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221話 怪しきオブジェ

 さて、波乱の南部競美会も、大興奮の三次水着審査に移り、それもあれよあれよという間に終了し、いよいよ最終審査に残る三組が選ばれることとなった。


 無論客席のドラクロワ、先の水着審査にてサフランのごとき黄色のセパレートタイプ、また真紅の部分鎧、そして深紫の一体型を認めるや、豪奢な座席の肘置きを掴んで紙のように引き裂き、隣席のカミラーを大いに戦慄させた。


「うぬれ……な、なぜに奴等が……」


「はっ! これは何かの間違いに御座りましょう!

 最早黙してはおれませぬ! すぐさま審査委員会を血祭りにあげて参ります!!

 魔王様! しばし御待ちあれ!!」

 業を煮やし、席から跳んで降りたカミラーの手先から、メギメギと何かが伸長した。


 そこへ──


「ドラクロワ殿ぉ!! カミラー殿ぉ!!」

 老人の感極まったような声音が届く。


「ん? なんだ? ウム。カミラーよ()つのは一向に構わんが、その前に先ずは葡萄の代わりを申し付けよ」


 ドラクロワは緑の空瓶を振ってカミラーへと手渡し、その出ていこうとする先にいる衛兵に軽くに会釈を済ませ、矍鑠(かくしゃく)とした足取りで歩み来る、老紳士らしき風采のモノに白い顎をしゃくった。


「おお! 流石はドラクロワ殿! まさしく"ザル"に御座りますなぁっ!

 いやいや、相変わらず独創的で結構結構!」

 黒く(つや)めくシルクハットを下ろしたカゲロウ=インスマウスは、ドラクロワの足元に整然と並べられた空瓶を見てとり、感嘆と小さな拍手をさえ添えた。


「ん? (おのれ)は確か……芸術にトチ狂った酔狂の街の顔役、あのハゲチャビンではないか!」

 アドレナリンの氾濫に熱く酔うカミラーは小さな顔の眉根を寄せ、迫り来るカゲロウを見上げた。


「おお! カミラー殿! 貴女も変わらず独創的に絶世の美貌にあられますな!

 もう数年もすれば、あそこの表彰台などは貴女の独壇場にございましょう!

 いやいや、誠にお懐かしゅうございます!」


「ウム、あのカゲロウ、か……お前もまたムダに元気そうだな。クッ!」

 取るに足らぬ人間族の一個人の名前を(しか)と覚えていたとは、このドラクロワにしては奇跡とよべるほどの椿事(ちんじ)である。


 そして刹那、スマホゲームの中々に面白そうなのを発掘し、最初からアレをしろ、次はコレだとやたら前置きが長いのは、まぁよしと了承して(よくない)、無数の新規通知マークを片っ端から消してゆくも、なにをどうしても消えない項目があり、その理由がまあぁったく分からないときのように(憤怒)、"芸術"という言葉に生理的嫌悪を露にするのも忘れない。


「はい! もう直ぐにでもご尊顔を拝謁しようと悶々とさえしておりましたが、立場上中々そうもいかず、大変にご挨拶が遅れました」

 カゲロウは再会が嬉しくて仕方がないようで、グリッと目頭を押さえた。


「ウム。まぁ、お前のような老人には先というモノがないからな、精々この俺の顔を見れる機会を珍重するがよい。

 で、その"立場上"とはなんだ? まさかお前、軍に関わりでもあるのか?」

 ドラクロワが左の犬歯を押しつつ、どうでもよいことのように訊く。


「フフフ……このカゲロウは、こう見えて中々に高名な人物なのですよ……」

 老人の背後から(とろ)けるように渋い声音が鳴った。

 ワイラーの隠者にして大魔導師、ロマノ=ゲンズブールである。


「ウム、お前か。お前も、相変わらず……だな」


 ドラクロワは、その場で恭しく片膝を折り、(ほとん)ど地に平伏せんばかりの元魔戦大将軍。

 その黒と紫の縦縞のマントの下に、薄織りの下着の上下のみという露出兇具合を認めた。


 そして、小さな黒子(ほくろ)がアクセントの、決して大きすぎす、また断じて貧しからずな程好い(バスト)の谷間を見て、恐ろしい渋面になった。


「はい。ドラクロワ様におかれましても、変わらずご清祥(せいしょう)のこと、謹んでお慶び申し上げます」

 ロマノは臆面もなく、ただ(しと)やかに淡い麝香(ジャコウ)を香らせるのみだった。


「……で、元大将軍殿。このハゲチャビンと貴殿とは遥々(はるばる)このブルカノンまで、何を成しに参られたのじゃ?」

 主君と同じく、純白のモッツァレラチーズ二塊を想わせる物体に邪視をすら当て、深い尊敬と露骨な敵意をない()ぜにしたカミラーが問う。


「ハゲチャビンとは、また可愛らしい渾名(アダナ)ですね。

 フフフフ……」

 ロマノはただ目を細めて艶然と微笑むだけだ。


「モト? ショーグン? あ、はい。不肖私、数年前からこの南部競美会の審査委員長を務めておりまして、こちらのロマノ氏もその副委員長という訳で、この度ご参加いただいたユリア様達と同じ、独創的な伝説の光の勇者にあられるお二人には、立場上、公平を()すため最終審査が終わるまでは接触を控えるべきと、こう……」

 途中まで(よど)みなく述べたカゲロウだったが、突然総毛立つような、何やら妙な寒気を感じ、つい前方、顔に異様なまでに陰の差したドラクロワとカミラーをまじまじと見た。


「デ、アルカ……"ウスバ"のカゲロウ、貴様生きて帰れると思うなよ……」

 歯軋り混じりに唸るドラクロワ。


「ん? いやいやドラクロワ殿もお人が悪い。小生が下戸(ゲコ)であるのはご存知でしょう。

 ふむ、それをご周知のうえで、今宵死ぬほどの鯨飲に付き合えとのことですな?

 (かしこ)まりました。小生、今夜ばかりはとことん、それこそ死ぬ気でお付き合いいたしましょう! ハハハハハ!」

 

 ユリア達を審査員最終投票の座にまで押し上げた尽力と功績を認められ、それを労う豪勢な晩餐会を想い、(こりゃ明日は仕事にならんなぁ)と、早くも光栄に満ちたりたる老紳士だった。


 一方のカミラーは、低位置から対峙するロマノのたおやかな肢体を見据え、必死になってスキを探す。

 だが、そこに漫然と垂らされた白い両腕とは、勇猛さで知られた名家の当主、元魔戦将軍カミラーをして付け入るスキが一分も見当たらない。


 それをただ超然と見下ろす、恐ろしく扇情的な毒婦を想わせる大魔導師だったが、何を思ったか、スッと舞台へと視線を移した。


「ンム? どうやら始まったようですね」


 その、ゾクゾクするような蠱惑(こわく)の丸顔の先には大理石の表彰台が運び込まれ、その背後には、この競美会の支援者であるゴルゴン酒造の看板──

 高さ三メートルを優に越える巨大なワインボトルのオブジェが、舞台の(まんなか)に、まさしく広告塔として設置されていた。


 そして、礼服の司会者が颯爽と現れ、皆の待ちかねたような歓待の拍手を浴びはじめていた。


 そして直ぐにユリア達三名が舞台上に招かれ、続いてあのゴルゴンの三姉妹、またそれに比肩するような美貌の三名という、都合三組9名の揃い踏みとなる。

 自然、巻き起こる万雷の拍手と歓声。


「ふふふ、ドラクロワ殿。小生がどの組に票を入れたかお分かりですかな?

 うふうふ、独創的に(モチ)(ロン)……」

 上機嫌な審査委員長が問わず語りに明かし始める。


 ドラクロワは真っ直ぐに巨大な魔法スクリーンを()め付け、矮小な人間の老いぼれごときに、こんなに殺意を覚えたは初めてだな、と不思議と氷のように冷たい思考を自覚していた。


「えー、お集まりの紳士淑女の皆様! 大変長らくお待たせいたしました!!

 いよいよ最終審査の結果発表となりますッ!!」

 中年の司会者が感じ入ったように舞台上の三組を振り仰ぐ。


 当然それに呼応するように、観客席の興奮と熱気はいやましに膨れ上がる。

 だが、その最中(もなか)のドラクロワは、ただ至近距離の老人をどう虐殺(りょうり)すべきか考えていた。


(ウム、流石に伝説の勇者が公の場で人間を殺すのは不味い、か。

 それにつけても、墨のような黒焼か、それとも凍らせてからの粉微塵か、或いは鎌鼬(カマイタチ)で八方から刻み殺すか、どれにするか悩ましいとこだな……。

 あいや、待て待て、ただ即死させるではあき足らん! いっそのこと、そっ首を跳ねて野良犬かなにかとすげ替えてやろうか?)


 その嗜虐的(サド)な狂おしき逡巡しゅんじゅん)に、喚起を促すような魔族間特有の思念波が届く。


(──魔王様、あれを……)


 舞台を凝視しつつ、わずかに顎を上げたロマノである。



「え、あの……貴女は一体……」


 舞台では、黒いスーツの司会者が、惚れ惚れするような飛翔で突如現れた、端的に小柄と()ってもよい、赤と黒で彩られた闖入者に狼狽(うろた)えていた。


「へえ、この間の大の戦闘好きのアンタ達が、伝説の光の勇者様だったなんてねえ。

 まあったく、本当、奇遇ってのもあるもんだよ。

 で、神聖魔法が得意ってなあ、どの娘だい?」

 しゃあしゃあと言って、真紅のフードを取るのは、あの謎多き修羅族の凄腕女闘士トーネである。


 無論、この妖美なる乱入者に司会者のみならず、舞台演出家から魔法照明係、また舞台脇の屈強な衛兵等までが騒然となる。


 そして、その動揺は迅雷のごとくに観客席すべてにまで波及した。

 さて、これは何事か。例年にない凝った演出のひとつか、それとも単なる不審者の侵入か、と様々な憶測が繚乱(りょうらん)する。


 直後、二メートルを越える青いプレートメイルの群れが迅速に舞台に上がり、それらの先頭がトーネへと迫った。


「ご婦人。(いささ)か飲酒が過ぎられましたかな?

 ご安心ください、我々は決して手荒な真似をするつもりはありません、どうぞこちら、」

 と、ひときわ剛健そうな衛兵が、ぐっと圧し殺したような低い声を発しつつ、謎の不審者の二の腕を()らんと接近すると──


「ハッ、気安くよるんじゃないよ」

 

 カコォン、とばかりに、何か硬質な塊で鋼を打つような音が鳴り、衛兵の大角(おおつの)兜の像が水平にブレた。


 見れば、その衛兵は何かの不可思議な力で(もっ)て頸骨を何周も捻られたようで、挙げ句、自分の背中方向へと顔を向けさせられており

「お、おぉ……こ……に?」

 と言葉にならぬ不気味な呟きを垂れながら、そのまま前後におぼつかない足取りで、ヨタヨタと歩き、遂には背中側に大きくバランスを崩して舞台から転落し、下方の闇へと姿を消した。


 刹那、観客席からは無数の悲鳴が上がり、ホールはまさしく狂乱怒涛の恐慌状態となる。


「ちょ、ちょっとあなたっ! いきなり現れて何て酷いことをするんです!!

 マリーナさん! 私、落ちた衛兵さんを()てきます!!」

 ユリアは悠然と蹴り足を下ろすトーネを一瞬だけ、キッと睨むように見てから、死に体で五メートル長もの舞台から転落した衛兵を介抱すべく、階段を求めて舞台袖へと駆けようとした。


「ちょいと待ちなよ。"看てくる"ってこたあ、この前、出来損ないとはいえ、"閂毀(かんぬきこぼし)"をやってくれたお嬢ちゃん、お嬢ちゃんが神聖治療魔法が十八番(とくい)の勇者なんだね?」

 トーネは、ようやく獲物を見つけた猛獣のごとく、チロリと黒く塗った唇を舐めた。


「ユリア! 行ったげてっ!!」

 と、そのトーネの追撃を露骨に妨げるように、本日、終始半裸を全うしたマリーナが歩み出た。


「あ、はい……で、でも、マリーナさん……」


 無論、ユリアはトーネの危険性を身をもって熟知しているからこそ、徒手空拳のマリーナに頼ってよいものか躊躇し、思わず脚を止めてしまう。


 また、見れば、マリーナ隣のシャンも、美々しい紫色のドレスの膝をわずかに引いて歩を進め、無論助太刀すべしと、ダラリ両手を提げ、完全な脱力状態となっている。


 その一方で、いきなり隊長を失った衛兵達は、一瞬呆然となり、混乱しつつもどうしたものかとお互いを見合せ、揃ってそれぞれの腰の鋼剣、その(つか)に利き腕のガントレットを向かわせる。


「はぁ、不粋にも突然現れた貴女、一体何者です? 

 この舞台がどれだけ意義深いか知らないのですか?」


 衛兵達の生垣向こうから居丈高に言って、手にした桃色扇子でトーネを指すのは、あのゴルゴンの長女がメデュサだった。


「はっ、メデュサ様! 危険です! もそっとお下がりを!!」

 トーネから可憐な乙女等を遠ざけるべく衛兵達が騒然と動く。


「フフフ……雑魚どもは引っ込んでな!」

 しっしとばかりに平手を振るトーネ。


「あなたは一体何が目的でここへと上ったのです?

 ハッキリ言って場違いですから、さっさと消えなさい!!」


「そーそー! 本当気味の悪い女!! 不快不快!!」

 秀逸なる美貌のみならず、恐れを知らぬのも姉ゆずりか、ゴルゴンのステンノ、エウリュアレもまったく(くちばし)退()かない。


 その間も衛兵達はそれぞれに身動(みじろ)ぎ、遂にはそのうちの若く血気盛んな者が、抜刀の()ありとして鯉口を切ったのを境に、ザジャーと皆が鞘鳴りを響かせ、その三十近いロングソードの切っ先をトーネへと向かわせた。

 そう、まさしく一触即発である。


「あははははっ! どうにも世間知らずな、いけ好かないお嬢ちゃん達だねえ。 

 ま、それでも問われたからにや名乗らせてもらおうか!

 アタシゃ魔王軍の懐刀! その名も天下無双の蠱毒(こどく)部隊が筆頭トーネ!!

 今日は遥々北の魔王からの勅命により、そこの光の勇者の首を獲りに来たってえ訳さあっ!!

 あーッはッはッはぁー!!」

 大見得を切るように宣言したトーネは、両の黒革の手を緩やかに、かつ妖しく舞わせると、やや腰を落として、露骨な戦闘構えにしてから、ピタリと凝固した。


(魔王、さま?)

 

 これに、心中にてほぼ同時に漏らしたのはカミラー、ロマノ。


「ウム、全然知らん。が、退屈なだけの競美などよりは幾らかましな見世物にはなりそうだな」


 ドラクロワは、(たちま)ち無残絵と化しそうな爆発寸前の大舞台を眺め、今やっと溜飲を下げたように目を細めたという。

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