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206話 他薦のみ

「そろそろ追加のご注文でも、うかがおうかしら」

 と最奥の個室席のドアを軽く叩き、厳かにそれを横に滑らせて頭を垂れた女給だったが、つい先ほど五名様として通したはずの、そこの六名席が謎の増殖を遂げ、きっちり満員となっているのに僅かに驚いた。


「……あ、こちら様はお知り合いでございましたか。でも、こんな嬉しい偶然も素敵なものですね」


 そこには、いずれ劣らぬ美貌の光の女勇者団と、またそれらとは激しく毛色の異なる、たっぷりと毒を含んだような魔性の女、赤と黒の暗殺者トーネが仲良く腰掛けていた。


「あー、いいとこに来てくれたねー。えとエールのお代わりと、なにかこうピリッとしたブタの腸詰めみたいなのがあったらお願い!」

 マリーナが空のジョッキを差し出しつつ、溌剌と既知感(デジャヴ)漂うオーダーを放つ。


「じゃあたしもエールから貰おうかね。あとさ、手間かけさせて悪いけれど、隣に置いてきた葡萄酒もこっちに運んじゃあ貰えないかい?」

 トーネも穏やかに言い、壁越しに元居た個室を指すのだった。


 シャンはその少しも気取らない所作を鋭い横目で捉えつつ、手にした大きな玉の上部をカットしたようなグラスを揺らし、中のムスカリのように青いカクテルを転がした。


「うん。ひとまずはそれでいい」


「あ、はい。では直ぐにお持ち致します」

 女給は嫌味なく言い、直ぐに出ていった。


「えーと、いきなりご登場のアンタ、いやアンタじゃーなんだしさ、とりあえず、ここは皆で自己紹介ターイムといかないかい?」

 ニッと口角を上げたマリーナは、主に隣で優雅に脚を組む小柄な客人へと促した。


「ウフフ……まあそらあ、ご(もっと)も。じゃ、いきなりお邪魔した、このあたしから名のるてえのがスジってもんだよねえ。

 ええと、あたしゃ、ちょいと武芸をかじってる(モン)で──」


「うん。その自己紹介なのだが、(はなは)不躾(ぶしつけ)で悪いのだが、少し待ってはもらえないだろうか?」

 細い上腕を握り込むように腕を組んだシャンが割り込んだ。


「えっ?」

 ユリアがつい不思議そうな顔で、その東洋的美貌を振り仰ぐ。


「うん。貴殿だが、ここに入ってきたときからずっと、凄まじく高純度に精錬し抜かれた並々ならぬ闘気をまとっておいでだ。

 今こそ"かじっている"などと、ご謙遜はされたが、言うまでもなく、かなりの武芸を修めた達人、いや貪婪(どんらん)に無限の高みを目指す、無間の女修羅にも見受けられる。

 だから──」


「フフフ……なあるほど。粋に鳥兜(トリカブト)を匂わせるあんた、なりこそ若いがタダモンじゃあなさそうだ──

 それから、この、のっぽの眼帯美人さんの全身は刀傷にまみれ、壁には鋼の六角棒と大剣が立て掛けてある、とくりぁ、ここで要らぬ名のり合いは野暮な因縁を造っちまうってえ、そう言いたい訳だね?

 いいよいいよ、じゃあ少しばかりつれないけれど、この場はアンタ、アタシで通してみようじゃあないか」

 軽くうなずきながら気安く請けたトーネだったが、その虎のような瞳だけは少しも笑っていなかった。

(ケッ!!生意気な口を利くんじゃあないよ!この餓鬼ども!!)


 無論このやり取りにシャン以外は揃って顔を曇らせる。


「あぁ。ご理解痛み入る。フフフ……貴殿は大変に腕が立ちそうなだけでなく、相当に頭もキレそうだ」

 シャンはそう侘びるように客人へと言いながらも、視線はピタリとマリーナに合わせていた。


「…………フンフン。んま、シャ、いやアンタがそう言うならアタシャ、イギナーシだよ」

 妙なところにだけは勘のはたらくマリーナは、女にしては広い肩をすくめて恭順の意を表した。


「え?マリ──」

 ユリアも名状し難き、ざわつくようなただならぬモノを肌で感じたらしく、言葉の途中でパクッと口を閉じ、小さな人差し指でそれを押さえ、続きを封じた。


 いうまでもなく、シャンを崇め心酔するアンとビスは、この流れになにかを差し挟む訳もなく、いつものお澄まし顔で、座高を真っ直ぐに伸ばしたままである。


「アハッ!でもさ、でもさ──例えば、こうして初めましてー、の"握手"くらいは構わないんでしょ?」

 ブラウンの眉をワキワキと上げるマリーナは、向かいのシャンが己の真紅の手甲の右を刺すように見ているのに気付き、それをトーネへと向かわせた。


「うん。無論だ」


 そう短く唸るように答えたシャンの声を聞くトーネは、何の気なしに自分へと差し出されたマリーナの指ぬきグローブの手を見下ろした。


 これに皆は慄然としつつ想わず瞠目、刮目する。


 この一見何気なさそうな社交的行為だが、いつかの日に彼女達が女部屋で取り決め、示し合わせた、唐突に現れし正体不明の不審な者を測る"審査の儀式"であった。


 つまり、もしこのトーネが魔族の刺客であるならば、なんのかんのと理由をつけては、光の勇者マリーナの強力な対魔属性の波動に充ちた素手など握らぬ筈だった。


 だが──


 トーネは少しの逡巡もなく、同じ指ぬきグローブでその手を握ったのである。


「へえ。こりゃ断じて趣味、(たしな)みで女だてらに剣を握ってます、ってな手じゃないねえ。

 フフフ……名のらぬが花、か。確かに、自分がこの世界の一番だって自負する、なにより強者に挑むのが三度の飯より大好きってえ武芸者なら、つい切り落としたくなるかもねえ……」


 と、マリーナの剣タコにまみれた掌をしげしげと観察しつつ平然と言うトーネだったが、その白い顔にも、声にも何ら苦痛の色も変化もないことを確認したユリアたちは、一様に心中にて胸を撫で下ろすと、薄い愛想笑いなどを浮かべながら、各々(それぞれ)が深く席へと座り直すのだった。


「あのう……やっぱりその……私達の可笑しな話題と大きな声がご迷惑でしたか?」

 不可思議なる"聖魔テスト"が済んだところで上目遣いに問うユリア。


「ん?いやいや。全然そうじゃあないんだよ」

 トーネはマリーナに預けた手を戻しつつ答えた。


「うん。となれば、先ほど我々が話していた"究極の格闘術"に食指が伸びたと?」

 シャンは、ズケリと真正面から言い放った。


 それを一瞬だけ、カチリと見たトーネだったが──


「あはははっ!そうズバリと言われるとお恥ずかしい限りだねえ。

 いやね、あたしゃなにも壁に耳をくっつけて盗み聞きなんてしてた訳じゃあないんだよ?」


「あーぁ……な、なんだか、またまたとーってもイヤーな予感がしますぅ……」

 ユリアが目頭を押さえつつ天井を仰ぐ。


「フフフ……どうやらその恐ろしい技の使い手さんてえのは、声からして、かわいいかわいい此方(こちら)さんだね?」

 トーネの妖しく艶めく黒い唇は、見付けたよ、逃がしゃしないよ、と笑っていた。


「アッハハ!そーそー!ウンウン分かる!分かる!いやー分かるよー!

 アンタもイッパシにブゲイをやる人ならさ、お隣さんから"無敵"とか"最強"とか聞こえてきた日にゃ、さっすがにー、あーあーそーですかー、ソリャ見上げたもんだー、じゃーすまないよねー?」

 なにやら多分に親しみを覚えたらしきマリーナが、カラリと笑って、待ちかねた女給を迎え、エールを受け取った。


「あははは。不思議とばれちゃうもんだねえ。そうなんだよ、それとね──ホントに可笑しな星の巡り合わせとしか云えないんだけれど、偶然このあたしも此方さんと"同じ技"を修めててねえ……。

 冗談抜きで、益々だまっちゃおけないんだよっ!ホントに可笑しいったらないねえ!あはははあー!」

 (いささ)か芝居がかったように笑ってのけるトーネだったが、その燃える瞳の恐ろしさはシャンの目を細くさせるに充分だった。


「あえっ!?お、同じ!?えぇ!?そ、それってどういう意味ですか?」

 ここにきて混迷しっぱなしのユリアが己が耳を疑うように訊いた。


「へぇー!んじゃアンタも武器も魔法もゼーンゼン使いませーんてヤツかい?

 ンーンー、コリャまたメズラシー組み手使いさんのごトージョーってー訳だね!?」


「あははは。ちょいとノッポのお姉さん、生憎とそりゃあまたひどい了見違いだよ。

 いやいや。あたしが言ってるのは此方さんの"技"の方でねえ。

 こう、相手の呼吸に合わせて手足の弱味を捕まえて、それをまとめて駄目にするっていう秘技なのさ。

 まあ、ウチじゃあ、その類いを"合気(あいき)"って呼んでるんだけどねえ……」


「フフフ……どうやら今宵は一期一会、いやまさしく"合縁奇縁(あいえんきえん)"の極致というヤツらしいな。では──」

 不意にシャンが膝を打ち、席から腰を上げた。


「はいっ!お供致します!!」

 ほぼユニゾンで発したアンとビスが弾かれたように起立した。


「はえっ!?ちょ、皆さん、ど、どうしたんですか?」

 ハッとしたユリアは当惑仕切って、呆然とそれらを見上げる(ほか)なかった。


「ん?ああ、この街の戦士ギルドに行って訊いてくる」

 シャンが、さも当然のように答える。


「アッハハハハ!!ウンウン!!ヤッパそーこなくっちゃねぇ!!」

 マリーナが愉しくて仕方ないとばかりに仰け反った。


「うーん、なんだかこっちから催促したみたいで──悪いねえ……」

 トーネも瞳孔を全開にして舌なめずりを()めた。


「あえっ!?ななな、なんでこんな夜更けに戦士ギルドなんかに行くんですかー!?」

 女魔法賢者のソバカスの頬から、みるみる血の気が退いてゆく。


「うん。誰かが使っていると困るだろ?調練室(ホール)

 言ったシャンは、アンとビスとを率いて直ぐに個室を後にした。


 残されたユリアは、不吉過ぎる予感に殆んど目眩(めまい)を起こしつつ、この街に来たことを猛烈に後悔し始めていた。 

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