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229話 ←↙↓↘→+P

 まさか己の極意を見事そのまま返されるとは思いもよらなかったトーネではあった。

 が、それでも流石に戦闘鬼、修羅一族の筆頭である。

 瞬時にて、その強靭な精神は真っ二つに分かたれていた。


 つまり、ただただ喫驚の感情である、そんな馬鹿な!! とは異なるもう一つ、すぐさま"閂毀(かんぬきこぼし)"を無効にするべく、大昔に自身の師匠から教わった、"閂毀外(かんぬきこぼしはず)し"を発揮しなければ、という冷徹な思考である。


 そしてまた、この時のトーネも神憑(かみがか)りに速かった──


 なんと、この女武芸者、突然何を血迷ったか、半瞬だけ己の右胸辺りを見下ろしたかと思うと、そこへめがけ、まるで他人事のように、鋭い左の貫き手を差し込んだのである。


 そして、赤と黒に彩られた軽装戦闘衣(バトルジャケット)はおろか、その直下の胸骨もろとも"へし折る"ようにして、瞬時に己の身に(あな)を空けてみせた。


 そう、これぞ門外不出、"閂毀外(かんぬきこぼしはず)し"という秘伝の技──なのだが。

 その主な概念とは、至極単純にして、同時に苛烈(かれつ)極まりないモノである。


 過日、彼女へと伝授されたのは、まずまず通常はあり得ない展開だが、万が一にも同門の達人より返された恐るべき「威力」の玉を被弾してしまった、その場合。


 それが自身のすべてを破壊する、その前に、玉の主な経路を見極め、そこの途上にて大穴を空け、駆け巡る「威力」そのものを外部へと排出してしまえばよい、という超抜本的かつ、恐るべき"荒療治"であった。


 つまり、どうしようもない"ヤブ"の歯医者に限って真っ先に言う、あの

「フムフム、グラついてますね。はい、抜きましょ」

 である──(憤怒)


 これはこれで、それこそ半瞬の躊躇(ためら)いも赦されぬ、凄絶な判断力と度胸とが求められる、そんな驚異の外し技である。

 が、トーネとしては、これを今、実践するしかない。


 少しでもこの自傷的対処が遅れたなら、荒れ狂う「威力」が致命的なまでに身体を粉砕してしまい、頼みの外し技を講ずる腕さえ上がらなくなり、挙げ句、木っ端微塵に砕け散るしかないのだから。


「ンム……なるほど──

 あの修羅の女の最大極意とは、決して、ただの殴る蹴るを昇華させた最果て、などではなく、どうやら破壊の力そのものを手玉にとるという、なんとも珍しい妙技のようですね。


 フフフ、ですが御生憎様(おあいにくさま)。今、貴女の目の前に立つ、新しい脳の制御から完全に解き放たれた"真のユリア"とは、貴女の猿真似程度で終わるような、そんなお安い兵器ではないのですよ……」

 と、観客席のロマノは、胸中に湧いた愉悦を独り占めするかのように、まさしく"ほくそ笑む"のであった。


 だが、そんな不吉な予見的分析など露知らず、己の右肋骨の最下部から斜め上方向へと、威力の玉を芯・核とした、真っ赤な血柱を(ほとばし)らせるトーネは、今、冷たく、そして異様なまでに、か(ぐろ)い殺意を抱いていた。


「まったく……この化け物娘ときたらどうだい……天部や煉皇(れんおう)様の命令とは全然別の理由で、断じて生かしておいちゃあならない生き物、だったねえ……」


 事ここに至って、門外不出の最終奥義をさえ鹵獲(ろかく)されたトーネは、己から噴出する血煙を浴びつつ、黄色い瞳に猛虎のような殺意を爛々(らんらん)と燃やし、高みにて小首を傾げるユリアを睨み上げた。


 確かに、不面目にも、ユリアという人外の化け物によって、己の胴体に大きな孔すら穿(うが)つ事態とはなったが、その負傷自体は今、余り重要な問題ではない。


 なぜなら、この修羅一族とは、並みの人間族等とは身体の造りがまったく異なり、この程度の損傷などでは決して致命には至らないのだ。


 それその証拠に、すでに瞬時にて出血は止まっており、その上下にへし折って菱形とならせた肋骨の二本ですら、ペキペキと不気味な音を立てつつ元の形状へと還ってゆくのだった。


「そうさ。問題は、さ……光の勇者のアンタが、このまま化け物みたいな強者として葬られるんじゃ、それじゃあ、てーんで駄目だってことなんだ。

 もっと……もーっと此処(ここ)に居る皆の憐憫(おなみだ)を集めて、あの魔王に対する復讐心てえのに火をつけなきゃならないんだから」


 そう、今やこのトーネには、逃げ場も、まして、やり直しも許されぬのだ。


 彼女に与えられた任務とは、大陸のみならず、この星全体をすら巻き込む、魔王軍対人間と亜人種の大連合軍という、そんな超大戦の引き金として、この衆目の場にて、ユリアを見るも無残に蹂躙(じゅうりん)し、まさしく公開処刑にまで至らせねばならないのである。


 彼女は今、改めてこの大事変の勃興という難題を思い出し、己の持つ技はおろか、心血のすべてをすら惜しみなく注ぎ尽くすべし。という決死の気概に定まり、いみじくも、まさしく"修羅"と化していた。


 だが、である。


 正真正銘、本身となったトーネが、猫足立ちに酷似した妖しい構えをとりつつ、地を蹴って頭上のユリアに跳ぼうとした、まさにその瞬間。

 それこそ、なんの前触れもなく、バサンッ!! とばかりにユリアの方から、トーネの居る真下へと降ってきた。


「なっ!?」

 短く唸って、ついたじろぎ、咄嗟(とっさ)に後方へと跳んで距離をとるトーネ。


 だが、この唐突なるユリアの挙動とは、決して攻撃の部類ではなかった。


 その証拠に、今や四肢の奇妙な伸長により、まるで足高蜘蛛かタラバ蟹を思わせる有り様となった彼女だったが、それが今、真上から(あっ)されて折り畳まれたかのように、低く低く(うずくま)り、挙げ句、のんびりとした大欠伸(おおあくび)すら発しているではないか。


「こ、今度はなんだってんだい!! ちょいとアンタッ!! やる気あんのか、」


「ッせえなぁ。お前なんか、もうとっくに終わってるんだよ。コンノバーカ」

 ユリアはさも面倒くさそうに述べ、鋭い短剣のように伸びた爪の先で、左の目ヤニなど(いじ)り出していた。


「やいこら、ユリアとやら! アンタもいい加減におしよ!!」

 トーネは、ここにきて突然の戦闘放棄という奇行のユリアにいきり立ち、一気に沸点に達した。


 そして油断なく相手の隙をうかがい、その床に近い、三つ編みの下がる小さな頭の脳天を真っ二つに割るべく、しなやかな黒革の手刀を構えた、が。


「グッ、ウブッ!!」


 ここにきて、トーネは突然こみ上げてきた嘔吐感に頬を膨らませるや、ほんの少しも抑えきれず、前方へと吐瀉物を吹いてしまった。


 だがそれは、内臓を酷く負傷した者の吐く、極々ありきたりな"血反吐(ちへど)"などではなかった。

 なんと彼女の顎門(あぎと)を無理くりに開かせたモノとは、ボワンとした真っ黒な煙の塊、それと花火のようなオレンジの火の粉であった。


(な、なんだいコリャ!? やけに痛みが退かないと思ったら、な、なんだか……)


 既に恐るべき新陳代謝能力で己の傷口を塞ぎ、被ダメージを雲散霧消させたとばかり思っていたトーネだったが、今度はちょっと例えようもないような凄まじい胸焼けに襲われていた。


 そしてまた(たま)らず咳き込む、と、口内から、いや腹の底から沸き上がっては外へと飛び出す、フランベのような火炎が煌めいて、その空間を陽炎(かげろう)(おぼろ)に歪めた。


「こ、これは!!?」


 無論、如何(いか)に謎多く、また多芸の極致とでも云うべき修羅の一族といえど、まさか赤龍(レッドドラゴン)のように火などは吹かぬ。

 ゆえに、もう、ただただトーネは驚愕する(ほか)なかった。


 そして、その狭い体内にて荒れ狂いながら行き場を求める爆炎に突き動かされるがごとく、天井へと上向き、柱のような炎と黒煙とを吹きながら、生きたまま体内から燃やされるという、そんな狂おしき灼熱の氾濫に、身も世もなく悶えつつ、死の踏鞴(タップダンス)を踏むしかなかった。


 そして尚、その口腔から螺旋を描いて噴き出す火炎柱を褒め称えるように、付き添っては飛び散る沸騰する黒血──


「こ、こんな! こんな小娘なんぞにぃいッ!!」


 トーネは、己の煮えた眼球が弾けるのを感じながら、今際(いまわ)(きわ)にて、まさしく断末魔の叫びを上げ、その刹那、内部より勢いよく爆裂し、目も眩むような火焔の花として真っ赤に咲いたという。


 無論、この突然の閃光炸裂に、観客席は未曾有の混乱、大恐慌となる。


「ウム。ユリアめ、あの珍妙な力の塊に、そこそこの火炎魔法を混ぜ、突っ返しておったか。

 にしても解せぬ。あヤツめ、さきほどは、」

 ドラクロワは白い顎の先を摘まみながら、極上アメジストのような瞳の眼を細め、腑に落ちぬ、とばかりにこぼした。


「はい。お見立ての通り、ひとつ。あの修羅一族というモノは、(こと)格闘においては無類の強さを誇る、というその一方で、魔法攻撃にはひどく脆弱であると、つまりは、あの邪神軍団とは正反対の属性であると聞きます。

 加えて二つ。今のあのユリアにとっては、魔法の行使に触媒はおろか、詠唱すら不要なので御座います」

 と解説するロマノの言には、なぜだか、ことのほか上手くできた料理を振る舞う者のような、奇妙な矜持(きょうじ)のごとき響きがあった。


「デ、アルカ──あのユリアの正体については、改めてまたお前に問うとして……。

 問題はアレ、あの(ほのお)よ。アレだけは断じて捨て置けぬ、よな」

 ドラクロワは、舞台上にて未だ燃え盛る、つい先程までトーネだった、逆巻く炎の螺旋を見据えて言った。


「? と、申されますと?」

 隣席のカミラーが、到底信じられぬ、といった面持ちで、魔王の声音に一種"危惧"の風があるのに驚き、つい聞き返す。


 確かにドラクロワの指摘通り、今、舞台上のユリアは、いつの間にか胡座(あぐら)から立ち上がり、大口を開けて白眼さえ()

「ッケアーッ!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死いねぇー!!!!」

 といった、狂ったような叫びを轟かせつつ()け反り、またもや詠唱皆無で両掌に宿した火球を、次々と炎の柱めがけて投げつけているではないか。


 その異様な狂乱と、度外れな灼熱が生む凄まじい上昇気流とに、舞台袖にて待機していたアンとビス、また、未だ息のある衛兵達は挙って戦慄した。

 

 そして、飛び出した美貌のライカン姉妹を先頭に、動ける者から深傷の身体に鞭打っては、ヨロヨロと起き上がり、横たわる半死半生の仲間、また昏倒のマリーナ、そしてシャンとを引きずって舞台袖へと避難するのだった。


「……ウム。この俺にも覚えがあるが、火炎魔法を、あのように無軌道、過剰に昇華させるとだな、じき、単なる火炎魔法とはまるで異質な、ある格別な"超絶破壊魔法"へと仕上がるのだ。


 その異種遷移(へんい)がこのまま完全に成ったなら、後はもう、ただただ手に負えない崩壊が待っているのみ、なのだ……」

 ドラクロワは陶磁器のように白い頬に、遠く舞台上から届くような熱波を感じながら、億劫そうに述べ始めた。


「はて、魔王様をして"手に負えない"とは……一体、あそこからなにが生まれるというのです?」

 負けず劣らずの魔導の求道者を自負するロマノは、舞台に近接の観客らから、暴走するユリアの招いた灼熱嵐にあてられ、まさしく火だるまになって狂乱するのを眺めつつ問うた。


 そして、この狂乱怒涛の展開に、茫然自失を続けていた老審査委員長のカゲロウも、今、弾かれたように席から立ち上がって、激しく狼狽えるばかりである。


「な、なんという独創的な火炎嵐か!! ド、ド、ド、ドラクロワ殿ッ!! さ、流石にこのままでは!!」

 老紳士は泡を飛ばしつつ、今や見上げるように高い天井をすら舐める、逆巻く火炎竜巻を指差した。


「カゲロウよ、まぁ座れ。最早こうなっては、お前などがどう慌てようと、何一つ事態は変わらぬわ」


「はあっ!? な、何を悠長なことを仰る!! 私、直ちに消火を指揮して参ります!!」

 カゲロウは愛用のシルクハットもステッキをも忘れ、そこ貴賓席エリアから飛び出した。


「フン、あの(たわ)けめ、あの魔法に並の消火など(かな)うと思うてか。──まぁよい。

 あー、さぁて、どこからどう話してやるべきかだったな。あー、そうだな……。

 あぁよし。ウム。どうやらだな、この世界の森羅万象とは、極小にして無数の"泡"のようなもので成り立っておるようなのだ。

 よいか? これは、それこそ万物にひとつの例外とてなく、鋼も、水も、大気も、俺も、そしてまた、お前もだ。

 ウム、ここまではよいな? で、ある一定の度合いを越えた火炎魔法が一箇所に集中し続けると、何処(どこ)かでなにかの臨界を越え、まったく別の攻撃魔法へと転じて、その高熱の場を起点として、それを取り巻くすべてのモノが、その矮小極まる泡の単位で一斉に弾ける、いや裏返るに近い、か──

 まあなんだ、その連鎖的な大崩壊がだな、ほとんど際限なく、外側へと恐るべき速度で波及してゆくのだ。

 ウム、鋼も、水も、大気も、俺も、そしてまた、お前も、だな」

 ドラクロワは、主にロマノへ向け、ひとつも面白くもなさそうに淡々と教授を施した。


「──左様に御座いますか。あ、はい。ひとつの例外とてなく、畏れながら、魔王様も、この私も……と」

 ロマノは微塵も戦慄せず、むしろ魔に魅せられた者のように首肯した。

 この辺は、やはりあのユリアの師匠ゆえ、といったところか。


「あの……ご教授の最中、誠に失礼にございますが、その恐るべき崩壊には、最高峰の魔法防壁(マジックバリアー)も含まれるのでしょうか?」

 魔法を使えぬパンパイアの姫だけは、露骨に動揺を隠しきれず、すがるようにドラクロワに尋ねるのだった。


「──知らん」


「ん? 知らん、とは? あの、(おそ)れながら、魔王様はつい先程"この俺にも覚えがあるが"と、そう仰られたように覚えておりますが」

 (こと)、魔法に関しては超専門家を自負するロマノも、この辺りから段々と怪しくなってきた。

 

「ウム。なにせ、この俺の場合は最悪の事態に至る、そのすんでのところで、この盆の窪父(くぼ)辺りを打たれ、そのまま気を絶したからな。

 まあ、すべては事後、父の談によるものだ。

 つまり、あのまま調子にのって昇華を止めずにおったなら、魔界の主要な一角が消え失せたであろうよ、とかなんとか、な」

 といった具合で、なんとも珍しく、遠き過去の若気の至りの吐露により、どことなく羞恥の色さえ見てとれる現魔王だったという。


「そ、それは……誠」


「……一大事に──御座りますな」


 揃って大きく眼を見開くカミラーとロマノは、舞台から届く熱さゆえとはまた違う、妙に冷たい汗が頬を伝わるのを感じたという。

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