33話 究極最終奥義アヌビス
ドラクローズは白い華奢な手で、黒光る樫の棍をゆるりと回し
「ふん。獣人深化とはどれ程のものかと思いましたが。まぁこんな程度が良いところなのでしょうね」
隣のピンクの盛り髪の小さいパートナーも、丸で双子のような同じ造りの棍を手に、その先でコン!と舞台を突くや、腰の恐ろしく左右に引き絞ったコルセットに小さな手をやり
「これ!ビスとやら!もっと真面目にやらぬか!
ただ軽業師のように闇雲に突っ込んで来るだけなら、そこらの三流スケルトンでも出来るぞい!?
これ!聞いておるのか!?」
アンとビスは、何と言われようとも動けなかった。
つい先ほど猛烈に旋回させ、握りしめて女勇者達を打とうとしたその棍が、幻か霧のように消失したのである。
プラチナの毛のアンが、爪の長い両掌を呆然と見下ろしている。
その驚愕の顔からはブルーグレイの目玉がそこへ、ゴロッと零れ落ちそうである。
「そ、そんなバカな!?ビス?」
すがるように姉を見るが、黒い毛のビスも同じ顔で掌を震わせていた。
「ま、正か……。あの一瞬の一合……。
あ、あのすれ違いざまに私達二人から棍を奪ったというの!?」
見つめる観客達も、領主も声を失っていた。
皆はアンとビスが高速で駆け、勇者の背後に回ったとこまではなんとか目で追ったが、その双子が今、呆然と手ぶらで立ち尽くしているのだ。
誰一人として、この状況に理解が着いていかなかった。
ドラクローズとカミラーが、ほぼ同時に棍を、ヒョイと双子に放った。
アンとビスは反射的に、パシッ!とそれら受け取り、食い入るようにその長い樫の武器を眺める。
間違いない。
棍の中央には、それぞれアンとビスの焼いた銘が入っている。
これは確かに、大会前に自分達が直に街の武器職人の工場へ出向き、木材から中の鋼鉄の心棒に至るまで吟味し、選び、この日のために新調した物に違いなかった。
二人の大会覇者は、こんな事が!?と確かに不可思議には思ったが、直ぐに妖しい技により自分達が弄ばれた事への怒りが、それこそたぎるようにグツグツと沸いて来た。
二人は誇り高き戦士なのだ。
それが手持ちの武器をかっさらわれたのである。
アンが引きつった笑いを見せ
「な、なるほど。先程のお二方とは違うようですね……。では仰る通り、少し本気で参ります!」
言うや、爪の右手でフリルのメイド服の左肩をひっ掴むや、下のブラウスごとビリビリと引き裂いた。
その白金毛の上半身は、光沢のある黒い革製の鉄鋲を打った胸当てだけになった。
隣の姉からも、ザザーッと布を破り、引き裂く音がする。
二人の足元の四つのシルクのヒールも両脇に、コンカッ!と蹴り避けられた。
さて、ここからが本気の戦い、という訳である。
ドラクローズはそれを見もしないでアクビを扇で隠し
「失礼、ちょっと暇だったもので……」
そして、涙を擦りながら隣の従者のごとき、幼女にしか見えない者へ耳打ちするように屈み
「ワタクシ、葡萄酒が飲みたいので早く終わらせたいの。だから貴女は少し遠慮して下さるかしら?
そうね、あの階段辺りに座ってなさい。ね?」
ワザと双子に聞こえるように言った。
何かを伝えたいなら魔族の思念波で事足りるからだ。
アンとビスは黒い鼻に皺を寄せ、上唇の端をめくり上げて憤怒した。
「な、何だと!?」
「我等ごとき、一人で事足りると仰るのですか!?」
双子は、グルル……と唸り声さえ響かせた。
ピンクの盛り髪の小さなバンパイアは、ほどほどに隆起した革製の胸当てを不機嫌そうに睨んで
「かしこまりました!ではあちらで拝見致します」
トコトコと階段前の様々な武器の並んだ所へ歩き、中央へ向き直り、そこへペタンと正座した。
ドラクローズが本気で一人で戦うのだと分かり、唖然とするアンとビス、そして観客達。
マリーナは金の頭をボリボリ掻いて
「うわっ!ありゃーキツい!!ドラクローズってばやり過ぎだよー!ありゃアンとビス、完全頭きたね!?」
ユリアも眼を丸くし
「ドラクローズさん、超スピードのカミラーさん無しで大丈夫でしょうか?
あっ!でも、さっきの技、ドラクローズさんも速いのかー」
シャンは腕を組んで、真っ直ぐに中央の三名を睨んで
「どうかな?」
アンとビスの垂直に立っていた耳が徐々に後ろに倒れ、そのボブがザワザワと波打つ。
ビスが牙を剥いて
「私、ここまでコケにされたのは始めてです!
勇者様は少々お速く、奇妙な技をお持ちで腕に覚えがおありのようですが、我等姉妹の本気の力で、本日は後悔というものを覚えていただきます!」
ドラクローズは呆れ顔で
(後悔などもうとっくにしておるわ。この化粧とは、えらくムズ痒いものなのだな……)
ギャリリッ!
なんの前ぶれなく、双子の四本の後ろ足の爪が白い石舞台を掻いて、二人はドラクローズへ突進した。
今回の突撃は、いつものスピードはそのままに、倒れるような急角度の前傾姿勢の矢のような一直線軌道とは異なり、ひどく奇妙なものだった。
それは先ず、アンがビスの脇を身体を擦り付けるようにしてその前へ、ビスが同じく身体をかすらせてアンの前へと、双子が高速で入れ換わるようにそれを繰り返しながら突進するというものだった。
もし舞台を真上から見ることが出来たなら、二人の奇々怪々な攻めの動きが、正に∞の字を描いているのが見てとれただろう。
ボインスキーが思い出したように、ハッとして叫んだ。
「いやはやっ!アン!ビス!爪はいかんぞ!!お前達の爪は刃だ!」
ジャバリッ!
三名の集合地点で、何か分厚い皮が裂けるような音が鳴った。
何と、高速シャッフルで前後に重なりあうアンとビスが、そこで加速の極みに達し、丸で一つの影となり、螺旋の槍の如くにドラクローズの左肩へ突入、そのままその肩を足場に上空へと跳ねたのである。
身を反らしたドラクローズの負傷は、なし。
暗黒色のレザーアーマーに四本の引っ掻き筋が付いただけだ。
奇妙な走行で襲いかかった双子であったが、フワリと上空で回転し、音もなく着地したのは…………。
なんと一人きりだった。
屈み込んだそれは、アンでもビスでもなく、彼女等と同じ鋲を打った革製の胸当て、白金に黒の虎縞の大きな女ライカンスロープだった。
それは無音で立ち上がり、腕を組んで、口に食んでいた誰かの黒革の胸当てを脇へ落とした。
二人姉妹、アンとビスは何処へ消えたのか!?
この新たに登場した、大きな獣人は一体何者か!?
虎縞のすらりとした美しい女獣人は
「フフフ……ドラクローズ様。いかがですか?
これこそ我等姉妹の究極合体最終奥義、アヌビスの型にございます。
それぞれで戦う時とは速さも力も比べ物にならない筈ですが?
あら?アクビが消えましたようですね?
お気に召していただけたようで光栄にございます!
ホホホホホ!」
175㎝ほどのドラクローズより少し背が高い、その神獣めいた縞のライカンスロープは、何と先ほどの奇怪な行進で合体したアンとビスだったのだ。
それは正に美しい姉妹の結合であった。
その証拠品の如く、虎縞の足元にはアンの物かビスの物か、1人分のミニスカートとフリルブルマが、白い床に無造作に散らばっていた。
マリーナが運営側のテントの中で、飲んでいた茶を真横に吹いた。
「ゴホゴホッ!!い、今何て言った!?
ががが、合体だってー!?そ、そんなのアリぃー!?」
隣のユリアは顔に浴びた茶をものともせず、禁断の果実をかじった者のごとく両の眼を輝かせ、激しい感動に打ち震えていた。
「す、す、す、凄いですーー!!こ、こんなのどんな文献にもありません!!
ふ、二つの生命体が、いかに高速で複雑とはいえ、ただの一連の動作で1つに結合するなんて……。
し、しかも、それにより二人の姉妹の記憶と意識までもが統合されています!!
なななななななななんという珍生物でしょうか!?
はうっ!!んがぐぐぅっ!!?」
マジックミサイルのように外へ飛び出そうとする、黄色い女魔法賢者のローブの襟の後ろをシャンが掴んで止めていた。
「ユリア。気持ちは分かるが、ここはちょっと黙って観よう。
しかし、恐るべき体術に加え、あんな技まで隠していたとはな。
アンとビスか……凄い奴等だ。
うん、あのままやっていても私達では勝てなかったかもな。
さて、ドラクローズ。どうする?」