22話 打たれ強い女
睨み合っていた四名二組の選手だったが、アンが舞台を蹴って先手を取った。
フォンッ!と旋回させた長い棍の先で、前傾姿勢で立ち尽くしていた、黒包帯の背の高い方、アデスの細い左手の甲を打って、まずは木製ハンマーを落とさせようとした。
アデスは反応しない。スタンッ!!とその黒い手先を打たれ、左の肩から下の左腕がブランブランと揺らされた。
が、アデスは声も出さず、全くの無反応で、その手のハンマーを落とすこともなかった。
これには打ち据えたプラチナボブのアンの方が驚いた。
「えっ!?痛く、ないの?」
アデスとタマルの試合は観たが、実際に自分が打撃を加えてみて、ハッキリとアデスの異常さを実感した。
アデスは何事もなかったかのように、ユラユラとハンマーを頭上に振りかぶりながら、ペタ、ペタとアンに歩み寄る。
アンは棍を振り、構えると、一呼吸で信じられない速さの連続突きを、黒いカマキリのような包帯の体に浴びせた。
肩、喉、胸、腹に腿にと、最後は黒い包帯の額の真ん中を突いたが、なんとアデスはその都度、衝撃に仰け反っていたが、打たれた箇所を見ることも押さることもなく、濁った目にメイド服を映し、尚も迫ってくる。
やがて至近距離。
ブンッ!とアデスの木製ハンマーが下りた。
勿論、そんな無造作な攻撃を喰らう狼犬のライカンスロープではない。
ハンマーは空しく何もない空間に唸りを上げただけだった。
褐色のビスがアデス後方のタマルを確認するが、小柄な女は相変わらず前屈みに立ち尽くし、虚ろな目で三人を見ているだけであった。
ビスはアンと共にアデスから距離を取る。
「アン。あいつ、効いてないね」
アンは油断なく構えて、うなずき
「うん。だけど手応えあり。どの突きも骨まで壊してる筈だよ」
階段へ退がっていたボインスキーも顔を青くし
「いやはや……。やはり、おかしい……。本戦の事前に強化魔法は勿論、戦闘用の魔法がかけられてないか、あらゆる魔力検知はどの選手も受けている。いやはやこれは、痛みを感じない特異体質か?」
領主館の三階から見下ろす女勇者達も目を見張っていた。
ユリアは自分が棍撃を受けたように顔をしかめて、両手で口を覆い
「あの棒術の連続の突き……ゴンゴン!って……す、凄い音しましたよ!?」
シャンは総髪に結んでいた髪から解れた長い前髪を風になびかせ、訝しげな目で舞台を睨み
「我々も先程魔力検知は受けた。
うん。魔法でないならあの黒包帯、何かの薬物を使用しているのかも知れないな。
アンとビス。さてどう攻める」
アデスはノロノロと間が抜けた動きではあるが、確実に双子を舞台の角に追い詰めてゆく。
一瞬アンとビスが目を合わせ、アデスへ駆けた。
今度は高速の連打突きを、二人で長身の黒包帯に浴びせた。
ズドドドドド!とマシンガンのような高速の乱射突きがアデスを小刻みに震わせる。
メイド服の二人は二呼吸ほど突きに突き、止めにアンは真上からアデスの黒髪の頭頂、ビスは向かって左の細い首筋を真横から打ち据えた。
「キャッ!!」
ユリアが見ていられないとばかりに顔を背けた。
アデスは。
倒れなかった。
その時、本日見せたことのない黒い稲妻のごときスピードで、アデスの両腕がブレたかと思うと、双子の二本の棍は、先端をその左右の黒い包帯の手に掴まれた。
今までのどの試合を見ても、アデスは緩慢にしか動けない、そう思い込んでいたアンとビスが驚愕する。
双子は反射的に棍を引こうとするが、万力に挟まれたようにびくともしない。
それどころかアデスは無造作に棍の先を握り締め、双子を怪力と呼べる膂力でもって、今にも一雨来そうな曇天へ掲げるように高く持ち上げた。
棒先のアンとビスは、美しいだけの神前組手大会のお飾りではない。
大会の五年連続覇者である。
だからアデスが片手でそれぞれ168㎝45㎏の自分達を持ち上げたところで一々驚きはしない。
二人は揃って「フン」と鼻を鳴らし、素直に棍を諦め、三メートルほど下の舞台に降り立とうと手を離した。
しかし、その落下地点には一陣の黒い風、タマルが駆けていた。