220話 有り難迷惑
『大陸南部一の美女を探せ!』というフレコミのミス南部だったが、早くも一次、二次と審査は進み、今や最大の難関と云われる三次の水着審査を待つのみ、といった段階である。
まぁ若干一名、華美なドレスなどは通気性に欠け、汗疹の元となるとして、頑なに着用を拒み、独り先走るように際どい水着同等の部分鎧で登場した猛者がいた、が──
「ウム、この俺とて、それなりに永く生きてはきたが、これほどまでに人間族の自己紹介とやらを聞いたのは初めてだ。
しかし──」
久方ぶりに登場のドラクロワだったが、この広大なホールの一階席、そのちょうど中央部に設けられた主賓席に悠然と鎮座していた。
またこの男らしく、相も変わらず、いずれ劣らぬ至宝・珠玉のお披露目にも、ニコリともせず、南部きっての大財閥であるゴルゴン酒造の葡萄酒を次々と空けているばかりである。
無論本日の大ホールは、すり鉢型を形成する二、三階席をも含め、ただのひとつの空席もない、完全な満員御礼状態である。
そして、その大観衆を熱狂させたのがまた、この大陸では滅多に見られない、ある特殊な幻術・拡声魔法で、それによりステージ奥の巨大な壁一面は色とりどりの光を放ちつつ、光彩のモザイクを目まぐるしく形成し、麗しき参加者らの美貌を大きく大きく映し出していた──
さて、その大迫力音声付き幻灯術も一時的に消失し、今のような休憩時間ともなれば、貴賓席真中に据わる、彼の伝説の光の勇者とは一体どんな面構えかと、五万を越える熱い視線がドラクロワ一点へと集中することになる。
「はっ、あの三馬鹿娘らが、少なくとも二次審査にまでこぎ着けようとは、いかなる由にござりましょうや……」
魔王の隣席にて両手を膝に、チョコンと佇むカミラーも、先程マリーナが花道にて披露した、異色異質なれど水際だった大剣演舞を思い出しつつ、憎々し気に相槌を打つ。
ちなみに、そのマリーナに続いたユリアの自己アピールとは、つい最近"ナインサークルズ魔法大学"が刷新したという、"てんかん患者"に高等な魔法使いが多い理由、に対する独自解釈と論考の解説であり──
また殿のシャンに至っては、完全に据わった眼で、大宇宙の究極真理の解き明かしを
「うん、極力難解な言い方は避けようか……うん、そうだな、言うなれば一は個にして無限大。
そして、いつしかその無限大は一へとまた戻ることになる。
言わずもがな、このすべては無私の愛によるものであるとする──
そして、うん。森羅万象、最後は鉄。そう強固なる鉄のようになってしまうのだな……」
という、何が"言わずもがな"なのか、まったく不可解なる導入にて滑り出し、即座に会場を沖の遥か遠くまで退かせ、妙な空気で充満させながらも少しも悪びれることもなく、むしろ晴れやか、かつ颯爽たる退場を極めたという。
あな、恐ろしや伝説の光の勇者──
「ウム、それよ。あのように垢抜けぬ出鱈目な奴等が、すげなく門前払いを食わされる事もなく、よもや二次審査とやらにまで残るとは、な……。
まさか、とは思うが、奴等このまま──」
過日、あの"ドラクロワ赤っ恥計画"にて、不本意に芸術を披露させられた魔王は、切歯扼腕、ギリギリッと奥歯を鳴らすのだった。
「いや、断じてそのようなこと、あろうはずもございません!」
必死にピンクの頭を振り、言下に否定するしかないカミラーだった。
「……ウム、奴等がこの万客を前に、それこそ死ぬほどの赤っ恥を曝すのを、今か今かと待っておるのだが、な。
ぇええい! 手ぬるい! 大体からして、あそこに居並ぶ審査員とやらはどうだ!?
こと三色馬鹿団子の番となると、皆、貝のように口を閉ざしたきり、未だ一言半句の酷評も漏らさんではないか……。
ウヌ!? よもや審査側にて、奴等が光の勇者であるのを斟酌し、査定を甘くしておるのではあるまいな……」
唸るように言ったドラクロワは、つい白い右の手を漆黒の魔剣"神殺し"に這わせる。
だが、そこにあろうはずの束はなく、ただただ口惜し気に空間を握り潰しただけだった。
それというのも、この競美会場には、あらゆる武器、魔法杖の持ち込みが禁止されており、如何な伝説の光の勇者とてその御多分に洩れず、あらゆる武装は入館に際して軍により一時保管がなされていたせいである。
またそれに加え、このドラクロワの装備する、まともな人間なら眩暈をおこすほどに禍々(まがまが)しい暗黒全身鎧をも服装規定には恐ろしく程遠いとされ、運営貸出の礼服へ着替えるようにとの指示もあった。
だが──「是非も無し」と、異様に眼光鋭いドラクロワが、ポイと無造作に投げて預けた魔剣、その信じられないほどの重量に、横並びの屈強な軍人ら三名が瞬時に押し倒され、阿鼻叫喚その場にて骨折圧死せんばかりのとこへ──
「デ、アルカ……ウム、これも規定とあらば仕方ない。
だが、この具足の目方、そこの剣の比ではないぞ」
という、単なる脅しとしか云えぬ、戦慄の自己申告があり、あいやもう結構と、なんとか着替えだけは免除させたもうたのだった。
その不愉快な経緯などを回顧しつつ白い拳を固め、双眸から赤光を放つドラクロワを認めたカミラーは、ギョッとして目を剥いた。
「んはっ! たたた確か、このブルカノンに来て直ぐ、ガスパリとかぬかす愚将めが、この競美会にてモノをいうのは、ただただ美しさ一点のみであり、ゆえに一切の依怙贔屓は出来申さぬとほざいておりました。
……更に先程から見ておりますと、それなりに淑女然とした他の参加者らに比べ、単なる野卑の極みでしかない、あの三馬鹿らの目も当てられぬ浮き具合からして、すでに次の幕などあろうはずもなく、見事落選しておること間違いなしに御座りましょう!!」
と、一気に捲し立てる、妙に物覚えのよいカミラーだったが、彼女自身、ここにきて並々ならぬ焦燥感を感じずにはいられなかった。
そう、カミラーとて、少し前にイヅキで味わわされた屈辱(191話参照)を晴らしたいという、その思いでは主君と共通なのだ。
つまり、この主従が渇望せし光景とは、競美会閉会式に際してのある一幕。
「いやー、思いがけず今回特別に参加をしていただいた、伝説の光の勇者様方でしたが、惜しくも表彰台には届きませんでしたぁ。
えーお集まりの紳士淑女の皆々様、このお三方が本日、まさしく色んな意味で"勇者"であるということを自ら公にしていただいたということで、今一度、ここに盛大な拍手をいただきたく存じますぅー。
ということでー、意気揚々、いやさ獅子奮迅にご参加されたお三方には甚だ申し上げにくいのですが……。
ま今後はですな、こういった畑違いの競美会参加などはご遠慮をいただき、勇者様方の本分である、あの憎き魔王の討伐にこそ御専念していただくー、ということでー、あー宜しいですかぁ?
あら? お三方共どうなされました? ご自身の爪先に何かついておいでですか?」
といった具合で、この大舞台にて慇懃無礼な冷評をいっぱいに浴び、まさしく道化師となった三名が大いに恥じ入り、揃ってやり場なく紅潮する姿を目の当たりにすること。
また、そこからの席からこぼれんばかりの抱腹絶倒へと至ることこそ本願なのである。
さて、その局地的に息の詰まるような客席の裏側──
別棟最上階に隠りし審査委員会であるが、今しもそこでは、まさに喧々諤々(けんけんがくがく)の大議論が繰り広げられていた。
その室中央の大円卓を囲んでいる三十余名の審査会議の委員とは、毎年恒例のお馴染みの面子であり、これがまた、どれもこれも一癖も二癖もありそうな、美に関する様々な分野の大重鎮が集っていた。
だが、今や彼等の殆どは、まるで茹でダコのように真っ赤になって泡を飛ばしつつ、審査委員長と、その隣席の副審査委員長を糾弾していた。
「い、委員長っ!! いい加減にしてもらえんか!?」
「貴方はこの歴史と伝統ある南部競美会の権威を地に落とすおつもりか!!」
「そうです!! まったく、あのような、およそ洗練から程遠い者達をこれ以上残したいだなんて、今年の副委員長もどうかしてます!」
「あぁ、このままでは前任者達に顔向けができないっ!」
といった論調の痛烈な口撃批判、その殆どを浴びる老いた委員長だったが、彼はカエルの面になんとやらで、毛ほども揺るがず、まさに泰然自若としたものだった。
そして、一通りの反論の波が止んだのを期に、静かに単眼鏡を押さえ、悠然と審査委員全員を見渡すや、コホンとばかりに咳払いを鳴らした。
「──ああ皆さん、これが何度目か忘れたほどに繰り返しになりますが……。
この私、誓って依怙贔屓などするつもりはありません」
老紳士は禿げ頭の下、そこの黄金の襟足を軽く払って言った。
「フフフ……」
隣の大きなレディースハットの副審査委員長も艶然と笑う。
「はっ? 繰り返し? 繰り返しですって? 委員長!! それはこちらの台詞です!
何度も申し上げますが、ここにいる私達全員は、あんな寸足らずや、碌に口のききかたも知らぬ粗野な女冒険者風情も、また薄気味悪い哲学者モドキなども断じて認めるつもりはありません!!」
ヒステリックに叫ぶのは、この道60年の靴職人の老婆である。
「まぁそう激昂なさらず、どうか聞いてください。
そうですな、どこから話せば宜しいか……。
そう、小生は……この誉れ高き南部競美会、その三代目委員長に任命された年より更に遡ること数年、まだただの一審査員の身であった頃より、この競美会へ一つの疑念にも似た、ある種の違和感、いや叛意をすら宿しておったのです」
委員長は見事な跳ね髭を頬面へと押さえつけつつ、赤と黒の縦縞スーツの身を真っ直ぐにただし、昔を回顧するような遠い眼になった。
「おや……叛意、ときましたか、これはまた穏やかではありませんな」
パイプを吹かして眉を寄せるのは、南部随一の宝石商の偉丈夫。
「確かに少し"独創的"な表現になってしまったかも知れませんな。いや、これは失敬。
フム。で、その違和感でありますが……それより先ず私、確かにこの南部競美会の意図するところの高水準なる美の大集結。
これぞまさしく絢爛豪華にして百花繚乱の誠に秀逸なる行事であることに、まったく異存はございません」
感慨深げにうなずく委員長。
「フフフ……」
きらびやかなマントローブの副委員長は再度含み笑いを添える。
「あの委員長。そのもって回ったような言い方は控えてもらえませんか?
当然貴方も、三次の審査開始まであまり猶予がないのはご存知でしょうに……」
「まぁまぁ、この委員長が演説好きなのは、決して今に始まったことではないでしょう。
一先ずここはゆっくりと聞きましょう」
幾らか援護に回る宝石商は、委員長と親しく、また同郷でもあった。
「あぁ、ありがとうヴェルサス卿。では続けます──
そうですな、うん。この茫洋とした世界に君臨せし美しいモノの内でも、まさしく極点というに相応しい、みずみずしい若き女性の美という重宝を審査するという、なんとも重大な責務を担いし我々一同なのですが……。
その独自の様式美というものがあまりにも"お定まり"、いや独創性にかけるのではありますまいか?」
「ん? お定まり? あの、つまり委員長は、我々のほこる審美眼というものにケチをつけたいのかね?」
「いえ、決してそのようなことを言いたいのではありません。
ただ今一度、今日に至るまで連面と続く、競美会の表彰台を飾ってきた栄えある優勝者たちを振り返ってみていただきたいのです。
さぁいかがです? これがまた例のごとくに、飽くまで色白く、背高にして、ほとんど硝子細工を想わせるような華奢な身体、そんな体裁ばかりが台頭しているではありませんか」
委員長はお気に入りの美麗なるカットの刻まれた小グラスを親指で撫でつつ、神妙な面持ちで名士女傑らに問いかけるのだった。
「……ふむ、それで?」
「まぁ言われてみれば、確かに……」
「フン! 例のごとく、ときたか……」
と、即座に誰もが反感を抱き、そして先を促した。
「はい。そのうえで、この我々というモノは、各方面である程度評価を集める見識者であり、また、玉石同架なこの世界において、真に美しいとはなんたるかを求道してやまぬ、第一級の徒としての自負があるはずです。
それが、良くも悪くも、このままいつまでもいつまでも王道から少しもそれることなく歩みを続け、まるで"若い女エルフ然"とした、そんな画一的美貌の型ばかりを追求していてよいものでしょうか?
そんな殆ど判で捺したような、お定まりの美女像を認めるばかりでなんになる、と、水と芸術の都カデンツァを代表する不肖私は長きに渡り、自問自答、いやさ煩悶の日々を繰り返してきたので……あります」
どうした弾みか、委員長は眼に一杯の涙を溜め、わずかに声を震わせた。
「ふむ、委員長の言いたいこと、よく解りました。
だが、この世界には、"今更"という言葉もありますよ?」
確かに宝石商の反駁ももっともである。
無論室内は「そうだそうだ」の掛け声じみた怒声に満ちる。
「確かに、おっしゃること分かります。伝統と習慣とは、永いほどに余計に抗し難いものですから。
しかし、こうは考えられませんか?
長きに渡り、この星は彼の魔王の支配下におかれ、ずっと暗黒の時代にありました。
ですが、それが大陸王により正式に認可を受けた伝説の光の勇者団の登場により、今や終わりを迎えようとしています。
そうです! 想像してみてください! 皆が何者にも邪魔されることなく、美しき人生を思う存分に謳歌出来る、そんな独創的な輝ける光の時代が、今やもうすぐそこに迫っておるのでありますッ!!
しかも──です。
奇しくも、その勇者団のユリア様、マリーナ様、そしてシャン様が、今現在の我々がおよそ計り知れぬ、幾らか独創的ではあるものの照々(しょうしょう)たる美を携え、今競美会に参加なさろうとは……。
おふぅ……そろそろハッキリ申し上げても宜しいか?
つまり、あのお三方の到来こそが、この星が待望久しき究極の理想郷へと戻る証そのものなのであります!!
これぞ! 七大女神様達によるご信託、いやさ明確なる啓示としか思えませんッ!!
ならば! 我々も今こそ手を取り合って、その新たな黄金時代を堂々と迎えようではありませんか!!」
委員長は感極まったように両手を広げ、恐ろしく冗長な演説を締めくくったという。
すると、数瞬の間をおいて、居並ぶ審査員らからまばらな拍手が上がり始めた。
「……う、うん。委員長、まさかそこまでお考えとは……」
「そうか、新時代……の、幕開けか」
「さ、さすがです! 我らが委員長万歳! 」
といった具合で、拍手喝采歓声に沸く室内の直中にて──
(──ふう……この度も皆さんが、本当に……で良かった。
ドラクロワ殿! ユリア様達のこと、万事小生にお任せあれっ!!)
と、この星の抑圧された人間族共通の夢と、熱烈なる七大女神達への信仰心とに目をつけ、どうみても単なる"論点のすり替え"でしかない演説を完了させた詭弁の委員長。
その名も"カゲロウ=インスマウス"(初出109話)は、一人悦に入って、ユリアの魔導の師である副委員長の"ロマノ=ゲンズブール"の妖美なる瞳を見てから、そっと幕を下ろすように大きくうなずいたのである。