状態になった。



  だって他人の家へ盗みに入るような人でしょ?

  初めから怪しい匂いがしてたわ。


  だって他人の家へ盗みに入るような人でしょ?

  初めから怪しい匂いがしてたわ。


  だって他人の家へ盗みに入るような人でしょ?

  初めから怪しい匂いがしてたわ。


  だって他人の家へ盗みに入るような人でしょ?

  初めから怪しい匂いがしてたわ。



 ハッと我に返る――。

 オレ、ノーチェの言葉をずっと反芻していたのか。

 でもそれが彼女のオレに対する見方だったんだよな。


 目が覚めたような気がした。


 ここは憤るべきところなのだろう。だけど、もはや腹も立たなくなっていた。

 何よりも自分の情けなさで、頭の中がいっぱいだった。


 シューゼが笑いかける。


「この温情に感謝してくれるかな、リグ。キミをすべて許してやると言っているんだ」


 オレに言いながら、ちらりとノーチェに視線を送った。


 彼はカッコつけたいだけだ。ただ彼女の気を引きたいだけなのだ。そのために火事を利用しやがった。使用人に嘘をつかせた。オレが盗みに入ったのではないことを間違いなく知っている。だからこそ公安にオレの逮捕を求めなかったんだ。


 彼の隣でノーチェが上目遣いに言う。


「シューゼ、あなたの寛容さには驚愕するわ。素敵よ。その振舞い……ドキッとしちゃった。いまもドキドキしてるのよ」


 馬鹿か、この女は。


 シューゼとノーチェが見つめ合っている。

 なんだかその二人がお似合いに見えてきた。


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