3章 14話 天才と天才1
「貴方……あの子、このままでは……」
「そうだな。
もう残るのはあの手しか残っておるまい。
あの、闇の女神教のウィリアム司祭の下に預けるしか」
夜も更けて、大きな館の一室のみに明かりが灯っていた。部屋にいるのは、館の主である貴族とその夫人、そして執事の三人。
貴族の夫妻は自分たちの息子の行く末を案じ、執事を伴って夜な夜な集まって話し合いをしているのだが、いつも良いアイデアが浮かばない。
行く末を案じていると言っても、彼らの息子は決して不良と言うわけではない。むしろ優である。だが、優で収まらず最優と言ってもいい存在だった。
子供の頃から物覚えが良かった。その頃は、出来の子供ができたことに大喜びしていたのを今でも覚えている。教えること全て吸収し、逆にこちらがわからないことを質問されるようになった。それでも可愛いもので、喜んで教えてやると父様は、母様はなんでもご存じなんですね、と言われるのが嬉しかった。だが質問は毎日のように繰り返される。質問の難易度もどんどん上がっていく。夫妻や執事だけでなく雇い入れの者たちにまで質問は波及し、ほとんどこたえられる者がいなくなった頃、夫妻は息子に家庭教師をつけることにした。
世間一般からすればまだ家庭教師をつけるような年ではない。だが、息子は一般と呼べるような存在ではない。天才だ。だからそれでも大丈夫だと思えた。
かくして家庭教師を招いたことにより息子からの質問責めに合うと言う目から逃れることになった夫妻たちだった。
子供のことは家庭教師に任せ、自分たちは今まで同様の生活をした。しかし、その生活もそこまで長く続くことはなかった。
質問責めをされた家庭教師が逃げてしまったのだ。教えたことを全て吸収され、教えられることがなくなった家庭教師の末路は、質問に答えられずただ逃げ出すだけ。新しい家庭教師に替えても、それも一ヵ月経たずに逃げ出してしまう。もう何人もの家庭教師が逃げ出した頃、貴族宛に王都の学院から手紙が届いた。
王都の学院は10歳から入れることになっている。そこを、なんとか7歳から入れてもらえないかと頼み込んだことへの返事が学院長から届いたのだ。手紙の返事は了承してくれるとのことだった。
学院で教える学問は多種多様に広がる。礼節,政治,商売,取引、はたまた用兵術を教える授業まである。
その数100を超えると言われている。だから夫妻は安心していた。息子を学院に送り出してから、毎日何事もないような穏やかな日々が続いた。息子についての悪い噂を聞くこともなかったから、学院で問題など起きてはいないと、そう思っていた。
そして3年が経った。
過去の不安などどこへ行ってしまったのか、完全に安心しきっていた夫妻の元に1通の手紙が届いた。学院長からだ。
今年も暑い季節がやってきました。王都の食材の流通はとてもよく、特に今年は新しい食物が市場に顔を見せています。
貴族さながらの時節の文章に始まり、御家におきましてはご活躍目覚ましく、と相手の家を褒め、そして本題。
もうこれ以上息子さんをお預かりできることができなくなりました。もう……教えられる学問がありません。教えられる先生もいません。
本日学院の卒業の証書を渡しましたので、学院は本日付けで無事卒業となります。
息子さんのご栄達をお祈りしております。
そんな文章が書かれていた。
これには夫妻も執事も驚いた。まさか、たった3年で学園で教えている全ての学問を修めてしまうとは思わなかったのだ。
しかも、学問を修めると言っても息子のことだから学生レベルの学力と言うわけではないだろう。おそらく、先生に代わって人に教えられるくらいの実力を身に付けたのだ。
3年前に悩んでいた悩みがまた訪れた。しかも、3年前よりもっと性質が悪くなって戻って来た。
貴族は必死になって今までに息子が修めたことのない学問を教えることのできる家庭教師を探したが、見つかったとしてもマイナーで役立たないものだったりしたので、息子は知識を求めて王都にある図書館に引きこもるようになった。
誰とも話しをせず、ただ図書館で一日中本を読む毎日。
そんな息子を不憫に思うものの、自身は相手をできない。答えのない探し物をするに連れて、日に日にやつれていく夫妻。執事が気を利かせて巷で大人気のアイスを出した。その時に、貴族は思い出した。
弱冠8歳にして司祭になった異例の子供がいることを。
彼の宗教は教会で学問を教えていると言う。8歳で司祭になった彼になら、我が息子を預けられるのではないか。その結論に辿り着くにはさほど時間はかからなかった。
「5歳にして助祭、7歳で司祭。
しかも、司教クラスの能力の持ち主で弁舌も達者だと聞く。
今までに存在しなかった新しい料理を考え付いたのは
彼だと言う話まである。
よし、闇の女神教に連絡を取れ!
寄付をどれだけ積んでも構わん!」
「では、手始めに水の女神教に使いを出しましょう。
昔は水の女神教と闇の女神教は交流がありましたから、
なんとかしてくれるかもしれません」
「よし、そうだな。
水の女神教に急いで連絡を取れ!」
彼らは知らない。闇の女神教の教会では闇の女神教を信仰していなくても生徒を受け付けている。
生活費を払ってくれればいいだけで寄付など必要ないわけだが、そこは貴族。宗教と関係を持つときは寄付と言う考えが頭にあり、そこに至ってしまう。
闇の女神教からすれば寄付がもらえるので万々歳なわけであるが。
まだ日が明るい内に執事が水の女神教の教会に行き、大量の寄付と共に手紙を渡してきた。
手紙はともかく、水の女神教の者が大量の寄付に驚いたのは当然。すぐ様、手紙は司祭を経由して大司教へと渡った。
大司教も手紙を読んで驚いた。大量の寄付金は欲しい、だが闇の女神教が衰退して以来交流など持ったことはない。
自分たちは今は闇の女神教と交流を持っておりません。などと言おうものなら、寄付金ごと返してしまうことになる。寄付金だけもらって依頼を受け付けないなどできるわけがない。
そこで思い出すのが、闇の女神教に唯一の伝手を持つ男。土の女神教のラウテル司祭だ。
土の女神教であれば今も水の女神教と交流がある。水の女神教の大司教は急ぎ土の女神教へと連絡をとった。
そして、水の女神教,土の女神教の大司教,ラウテル司祭の三人の会談が適った。
「ええ、構いませんよ。
ただ……寄付金の半分は頂きます」
全てを見透かしたようなラウテル司祭の言葉。
当然かもしれないが、こちらがただで動いてないことがバレてしまっていた。
「なっ!
……貴様、足元を見る気か!」
正直な話、今回の依頼を受けてくれるのであれば、水の女神教の大司教は土の女神教に今回の寄付金の3割を渡すつもりだった。それが、半分を要求されている。言葉には出さないが、業突く張りめ!と心の中で思っている。
水の女神教では闇の女神教への伝手を持たないわけなのだから、土の女神教に完全に任せきりになるわけだ。この場合どちらが業突く張りなのだろうか。
「では、3割で手を打ちましょう。
しかし、貸し一つですよ」
ラウテル司祭にしてみれば、この寄付金の額がそのまま自分の手柄になる。当然大いに越したことはないが、"貸し"と言うことで3割に収めることにした。この貸しが大きいか小さいかは今のところわからない。
同じ部屋内にいて黙りを決め込んだ土の女神教の大司教は、他教の大司教相手に取引をするラウテル司祭にヒヤヒヤしていたが、無事取引がまとまったようなのでほっとしていた。
こうして、フェルメールの直接の訪問を受けることになったウィリアム。生徒を受け付けて欲しい。貴族の子供なので丁重に扱って欲しいと言うこと、寄付金を渡す旨を伝えられたが、別にいいぞ。と一言で応じた。
ただ、前回の経験でウィリアムも学んだことがある。
「ただし条件がある。
その貴族家か、水の女神教から一人以上お守りをつけろ」
お守りが必要そうな歳の子供から言われる言葉に矛盾を感じるが、フェルメールは了承した。
そして一週間後、貴族の息子が闇の女神教にやってきた。お守りとなったのは、水の女神教の男性の神殿騎士と女性の司祭の二人だった。一人以上と言ったのに二人送ってきたのには、水の女神教に伝わるまでに色々あったに違いない。
三人には1部屋ずつ与えられ、翌日から授業となった。
最初の授業はリネットが行っている初級の計算の授業だ。余りに簡単であれば、その後は修道士長がやる中級の計算の授業になる。
本日は特に用事もないため、部屋で書きものをしていたウィリアムの元に、リネットが駆けこんできた。
「ウィリアム司祭! ウィリアム司祭!」
リネットはノックもせずに部屋に入ってきた。普段このようなことをするリネットではないから、とても慌てているのがわかる。
「ウィリアム司祭! 困ったことになりました!」
「落ち着け、ゆっくりでいい」
息を切らせつつ、なんとか急いで喋るリネットにウィリアムは一呼吸つくように言った。
意図的に深く呼吸をし、少し整うのを感じてからリネットが続きを話す。
「シモン君が!」
「誰だそいつは」
「新しく入ってきた貴族の息子ですよ!」
ウィリアムは自分が世話することはないと思っていたので完全に忘れているのであるが、フェルメールから直接頼まれた案件でもあったので、なんとか思い出すことができた。
ああ……あの……と思ったところで、リネットが続いて喋る。
「もう教える内容がないんです!」
アイスの日が終わり、ようやく通常通りの毎日が続く……と思っていた最中、またひと騒ぎありそうな闇の女神教だった。
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