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200話 脊髄反射

 「あっはは!!なに!?キミ今なんて言ったの?え?悪のダイキョーなんだってー?

 なになに?全っ然意味がわかんないよー!本当キミって可笑しな人だよねー!かなり笑っちゃうんだけどー!

 あとさ、そこのキミさー!さっきから''カミラー''なんて呼ばれてるけどさ、それってキミの本名なの?

 んー!だとしたらさ、本っ当素晴らしく''イイ''名前だよねー!?

 ははっ!あいにくと、どっかのご令嬢みたいなキミには、全っ然似合ってないけどねー」

 ギークは魔王とカミラー、それらの影がさした憤怒の顔を指差しては、陽気にカラカラと(わら)った。


 「……ふん。この星の覇者とは、大きく出たな……」

 金色鎧の交雑種(ハイブリッド)戦士ザックも思わず鼻を鳴らした。


 「へぇー、あたしの憧れの魔王さまーってー、こーんなに痩せっポチだったのかー。

 んこらー、てゆーか寝言を起きたままいうなー、みたいなー」

 間の抜けたように言った女エルフのキツタカだが、これでも彼女としては大いに憤慨しているようで、タンッタンッと怒りの地団駄を踏んでみせた。


 「だよねー?まぁボクが言うのもなんだけどさー、この星の最強生物がキミみたいにガリガリ君で、しかもこんなドのつく田舎の、それも単なる魔戦将軍の椅子に仰け反ってるって、そんなのあり得ないよねー。

 ま、どうせ単なる冗談好きの、この大陸の冒険者さんあたりでしょ?

 で、その娘はなに?キミの妹さんなのかなー?

 あ、そーだ!チビッ子カミラーちゃん!飴あるよ、飴!食べるー?」

 ギークは肩かけ鞄を開き、ごそごそとかき回し始めた。


 「ええぃ!そんなもの要らぬわっ!!お前達いい加減にせぬか!!

 この御方こそは、まぎれもない天下人!正真正銘の魔王様であられるぞよっ!!

 即刻、その馬鹿笑いを止め、ひれ伏すがよいっ!!」

 床を指したカミラーが凄まじい剣幕で喚いた。


 「えっ!?あっはは!まーだ言ってら!ハイハイ、チビッ子カミラーちゃん!そーゆうのもういいから!

 あのさー、折角の面白い冗談もさ、あんまりしつこいと笑えなくなっちゃうんだよねー。

 うん、それよりさ、ザック。あの人の凄い剣と、メチャクチャ趣味の悪い鎧、どうだい?」

 青年呪術師は、なんとも含みのある風に隣の豪傑に訊いた。


 「フフ……俺もこの部屋に入ってからというもの、ずっと気にはなっていた。

 あぁ、確かに、こうして遠目に見ているだけでも、かなりの値打ちものだと分かるな……ならば──」

 そう静かに洩らしたザックだったが、彼の(あお)い瞳には、既にみまごうことなき殺意の炎が(とも)っていた。


 「だよねー?だよねー?じゃさ、いつものようにサクッと殺っちゃう感じー?

 ははっ!あのさーキミと、そこのチビッ子カミラーちゃんもだけどさー、悪いけど、ちょっと死んでくれる?」

 ギークは少しの屈託もなく、いやそれどころか愉しくて仕方ないように微笑み、両手の人差し指でドラクロワとカミラーの顔を指した。


 「はぁ?なんじゃと?」

 流石にカミラーが訊き返す。


 「うんうん。本当キミ達、笑っちゃうくらい運が悪かったよねー。

 なーんとボク達は、いわゆる一つの''冒険者殺し''ってゆー、超絶重犯罪も平気でこなしちゃうお宝狩人(トレジャーハンター)なんだよねー。

 ははっ!お宝の為なら一片の証拠も遺さず葬りまーす!

 こんにちは、はじめまして、そしてさようなら!!ってねー」

 

 このギークの決め台詞に、筆者と読者の双方が鳥肌を立てた。


 「奪って殺すか、殺して奪うか。いずれにしても大差はない……」

 低い声で唸るように言ったザックが、遂に飾り気のないロングソードをすっぱ抜いた。


 このまさかの急襲展開というものを、ただ黙然と見下ろしていたドラクロワだったが、今その血も凍りそうな美貌から、僅かに青い炎のごとき殺気の勢いが退いたように見うけられた。


 「ウム。貴様等の、その我欲と本能に素直なところだけは、幾らか評価できぬこともない。

 フフフ……よもや、よもや、この俺の装備を剥ぎ取ろうとは、な。中々に大胆不敵な奴等だ。

 ウム、あの卑屈な小作人のようなキャパリソンなどより、よほど器があるわ」

 なんと魔王は、己に向けて露骨な殺気を放つ冒険者等に向け、何度もうなずきつつ微妙に褒め、それに(ささ)やかな拍手をさえ添えてみせたのである。


 「んー?てー、んこらー。テメー、黙ってきいてりゃー、なーに上から目線でいってんだー?

 あたしらはなー、ものっそい本気なんだぞー。

 今までだってー、すっごい強い冒険者達を闇から闇に、イーッパイ葬ってきた実績があんだかんなー?

 あんまナメんなよー。みたいなー」


 言ったキツタカの口調とは、またどうしようもなく気が抜けてはいたが、それがかえって彼女等の内に在る、おおっぴらでストレートな狂気というものを絶妙にあらわしているとも云えた。

 

 「フンッ!闇から闇ときたか……このガキ女めが!笑わせてくれるわい!」

 ニコリともしないカミラーが、キツタカと、その首の周りに浮遊する、半透明の白大蛇を刺すように睨み、いよいよ暴発寸前の凄まじい殺気をたぎらせた。


 「ぬあんだとー?おーい、ガキはテメーだろーがー、このチビガキがー。

 んあー、テメーあたしの言うこと全然信じてないなー?

 あのなー、ハッキリ言っとくけどなー?あたしら三人、みーんなただの冒険者じゃないんだからなー?

 あの''特異点世代''の代表みたいなもんなんだかんなー?

 ホント、あんまりナメんなよー、こんチキショー。みたいなー」


 キツタカは無表情で(はげ)しく憤慨して、骨張った両の拳を握って万歳し、それらを小刻みに震わせると、それに同調するかのごとく、その細い首を中心に、巨大な白い蛇が自らの尻尾を追い回すようにして、まるで狂ったような高速水平回転を見せた。


 「ん?なんだ?そのトクイテンとは?」

 魔王は聞き慣れぬ言葉に、僅かに顔を傾けた。


 「えー?キミ、特異点世代も知らないの?うひゃー、あのさーキミってさー、一体どこのド田舎村の人?流石に笑っちゃうんだけどー。

 ははっ!でもまぁ、その極上の装備品を譲ってくれるキミには、特別に教えてあげてもイイかな?エヘヘ、ボクって優しいでしょ?

 うんうん、あのねー、特異点世代ってのはさー、えーっと、どう説明したらいいのかな?

 んー……そう!なにかをさ、例えばー、まぁ何かの遊びでも、勉強でもなんでもいいんだけどさ、そーゆうのに毎日毎日励んでるとさ、なんか、ちょっとづつ進歩とか向上だとかしていくじゃない?」

 ギークが荒い縄を巻いた、素朴なヒノキの魔法杖を振って、なにやら解説を始めた。


 「んん?このガキめ、いきなりなにを言い出したか?」

 カミラーが眉をひそめて、さも気に入らぬとばかりに小首を傾げた。


 「ははっ、そこのチビッ子カミラーちゃーん、折角このボクが好意で解説をしてあげようってんだからさ、そんなに恐い顔しないでよねー。

 うんまぁ、でさー、そーゆう感じで、何かを真面目にコツコツやってればさ、誰でもそれに順当に習熟していくと思うんだけどー。

 で、なんだかそーしてると、ある日突然、あっ!これって分かっちゃったかもー!?とかって感じで、ハッと閃いちゃってさ、もう坂道を転がって落ちるみたいに、メッキメキと腕が上がっちゃうことってあるよねー?」


 「ウム。その漸進的進化の過程において、突如発生する、飛躍的成長期──

 いわば段抜かし。それが特異点、と言いたい訳か」

 ドラクロワが王座に深く座り直し、唸るように言った。


 「うんうん。キミって中々物分かりがいいねー。ショージキ殺すのが勿体ないくらいだよー、うん。でも、まぁ殺しちゃうんだけどねー。

 まぁそーゆう感じでさ、ここ最近の冒険者を目指す若い世代ってゆーのがさー、ちょーっと過去に例のないくらいに、すっごいノビシロと実力を持って育ってきてるらしいんだよねー。

 うん、なんか一説によるとさ、あの伝説の光の勇者達の生誕に引っ張られて、まるで共鳴するようにして、そーゆう超人的な若者達が、今モリモリと増えて来てるんじゃないか、ともいわれてるんだよね」


 「フンッ!下らぬことをベラベラと!!それがどうした!?お前達がなんであろうと、この場で血煙と臓腑を舞わせて踊り狂うことに変わりはないわい!!」

 メギギ……とカミラーの鉤爪が伸長した。


 「と、いうことで、これにて解説終了!だね!

 ははっ!カミラーちゃん!そう焦んなくても、ちゃーんと殺して上げるからさ。

 えーと、今日はザックばかりが良いとこ持ってっちゃってるから、このカワイーチビッ娘はボクが殺っちゃってもー、いいよね?」

 恐ろしい猟奇の青年ギークが、少し離れた仲間に了承を得ようと振り向いた。


 それに、逞しい巨漢戦士のザックは「どうかな?」といわんばかりの苦い顔で黙っているばかりだった。


 「ウム。それで貴様等が、めでたく揃いも揃って、我こそはその特異点世代の''頭角''にありと、こう申すか……。

 フフフ……面白い。その高が知れた飛躍というヤツが、一体どれほどのものか見てみたい。

 カミラーよ、先鋒はお前に任せる。思うようにやれ。

 それにつけても……この一興の見世物を葡萄なしで観ねばならぬとは、な……。

 クッ!!返す返すも(はらわた)が煮えくり返るわ!!

 おのれキャパリソン……あの間抜け、うまく滅び逃げしおって……」

 魔王はどうにも溜飲の下がらぬまま、頬杖で肘置きにヒビなどを入れつつ、下方の小さな家臣へと下知した。


 「はっ!ありがたき幸せ!!では、先ずはこの鼻持ちならぬ、軽薄なオシャベリ小僧から血祭りにあげてみせまする!!」

 カミラーは恭しく頭を垂れ、満を持したように、爛々(らんらん)と真紅の瞳を燃やしつつ、鉤爪の伸びきった両手を構えた。


 「んん?アレアレ?キミってさ、もしかして人間族じゃーないのかな?

 へぇー、じゃ精々頑張ってさー、これから始まる、愉しーい殺戮遊戯に花を添えちゃってよねー」

 

 兇気の毒笑に顔を歪ませたギークは、さっと床にしゃがみこみ、その足元の奇絶怪絶なる大棺へと手をかけ、あっさりとそれを解錠した。


 「んん?最前から気にはなっておったが、その棺桶らしきモノはなんだ?

 それが、その中身こそが、お前の絶大なる自信の源なのか?」

 王座のドラクロワが、覗くように僅かに首を捻り、伸ばした。


 「ははっ!そうさっ!いきなり正体バラしちゃうけどさー、なーんとこのボクは、過去の人間族のどんな英雄より断然、あの不死王女カミラー様に憧れる、超絶的天才死者使い(ネクロマンサー)なのさ!

 さあ!機動するのだ!出来立てホヤホヤの新たなボクの僕!元魔戦将軍キャパリソンよ!!」


 ギークが万歳するように棺の蓋を跳ね上げると、その中には、見るも無残に絹の黒糸でもって痛々しくも、口、また両の目をギッチリと縫い合わされた、妖しい呪術の護符にまみれた死骸が露になった。

 

 その胸前で腕を交差させた黒鱗巨躯の屍こそ、間違いなく、ほんの四半刻前までこの城の主だった魔戦将軍キャパリソンであった。


 見れば、その彼の身体の全面、またそこを飾る無数の羊皮紙の護符等には、毒々しい深紅の染料で、面妖不気味な紋様がビッシリと描かれていた。

 

 それらの(きわ)めて禍々しい紋様とは、死霊術師ギークの身体の(おもて)に踊るモノらに似通っており、今、そのギークの(おぞ)ましき使役魔法の呪文詠唱に導かれるようにして、その紫の燐光を纏った、かつてキャパリソンだったモノは、酷く緩慢ではあるものの、先刻の滅びから蘇ったように動き、棺の縁に手をかけるや、黒い半身を起こしたのである。


 「キャ、キャパリソン、殿……。き、貴殿は確かに、確かに討ち死になされた筈……。

 うぬれっ!この軽薄ガキめいっ!!生意気に死霊術を使いおるか!?

 たかが人間族の分際で、ようも誉れ高き魔族の亡骸を──」


 目を見張ってそれを凝視するカミラーだったが、その脇を電光の速度で走る黒い稲妻があった。


 「(ふん)ッ!!!!」


 なんと、先陣を確かにカミラーに任せ、泰然自若で王座にあった魔王ドラクロワが、暗黒色の残像の尾を引いて、そのキャパリソンだったモノの鳩尾に凄まじい前蹴りを放ったのである。


 憐れ、その黒く大きな骸は、極端に屈折したくの字のようになって、突風に舞う枯れ葉のように、妖しい護符を撒き散らしながら、信じられない速度で後方へとすっ飛んだかと思うと、背後の強固なる謁見の間の門扉を粉砕しながら、瞬きよりも速く、暗い廻廊の奥へと消え失せたという。

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