243話 たわけ!! 殺す気か!!
先の霜巨人と闇黒肉百足等による襲撃を見事撃退した光の勇者団──
一行は今、霜巨人が滞留していたと思われる巌に穿たれた、深淵なる洞穴の内を粛々(しゅくしゅく)と進んでいた。
無論、暗澹として、進めば直ぐに鼻をつままれても分からない真闇と化す隧道であるため、ユリアがルビーロッドの先に灯した魔法照明を燭として頼ることになった。
するとこれに、最近めっきり出番が少ないうえ、てんでいいトコなしである、やや顔が前に出た麗しき双子姉妹アンとビスが、露骨な勇み足でユリアに追従し、
「で、では我等も、邪なるモノを焼いて討ち祓う、神聖魔法系の聖なる輝きを、この六角棒の先に灯してご覧に入れましょう!」
と意気込んでみせるのだが──
闇にも険しい渋面のドラクロワから、何故か、
「要らん。貴様ら、妙な調子に乗りおると揃って死ぬことになるぞ」
と、すげなく切り捨てられてしまうのだった。
無論、よかれと信じて推参したアンとビスなものだから、このまったく期せずして、あらぬ方向から放たれた猛烈な鬼気というものに、二人はギョッとして思わず仰け反り、ヒッと小さな悲鳴すら漏らした。
「あえ!? てー、ドドド、ドラクロワさん!? い、今のお二人の提案のドコがそんなに気に入らなかったんですか!? な、なににせよ、そーんな酷い言い方をしなくてもいいと思いますけどぉ?」
当然ユリアが、まるで自分に言われたことのように同情し、目を剥いて横槍を入れた。
「これ! うるさいぞユリア! 御ドラクロワ様がおっしゃることは常に尊く、総てが正しいのじゃ!! ドコもヘチマもあるかえ!!」
間髪入れず、小さな兜を、ワンワン鳴らすカミラー。
流石は生粋の魔王狂信者である。
このやり取りを耳ざとく聞いた先頭を往くシャンが、何を思ったか、不意にピタリとその歩みをやめ、音もなく振り返る。
「アン、ビス──まぁ、二人してそう肩を落とすな。
見ろ。確かに現状、光源ならばユリアの杖ひとつで充分過ぎるほどじゃあないか?
うん、つまりだな、このドラクロワとしては、まだまだ里に着いていない今時分から、太鼓持ち然として、まるで特技を披露する余興の場のように、面白半分で無駄な労力の消費提言などするなと、そう云いたいのだろう。
だがな、これは考えようによっては、この傑物大器のドラクロワをして、お前達の神聖魔法の能力を高く買っている証なのだ。
だからこそドラクロワは、勇者団の筆頭として今は立場上、その貴重な聖なる戦力の乱費を控えるよう釘を刺したまで、だと思うぞ。
それに考えてもみろ、真にお前達のことをどうでもよい、単なる賑やかしの雑兵とでも評価していたなら、あのように厳しく叱責すると思うか? うん、月並みな言い方だが、今こうして叱られるうちが花、と、まあそういうことだ」
などと、その声音こそ、しっとりと低音にして、ひどく穏やかなのだが、相も変わらず口数が多いシャンだった。
これに聞き及び──
「あ、ああ、そ、そのような深遠なるお考えがあろうとはつゆ知らず!! 我等二人のなんと軽率なことでございましょう!!」
「はぁあ、ドラクロワ様……このような我等とるに足らない使用人ごときに、かように親身な御指導をいただけたとは、あ、余りに勿体のうございます!!」
と何故か膝までついて号泣するアンとビスだった。
──まぁこの二人とも、今現在こそ、ある程度なんとか順応してきたとはいえ、たった数時間前までは、随分とシュリの中に流れる銀狼の血に翻弄されていた訳で……心身ともに些か疲弊をしていたのだろう、とお察しあれ、とか。
「フン。おのれシャンめが、逐一皆まで語りおってからに。
お前がそうして無駄な講釈をたれればたれるほどに、この俺が安くなると、そうは考えつかぬのか?」
腕組みのドラクロワは、飽くまで迷惑顔である。
「あ、うん──少し差し出がましいようだったかも知れんが、お前はお前で、常から若干言葉足らずなとこもあるし、まあ一応、な」
シャンはシャンで微塵も悪びれることなく平然と返した。
「アッハ! まーまー、よーくわかんないけどさー、ホントシャンの言う通りだよ!? キビシくシドーしてもらえるってこたー、ソレだけアンタたちに見込みがあるって、そーゆーコトなんだからねー!?
ウンウン、ま、そーゆー意味じゃー、さっきのはホーントありがたかったしー、ジッサイ、オメデタイことだよねー!!」
とマリーナまで鷹揚に頷き、アンとビスを両脇に抱えんばかりにして鼓舞するのだが、真実"おめでたい"のは光の勇者団の頭の方である──
──かくて、隠れ里案内人のシャンを先頭に、ユリアの一点照明のみで、勇者団の進軍が再開されることになる。
さて、その後の道程だが、確かに、ここカイリ周辺の主要な魔物は、女頭目シュリが率いる餓狼伝説によりあらかた退治されたらしく、現状この隧道内にも冬コウモリ程度の小動物らしき気配くらいしか関知できなかった。
それに、流石に温かいとは無縁にしても、外の氷の剃刀が吹き荒れるがごとき猛吹雪から隔絶されている分、なんとか人心地つけるこの空間は非常に有難いといえた。
事実、ユリアなどは、真っ先に、くたびれたとして勝手気ままに小休止を要求し、適当に見繕った平たい大岩に敷物を展開して、アンとビスをお供に引き入れるや、携帯したカラス麦混じりの菓子と紅茶を喫するのだった。
だが油断は禁物。実例として先の霜巨人との遭遇があり、まずまずこのような人里離れた場所の冒険とは、そういった剣呑なる例外がいつ襲いかかるかとも知れぬ、何の安全担保もない探索行なのである────
さて、そうした短い休息を経て、再び行軍を継続する一行だが、その隊の最後尾では、先の格闘の戦友であるマリーナとシュリがすっかり意気投合し、まるで旧知の中のごとく、しきりに相異なる互いの戦闘術などについて軽妙なやり取りを交わしていた。
「そりゃあさ、このあたしだって、里の年寄どもから、あのシャンが産まれた時にゃあ、何やら妙テケレンな光を放ってたんだぞ、とか──
内緒を約束に魔術士ギルドとやらのお偉い先生に調べさせたら、これがピタリ、シャンは滅多にお目にかかれない聖属性だったとかで、これでシャンこそは伝説の光の勇者で間違いない、とかなんとかいう──
はっ、まあまあ、そういった類の眉唾モンの話ならイヤッていうほど聞かされたよ?
だけどさー、いやいや、さっき見せられたようなマリーナの"べらぼう"な変わり身なんてーのは、まあ勇者伝説てヤツも、あながち嘘八百でもないのかもねえとか、今更んなって、こー腕を組まされちまった訳だよ」
シュリは自身のアジトであれほどマリーナのことを汗臭そうとか、蛮族代表などと好き放題こき下ろしていたが、今や手のひらを返したような惚れ込みようである。
「アハッ、あーアレね。うーんと、そ、何か少ーし前にー、カッチョいいオジサマ占い師さんに、ハイそこのアナタ、アナタホントは空を飛びたいんでしょ? で、ジッサイ、ソレ信じればチャーント叶いますよ、とかナントカいわれて──
ン何だか、そっからよくわかんないけど、フーンて眼を閉じて気合いを入れたらアレが出来るようになったんだよねー。
アッハ! ナーンダカよくわかんないけどねー
※144話参照」
ナンだか分からないのは、そんな身の上話を聞かされる方のシュリである。
そんな、並の人間からすると、まるで聞くに堪えない酷い与太話のような、神奇極まる大椿事ですら、あたかもある日、ふとできるようになった逆上がりか昇◯拳のレベルで、あっけらかんと話すのが、またこのマリーナという女戦士だった。
「あん? うー、占い? 気合いぃ?」
無論事情を知らぬシュリとしては、只々怪訝な顔で聞き返すことしかできない。
「そーそー。あー、でもでもマリーナさん? あのスッゴい変身ができるようになった、もーっと大事な切っ掛けのスッゴい葡萄酒、あのオーギュストの説明が抜けてますよ? んはぁー、残念ながら私は飲めませんでしたが…………」
ユリアは以前、彼の魔王ドラクロワにさえ深傷を負わせた、あの稀代の神聖酒「聖オーギュスト」について言及した。
※120話参照
「グヌヌ…………」
あの忘れようとて断じて忘れらぬ悪夢の災難を思い出したドラクロワは、思わず唸り、再び心胆を寒からしめさせられたという。
「お、おーぎゅすとー? あん? ちょいと、オーギュストっていやぁ、あの、もう二度と手に入らないって噂の、あの幻の酒オーギュストのことかい?」
矢継ぎ早に投下される妙な話に、いよいよ混迷に至るシュリ。無理もない。
「あはははは! まぁまぁなんでもいいさね。さっすがは伝説の勇者様達の冒険談だ、まーそんじょそこらの酒場じゃまず聞けない、波乱万丈、奇想天外の物語ってとこだよね。
あはは、いいよいいよ、この里への隠し通路は、まあだまだ続くんだ。精々とっくりと聞かせて貰おうじゃないか、ええ? マリーナ」
流石は50余名の猛者どもを一手に取りまとめる女首領シュリである。その見てくれこそ、儚げな薄幸の超美少女風だが、それに反してヤハリその度量と対応力とは、ドンと肝が据わっている。
かくして和みつつも漫ろ歩く勇者団とシュリだったが、それからしばし、ちょっと想像できないくらいに歩かせられた結果、遂に先導のシャンがある地点で、ふと立ち止まった。
そして、そこの周辺を丹念に調べた末、腕を組んだまま後方の仲間たちに振り返った。
「うん──少し、想定外な事態が起きているようだ」
短く言ったシャンの後方には、一見すると行き止まりのように見える岩壁があるのだが、何やらそこには、人ひとりが何とか進入できそうな位の穴が空いている。
「あん? ちょいとシャン、ぬあーんでそこの岩の隠し扉が開けっぱなしなってんだい?
ウチの里じゃ、そこのカラクリ岩を開けっ放しなんて禁忌も禁忌、ついうっかり、なんかじゃ絶対に赦されない大ご法度だよ!! 一体誰だい、こんなトンでもない不始末をしでかしたのは!!」
へぇーへぇーうんうん、ほー、そらぁまた大したモンだねえと、相槌も軽妙に歓談中だったシュリだが、不意に妙な隙間風を覚えるや、途端に目を吊り上げ、同郷の徒に向け、ほとんど恫喝するように訊ねた。
「うん、殊更お前に言われなくとも到底看過できぬ大失態だ。だが──」
シャンは御高説、尤もだと首肯してから、サッと踵を返し、そこの岩肌にぽっかりと口を開いた、楕円の隠し通路の入り口のような洞穴に接近し、その闇の中でも尚濃密なる闇の付近にて再度しゃがみ込み、さっきより一層丹念な調査を重ねる。
シャンの説明によると、この秘密の開口部を挟むそれぞれの空間の岩壁には、どこからどう見ても単なる自然石にしか見えぬ、二つの突出した岩の突起が設置されており、それを定められた順序で必要回数分押すことにより、内部の特殊な仕組みが作動し、このようにして秘密の通路がその顎門を開くという。
これは、大昔、隠れ里のある天才大工が並々ならぬ苦慮精妙を重ねた末に、漸く完成させたとされる仕掛け扉であり、これが一度ビタリと閉じたならば、僅かな継ぎ目さえも見当たらぬほどの密閉機密性能を誇るという。
また更に、そのカラクリの高度な出来栄えのみならず、解錠の為の暗号である、岩突起押下の順序、また回数をも任意で変更可能という徹底ぶりである。
無論その徹底したこだわりが込められた理由とは、生存そのものが厳重に秘匿されている銀狼一族、その隠れ里がこの扉をくぐったもうそのすぐ先に広がっており、この岩扉が彼等の巣窟を護る、最大最後の通用門であるが故である。
だがしかし──その禁断の関所が今、不用心不謹慎にも開け放たれたまま、ヒューヒューとこの昏い洞穴内の闇色の空気を吸っては吐きを繰り返しているではないか。
「ウム。それが何故開いたままでいるかなど最早云うまでもなかろうが──
つまり、里の者にとってはいかな禁忌であろうとも、侵入の慮外者にとっては一切関係がない、そういうことだ。
フフフ、ようやっと、少しは面白くなってきたという訳だ」
そう、不謹慎と云えば、まさしくこの魔王ドラクロワこそが窮極の不謹慎者といえた。