2章 19話 独自の商売
実は、稼ぐ手段についてはある程度目安がついていた。現代知識を用いれば稼ぐ方法がたくさんあるのだが、この世界の文化バランスを崩さないことを前提に考えようとすると、実は使えないネタが多い。
しかしすぐに使えるネタがある。それは、「料理のレシピ」だ。
俺の中の現代知識の中にはこの世界ではまだ使われてないだろう料理のレシピがたくさんある。これを売るのだ。
この利点は、知識だけを売ることができること。今後とも使い続ける必要はない。一度作って相手に食べてもらい、価値を理解してもらえばいいので簡単。
実はまだ1つだけ解決していない問題があるのだが、解決の方法に目処があるのでそれほど大変とは思っていない。
料理のレシピは、当然の話ながらできるだけ高く買って欲しい。最も高く買ってくれる相手は、間違いなく貴族だろう。
悪く言うと、貴族なんてものは見栄をはるのが仕事である。この世で初めて出回ることになる料理を自身の家が発端だとできれば、これほど素晴らしいことはないだろう。
しかし、とても悲しい話だが俺にはレシピを売れるような貴族の知り合いがいない。
ここで登場するのがフェルメールだ。
フェルメールは元貴族であるから、実家にも顔つなぎをしてくれるだろう。実家が栄えるのであれば喜んで協力もしてくれると思う。
実家が力足らずであれば、更に有力な貴族を紹介してくれるかもしれない。
土の女神教に関係する貴族を紹介してもらうこともできると思う。
フェルメールも有力な人材として俺を紹介することで顔が立つし、お互いウィンウィンだ。
で、何の料理のレシピを売るかと言うと、今考えているのは「アイスクリーム」だ。
しかも、果物も使って数種類の味を作ろうと思っている。
冷蔵庫もまともに無いような時代だ、アイスクリームなんて間違いなく存在しないと思っていい。
アイスクリームに必要な材料は、生乳(本当は生クリームがいいのだが多分ない),砂糖,卵。バニラの実(種)があれば言うことはない。
生乳を容器に入れて振れば生クリームが出来る。やりすぎればバターが出来てしまうが、バターはバターで意味があるのでそれはそれでいい。
とりあえず、実際に作る日までに孤児にお小遣いを上げる前提で手伝わせて確認すればいいと思っている。
溶いた卵に砂糖、生クリームを混ぜてから、氷で冷やしながら更にかき混ぜればアイスクリームができあがる。割と簡単だ。
材料を集めるにも、適した貴族を見つけるにも時間がかかるので、まずはフェルメールを呼び出し適当な貴族を選んでもらうことにした。
「甘くて冷たい、この世に存在しない新しい料理レシピですか。
まさか、料理まで精通してらっしゃるとは……」
フェルメールの驚きはほんの少しだった。俺と言う存在にもう慣れてしまったのか、諦めたのかどっちかはわからない。
「わかりました。
選定が終わりましたら、またお伝えに参ります」
前回のことを申し訳ないと思っているのか、あごで使うようなことをしてもフェルメールは何も言わない。とてもいいやつだ。
食材は行商人に頼んだ。俺が面白そうなことをやろうとしてると思っているのか、喜んで承諾してくれた。調達に少し時間がかかるかもしれないらしく、2週間欲しいとのことだった。なお、果物もいくつか頼んでおいた。
そしてアイスを作るための氷だが、冒険者ギルドに氷魔法の使い手をすでに募集している。まずは1日の内の2・3時間拘束だけの予定なので報酬は銀1枚と安めだが、効率は良いので必ず受けてくれる者がいると思っている。
全ての準備が終わり、後は待つだけとなった。
数日経ち、まずフェルメールの選定した貴族を教えてもらうことになった。
「お待たせしました。今回、三家ほどの貴族を見繕いました。
私の実家を勧めたかったのですが、正直力不足でして残念です」
実家を入れたがったようだが、適した貴族を紹介してくれるとのことで大いに期待できる。
「まずは、一番にお勧めしたいのが男爵家。
ここは土の女神を信仰しています。
元は商人としての家でしたが、約100年ほど前に叙爵され
ました。
商家としてかなりの規模ですので、多くの財を蓄えています。
その量は、伯爵家,侯爵家と並ぶほどだとか。
今代の当主が大のグルメで、世界中のレシピを集めていると
聞いていますから、喜んで大金を払うでしょう」
大のグルメ貴族。料理のレシピに大金を払ってくれそうだ。実に良い選定だと思える。
ただ……少し気になることがある。
まだ1つ目だし、保留で次を聞く。
「次は辺境伯家です。ここは火の女神を信仰しています。
辺境伯爵の長女が婿をもらって領の跡継ぎ予定の珍しい
貴族でして、今は領の名物として料理の開発に勤しんでいます。
料理の名物はどうしてもその地方でとれる食材に影響を
受けてしまうので、それを逸脱したようなレシピであれば
喜んで受け入れられることでしょう」
料理のレシピは、その長女のお披露目の時に出してインパクトを強くするような意味合いがあるのかもしれない。
珍しい料理を求めていると言う点で間違いなく適した選定と言える。
また辺境伯であれば相応の財も蓄えているだろうし、報酬も期待できると言うものだ。
これまた良いが、先ほどの子爵と同じで少し気になることがあった。
「最後に……ここは賭けになるのですが、
南方の暖かい地域に領を構える子爵家。
水の女神を信仰しています。
教えていただいたレシピは、甘くて冷たいとのことでした。
南方では冷たい料理はとてつもなく珍しいですから、
もしそのような料理を流行らせることができるのであれば、
正規報酬以外にも、定期的な報酬を得るような商談も
可能なのではないでしょうか」
先の2つとは違って、偉く博打要素の高い選定をしてきたもんだ。しかも、貴族としては少し劣る子爵家。最初の男爵家とはちょっと状況も異なる。
しかし、確かに売り手の市場としては最高だと言える。暑い場所でアイスクリームを売るのは相当の儲けを期待できる。
フェルメールの選定はおおよそ完璧だったと言えた。
「お勧めは?」
選定してきた3つの中に、フェルメールが本当に勧めたい貴族がいると思った俺は、敢えて聞くことにした。
フェルメールもどうやら聞いて欲しかったらしく、口を片方だけ釣り上げて笑った。
「子爵家です。
男爵家も辺境伯家も、今回の料理のレシピの件で関わると
ウィリアム司祭を自身の家に取り入れようとするでしょう。
それはウィリアム司祭の思うところではないはず。
ただし子爵家は違います。ここは暑いと言う環境に本気で
困っています。
冷たい料理が広まり利益を上げることで、ウィリアム司祭に
感謝こそすれ家に取り入れようとはしないと思います。
また水の女神を信仰していまして、水の女神と闇の女神は
昔は仲が良かった様子。今後のお付き合いも期待できるの
ではないかと思います」