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197話 究極カタルシス

 正直なところ、キャパリソンは激しく動揺し、まさしく懊悩(おうのう)していた。

 彼としては、この突然、降って湧いたような「魔王様ごっこ」に思い切り興じたいのだった。


 それがたとえ、彼からすれば天上人ともいうべき、あの本物の魔王がこの城の最奥にて鎮座しているとしても、その執着にも近い、狂おしき欲求というものは抑え難かった。


 なんといっても、これといった娯楽、刺激に乏しい辺境の領地を治める魔戦将軍の身としては、今日こそ、たまたまドラクロワの来訪という、超絶的な特大のイベントに出くわしたものの、それがまた去ってしまえば、またあの恒常的で鬱屈とした「退屈」の日々に戻るのだ。


 また、このキャパリソンとて、幾らか楽天的な性格であるとしても、所謂(いわゆる)、夢想家というところまでは突き抜けてはおらず、本気で今、この手にした、これら葡萄酒の数本ごときで、夢の魔王軍上層部入りが叶うとも思ってはいなかった。


 さて、この苦慮に苦慮を重ねたキャパリソンは、この僅かの数瞬の間に、目まぐるしくも、あれやこれやと葛藤と逡巡をめぐらせた挙げ句、「やれやれ」とばかりに一息吐き、暗澹(あんたん)とした酒蔵の天井を見上げてから、大切そうに握り、また抱えていた五本の酒瓶達を丁寧に棚へと戻すのだった。


 (うーん。ま、早めに要領よく魔王様ごっこの勘所(ツボ)を押さえて楽しむだけ楽しんだら、コイツらをさっさと始末してしまえばよかろう。

 それにじゃ、こーんな人間族の餓鬼侵入者ごときを即座に退けられんようでは、あの恐ろしい魔王様から、いかようなお(とが)め、お叱りをうけるか知れん。ぶるぶる!

 んおっ!そうじゃそうじゃ!いずれにせよ、この間の悪い冒険者共をここに捨て置く訳にはいかんのだからのぅ!

 ふーむふむふむ、よーしよしよしっ!そうと決まればじゃな、こうしてグルグルと悩むだけ時が惜しいというヤツだわい!)


 「ふふふ……よくぞここまで辿り着いたな、身のほど知らずの冒険者共よ!いかにも、このワシこそが、このブルカノン領をあずかる誉れ高き魔戦将軍キャパリソンであーる!!」


 心をきめたキャパリソンは、バサリと長い金色のローブの裾を払って、わざとらしく居ずまいを正すや、酷く芝居かかった口調で冒険者達が作法を心得ており、この''ごっこ''に乗ってくるかを探る為、あえて陳腐に過ぎるほどの有りがちな常套句を放った。


 これに三名の闖入者らは互いの顔を見合せると、なんと示し会わせたように即座に鼻で笑って見せたのである。


 「フッ。そうか……。俺達は、この度開かれる''ミス・南部''の護衛の為に遥々(はるばる)、この大陸の外から召集された冒険者だ」


 木訥(ぼくとつ)の見本みたいな声で、逆立った金髪の巨漢が言った。


 「そうそ。だけどさー、これがまた催事の護衛なんてのは退屈そのものでねー。うん、本当笑っちゃうくらいなんだよ。

 だからさー、暇潰しと点数稼ぎを兼ねてー、ここの魔戦将軍のアンタの首でも貰っとこうかなーってね。

 というかさ、なんで酒蔵?ハハッ本当笑えるんだけど?」


 隣の褐色の肌の至るところに紋様を描いた、どうみても呪術師にしか見えない、幼ささえ残る魔法杖の青年が、まるで世間話でもするように軽々と言い添えた。


 「おーいーギーク、このおバカ者ぉー。こーいうときはそんなセリフはおかしーぞ。

 えーと、えーと……あっそうだー。キャパリソーン。ブルカノンの魔戦将軍のお前の悪名は聞いてるぞー。

 えーと、あーっ、そ、今こそ虐げられし人間族の怒りを思い知るがいいー、みたいなー」


 仲間の青年をたしなめる割りに、まったく覇気の籠らぬ声音で、細い首周りに(おぼろ)な大蛇を漂わせる女が言った。


 (むほぉっ!?このエルフの女は幾らか作法を心得ておるなっ!!

 まぁ多少活きが悪いのは、コヤツの元からの性格として甘めにつけておくとして、うんうん、コイツは中々の逸材かも知れんのぅ。

 いゃあ、魔王様ごっことはこうでなくてはな。よしよし……ならば)


 「ふふふ……そうか。お主等は遥々この大陸の外から来たてか。うんうん、それはご苦労なことじゃの。では苦労ついでに、このワシの話を聞くがよい。

 まぁ見たところ、お主等はまだまだ若い。その若い命を''雷帝''とまで云われたこのワシを相手に無謀な勝負に出て、あたら散らすこともないであろう?

 まぁお主等も、わざわざ、あの小癪な要塞での競美会の護衛に招かれるほどであれば、それなりに腕に覚えがあるのじゃろ?

 だがな、お主等人間族が壮健でいられる時間は短いのだろう?そんな安い請負業をいつまで続けていくつもりじゃ?

 ふふふ……それよりじゃな、いっそこのワシの下で働いてみんか?

 そうじゃな、うん、今とは比べるべくもなき強健さと長命を手に出来るよう、何とかして''半魔族''の身へと転生させてやろう。

 そうじゃ、もしお主等がそうなれば、この領地の半分は任せてやってもよいぞ?ふふふ……どうじゃ?悪くない話じゃろが?」


 そう、早くもこの「魔王様ごっこ」も、その佳境を迎えていのである。

 これに耽溺(たんでき)するキャパリソンは、生まれつき十二分に兇悪な顔を更に邪悪な相にしつつ甘言を吐き、この若き冒険者達を魔王軍へと寝返るよう持ちかけたのだった。

 しかし──


 「くー、なにをいうかー。えーと、あー、そだ、私達は七大女神様達に誓ってー、決してそんな邪道に堕ちたりはしないぞー。

 えーと、やいこらキャパリソンー!これ以上の問答は無用だー。ちくしょー勝負だぞー。みたいなー」

 相変わらず、まともに聞いていると拍子抜けするような、なんとも間の抜けたような声で女エルフが宣戦布告を発した。


 これにキャパリソンは感極まったように瞳を潤ませ、人間なら全身に粟を立てるほどに興奮すると、ゾロリと牙の並ぶ口腔を開いた。


 「ふはははは!!その意気やよし!ならばこの魔戦将軍のワシ直々にお主等を滅してくれんッ!!

 いざや!その剣を抜けいッ!!ぐぅおおおーッ!!」


 そう喚いた魔戦将軍の逞しい身体全体には、燦爛( さんらん)たる(まばゆ)い雷光の帯が踊り始め、それとまた同時に、この酒蔵を震わせるような凄まじい闘気、そして狂おしい殺気とが大放出されたのである──



 さて、その頃。この城の謁見の間では、すっかりと待ちぼうけをくらわされた、真の魔王であるドラクロワが、見るも恐ろしい憤怒の形相で半開きの壮麗な門扉を睨んでいた。


 「キャパリソンめ……ただ葡萄の代わりを取ってくる程度で、この魔王たる俺をこんなに待たせようとはな。

 ウム、魔戦将軍などやらせておくには惜しいほどに、中々にいい度胸をして、おる、わ……」


 「はっ。あ、あのキャパリソン殿とは、こと葡萄酒造りにかけては魔族の中でも指折りの大職人。

 今ごろはきっと、天下一の慧眼(けいがん)を持たれる魔王様にもご満足いただけるような、それこそ秘蔵中の秘蔵の一瓶を選定しておられるのでありましょう」

 カミラーは言葉を選びつつも、なんとか魔王を(なだ)めようと、耳触りのよい逃げ口上を述べてやり、不肖(ふしょう)の同輩を(かば)ってやるのだった。


 「……ウム。まぁ確かに今日はそれ、そのヤツの''秘蔵''とかいうのを楽しみに、わざわざここまで来てやったのだったな。

 だが、それにしても……遅すぎる。これがそこらの俺の正体身分を知らぬ、愚かで矮小な人間族の安酒場というならばいざ知らず、ヤツのような魔戦将軍ともあろう魔族の者が、この俺をかようにも待たせようとは、な。

 キャパリソンめ……これで間抜け面でもさらし、あいや申し訳ごさいません、只今、生憎と一等のは切らしておりましてー……とか、ぬけぬけと()かそうものなら、この俺が直々に滅してくれるわ」


 歯軋(はぎし)りさえ鳴らすドラクロワの全身からは、それはそれは凄まじいばかりの怒気が漏れだしており、その熱で辺りの景色が揺らぐようであった、とか。


 これを認めたカミラーは、流石にこのままでは庇い切れぬと見たか、王座の壇を駆け降りた。


 「はっ。では私めが、まったく勝手の知らぬ他人の城ではござますが、まごつくキャパリソン殿を探し出し、ひとつ()かして参りましょう」

 と、カミラーが小さな頭を垂れた時──


 「うぬ?」


 王座のドラクロワが片目を細め、小さく唸った。


 また、それとほぼ同時にカミラーも床に向かって、そこを刮目(かつもく)するようにして大きく眼を見開いた。


 「キャパリソン……殿……。逝かれた、か──」


 上級魔族の二人は、その鋭い超感覚で(もっ)て、この同じ建物の何処(いずこ)かにて、たった今、キャパリソンが絶命したことを感知したのである。 

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