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50話 一人だけ併合罪

 聖都ワイラーは東西南北、そして中央の五区に別れていた。

 その中央区には、年間五千万人以上の巡礼者を集める、十の小中の七大女神の神殿と、そびえ立つ大神殿があった。


 その主神殿は荘厳で、神的な峨峨たる大理石の巨大ピラミッドであり、大陸南部の信仰の拠り所となっていた。


 この一帯で最大の発言力を持つのは、この神殿の代表にして、一万年前に女神聖典を書き著した十聖人達に最も近いとされる、現人神(あらひとがみ)コーサ=クイーンである。

 

 この南部では、彼女の発言と指示は王都の教皇を越えて絶対のものとされ、古代に聖典を(あた)えただけで無言を(とお)す七大女神達と、ほぼ同じ格付けであるといっても過言ではなかった。


 彼女の年齢は70とも80ともいわれ、今より67年前に、ボロをまとった少女としてこの地の巡礼に単身で訪れて、突如、司祭相手に異言を語り出し、当時発見されていなかった魔法を幾つも唱え、自らが聖典後一万年目の聖人であることを主張し、当時の教皇と枢機卿等による連日の協議の結果、その主張が認められたのだ。


 その聖コーサは、常に大神殿の天の間におり、一般の巡礼者、平信徒等は長い階段の遠く下から、その玉座じみた黄金の寝椅子と仮面を見ることしか叶わなかった。


 聖コーサは近々、聖典の太陽、月の書に続く第三の書となる、大地の書を著そうとしており、それが完成した暁には、聖典は完全無欠のものとなり、それ自体が神のようなものになると主張している。



 一面が金粉の砂場に立つ、純白のシルクの法衣に黄金の錫杖を手にした、年老いた側近等が、両側に五名づつ相並ぶ大理石の大広間。

 これぞ天の間である。

 

 黄金の寝椅子に座した聖コーサの前に、白い導衣に革の軽装鎧の男が現れ、眼前で両手を合わせて一礼した。


 現人神は、額に大きなエメラルドの一粒以外には装飾気のない、ツルンと滑らかな金色の仮面と頭巾の頭を上げ、紺色のアイラインを引いた夜警頭を見た。

 

 「我が子ジラール。昨夜、伝説の勇者を(かた)る者達を捕縛したと聞きましたが、本当ですか?」

 信者を皆我が子と呼ぶ、小柄な白い素足、金糸の法衣姿の声は、奇妙なことに、どう聴いても老婆のものなどではなく、艶めいた若い女の声であった。


 テラスから見下ろす聖都をバックに、白いターバンの頭頂を尖らせるように巻いた、浅黒い肌、痩身のジラールは鋭い三白眼で現人神を見上げ

 「はっ。聖コーサ様を差し置いて、恥ずかしげもなく、この星の闇を払い、全人類を救うなどと標榜(ひょうぼう)する、伝説の勇者を騙る者共は、教養もない単なる痴れ者等にございました。

 今現在、お授けいただきました戦神の光華刃にて弱らせてありますが、お会いになられますか?」


 コーサの金仮面、その眼穴の奥で何かが煌めき

 「そうですか。いえ、結構です。

 その様な光の勇者を騙り、あさましくも信者達から賞賛や寄進を獲ようなどという、誠汚らわしき者等など、七大女神様達を冒涜した只の強欲な野盗として処刑してしまいなさい。

 私には伝説成就などと、天地の一大事である聖変事のお告げはありません。

 その者等、甚だ不愉快な輩ですね……」

 

 コーサの荒い語気で、ピーンと張り詰めた空気のピラミッド型神殿の最上階に、フワリと一陣の風が吹き込んで、聖人の仮面の脇に長く垂れ下がった、エメラルドの菱形の数珠ピアスと、頭巾から溢れた長い薄緑の髪を揺らした。


 「ではそのように!」と、眼前で手を打ち合わせる夜警頭に、シャラン!と金の腕輪を幾重にも重ねた手をかざす聖コーサ。


 「その者等、隠密裏の処刑で済ませては、七大女神様達の名を利用して、伝説の勇者を名乗り、同じ様に私腹を肥やそうと目論む輩が絶えません。

 本日、この聖都に大々的に触れを出しなさい。

 それはこうです、三日後より始まる聖カルサー転移節の初日に、七大女神様達の憤怒の顕現(けんげん)により、偽者勇者等はカルサーの(いかづち)にその身を撃たれる、と。

 その処刑の舞台は、中央区の聖贄の庭とします。

 そこで信徒達の前で私が直々に、その輩を雷帝の戒罰鞭で撃って炭へと変えます。

 さあ我が子ジラールよ、今直ぐ行動しなさい!」

 

 ジラールは爬虫類を想わせる顔に、世にも残忍な笑みを浮かべて「はっ!」と尖った頭を垂れた。


 

 その日の午後、北区で最も美味いランチを最も安価で出すと、旅の巡礼者達からも評判の酒場「白鳩亭」は、いつものランチタイム終了時刻の14時を13時へと繰り上げた。


 その地下貯蔵庫。

 ひんやりとした空間。穀類、乾麺を詰めた麻袋の山の隣、葡萄酒蔵の前のテーブルには、一本蝋燭の燭台が一枚の号外を照らしていた。

 

 その(おもて)には、太字の斜体で

 《聖コーサの御力により、伝説の勇者のまがいもの逮捕!三日後のカルサー節初日の午前9時、聖贄の庭にて公開処刑決定!》とあった。


 それを中心に、影になってよく見えないが、10人ほどの男女の集まりがあるようだ。


 その中の腕を組んだ大柄なコックコート、ささやかな(まげ)に赤リボンの男が

 「あらららら……コーサ様ったら、七大女神様達の威光を笠に着てのやりたい放題が、遂に人殺しをお祭りの出し物にするまでに堕ちちゃったのねぇ……。

 大変!一度でもこんなことを許したら、これから先、気に入らない人はどんどん処刑されちゃいそうね?

 全く、王都の教皇様は、なんでこんな独裁者を野放しにしてんのかしらね?」

 

 その向かいの女の影は(せわ)しく姿勢を変えて、内心のイライラを露にしていた。


 「私達、黒鳩党としてはこれは黙っておけないわね。

 アラン、やるんでしょ?愛と正義の七大女神様達が、拝金、権威主義のコーサなんかを野放しにしてるのはおかしいけれど、神様が何にもしてくれないなら、この街で暮らす者達の為に、私達がこの期に一つになって、今こそ革命を起こすのよ!」

 

 反コーサ派の中心、アランは頑丈そうな顎に手をやり

 「うん、勿論よ!こんな横暴、絶対に許せないわ!

 でも……私達商人ギルドの仲間で束になったところで、あのコーサ様達の超強力な古代魔法に勝てるかしら?

 ワイラー全区の商人ギルドの黒鳩のメンバーを集めてデモでもやる?それともスト?」


 残り9人もただの商人らしく、困り果てて唸った。


 その時、ズタ袋の上に腰掛け、汗を拭いていた太った小さな男が、何気なく脇を見て

 「わぁっ!!」

 と大声を上げた。


 そこには闇に光る真紅の瞳、光沢のあるピンクのフリルの小さな影が忽然(こつぜん)と立っていた。


 「ドラクロワ様が昼食の葡萄酒をご所望なされたので給仕を探したが、表にも裏にもだーれもおらん。

 早々に店を閉めてなーにをやっておるかと思えば、店主よ、お前は革命家じゃったか。

 ん?号外とな?

 よく見えん、ちとのけのけ。あぁすまんな、ふむふむ、伝説の勇者のまがいもの逮捕、じゃと!?なーんじゃそら?

 ふーむふむふむ。その大冒涜者等、決して名を明かさぬ為、その風体をここに記す、か。

 ふむ、罪人は以下の女三人である、か。

 女!?ま、正か……いやいや、流石に逮捕はなかろう。えーと……。

 一人目・タレ目の泣き止まぬ自称女魔法賢者、プッ!

 二人目・訊問官の気が滅入るほど、終止暗く、無愛想な自称女アサシン、ププッ!!

 三人目・はっ、破廉恥な、ワイセツ罪で別件逮捕された、大柄かつガサツな、ブフッ!!じ、自称女戦士ぃー!!?

 ブハハハハ!ギャハハハハー!!

 んーんー!んーんーんー!ちょっと!ちょーっと待て待て!……あーアハッ!く、苦しいわい!

 ハァハァ……ハァ、ハァハァ……。よーしよし。

 それからそれから!?んー、以上と共犯のライカンスロープの女二人を磔にし、七大女神の使徒、カルサーの雷撃にて処刑する、とな!?

 ブハハハハ!!ギャーハッハッハッハー!!!

 やーりおったかー!!あの一級品の馬鹿等め!!」


 黒鳩の党員等は騒然となり 

 「こ、この子、一体何処から!?」


 「アラン!知り合いか!?どういうつもりだ!?」


 「子供といっても不味いぞこれは!!」


 「な、何がおかしいのかな?」


 アランは広大な額を抱え

 「あらららら……カミラーちゃん。もしかして今の話聴いてたかしら?困ったわねぇ。

 私達はこの街の商人ギルドの主要メンバーなのよ。お願いだから、ドラちゃんや他の人達には黙っててくれる?」


 カミラーは闇にも美しい顔、そこに煌めく涙を拭いつつ顔を上げ

 「あー笑うた笑うた!んー、死ぬかと思うたぞえー。

 ん?何を言う。このカミラーも勇者であるぞ?この捕らえられた三色馬鹿娘等は一応仲間じゃ。ヌフフフフ……。

 あ、いや一応な。

 ふーむ、じゃあ昔から女神等など気に入らなかったし、この際じゃ、笑わせてくれた褒美に、七大女神神殿など跡形もなく潰しちゃろう!

 なーに、わらわは強者で、ドラクロワ様は更に比べ物にならんくらいの最強の魔、いや、伝説の勇者様であられるからの、心配は要らんのじゃ。

 どうやらこの街には、横暴な神官共は要らぬようじゃからの。

 それにしても……ふあぁー、コリャ腹筋がイカれたわい、ヌフフフフ」


 アランは呆然とし

 「えっ!?そんなこと出来るわけ……」

 

 カミラーは突然「よっ!」とテーブルの上に、両手一杯に抱えた物品を投げ出した。


 小さな灯火に照らされたそれらを見て、党員の一人が

 「ん?こいつは……財布と……ベルトか?

 子供のクセに、中々いいものを持ってるじゃないか。

 でも、お嬢ちゃんの貯金をはたいて何とかなる問題じゃないぞ?

 ハハハ、でも子供らしい考え方だな。アラン、これで自由傭兵でも雇うか?

 ん!?これなんか俺と同じ財布だな。おや?ベルトも同じだ」


 「あっ!私の使ってるのと同じ財布もあるわ!

 これ、使いやすくていいのよねー。中央区で買うと結構高いのよ?」


 「ふがが!ワシのベルトに似たのもあるワイ。この辺りが痛んどるとこなんか、ホントにそっくりじゃて」


 アランもそこに自分の財布、更にその中に白鳩亭の営業許可書があるのを確認し

 「やっだぁっ!!」

 とベルトを抜かれて足元に落ちたズボンを上げながら

 「カ、カミラーちゃん!?

 ま、正かこれ……あ、あなたが!?」


 五千歳の超スピードのバンパイアは、白い小さな左拳を小指から順に人差し指まで握り、ピキピキと鳴らしながら大きく首肯して

 「楽勝じゃ!」  

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