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195話 謁見の間

 人間族が磐石と誇る、軍事要塞ブルカノンを含む、この地域一帯を任されている魔戦将軍、その名を「キャパリソン」といった。


 無論、彼も魔族であり、逞しい人間の大男、それの表皮をタールのごとく黒い、さざれ石のような(ウロコ)で隙間なく覆ったかのような、そんな酷く不気味で、いっそ「怪奇!爬虫人間!」とでもよびたいような風貌だった。


 その黒光りする巨躯に、おおらかに金色のローブを(まと)わせたキャパリソンであったが、今日も今日とて、いかんともしがたい、叢雲(むらくも)のごとき''(ひま)''をもて余していた。


 それもそのはず、彼の居城である、ここ魔戦将軍の砦からも眺望できる、目の上のなんとやらの小癪な要塞ブルカノンとは、永きに渡り、にらみ合いの膠着状態にあり、また、もとより魔王軍上層部からも、特にそれを攻めたて、落とせ、といった指示も()けてはいなかった。


 そしてまた、この数年というものは、骨のある冒険者達からの侵攻もなく、魔戦将軍の役得とも云うべき「魔王様ごっこ」も永らくご無沙汰であった。


 「ふーん。いくらボヤこうとも(せん)無きことだが、どうにもこうにも退屈だのぉ……。

 なにやらブルカノンでは明後日あたりに、恒例の競美会が開かれるらしいが、この魔戦将軍の身では、ちょっとのぞきに行くことも(まま)ならんし……」


 悩まし気にピンクの舌先を噛んだキャパリソンは、きらびやかなフード越しに頭蓋を掻き回し、王座然とした立派な椅子の脇、そこの壁に飾られた暗黒のイコンとも云うべき、''魔王''の肖像画を眺めた。


 「ふーん。存外、あの魔王様も、このワシのように、''途方もない退屈''をもて余して、天下人というお役目をもかなぐり捨て、今ごろは美しい女達をはべらせては、酒浸(さけびた)りの日々を過ごしておられぬのかも知れんのぅ。

 まったく羨ましいことだわい……。

 あ、イヤイヤ、あの魔王様に限ってそんなことはあるまい。いかんいかん!滅多なことを云うとるとバチが当たるわ。

 うん、そうじゃ、ドラクロワ様のこと、きっと己の内に(たぎ)る熱き血に突き動かされ、単身、邪神軍団の巣窟へと攻めいっては、勇猛果敢に、その槍を振るっておいでのことなのだろう……。

 まぁ、それとて、この一介のしがない魔戦将軍の身でしかないワシには叶わぬ話だが、の」

 

 大あくびで湧いた涙を()り擦り、だらしなく手足を伸ばし、王座に深く沈んだ。


 そこへ、彼が常々一目おき、右腕と信頼する、やはり爬虫類的な風貌の補佐官、ハーチ・ベイが現れた。


 「キャパリソン様、どうかお喜び下さい!久しく絶えておりました、アレが来ました!!

 で、しばらくぶりの獲物ですが、いかがいたしましょう?

 一応は応戦の一波をぶつけてみましょうか?それとも、いつものように、あえて障碍(しょうがい)()かず、ひとまず此方(こちら)へと招き入れましょうか?」


 これを聞いたキャパリソンは、人間ならば眉が生えている辺りの硬い鱗の額を、ピクッと隆起させ、蜥蜴(とかげ)そっくりな目を円くして、彼なりの嬉々とした顔を作った。


 「ほ!久し振りに命知らずの冒険者が来よったてかっ!?

 よーし!よしよしっ!では早速と魔王様ごっこに耽溺するとしようかのぉ!!

 ふふふ……あーこれこれハーチ・ベイや、お前ともあろうものが、そんな知れたことを今更のように訊くでないわ!んほほほ」


 小躍りせんばかりの黒鱗の魔戦将軍は、パンッ!と景気よく手を打って、その補佐官とはまた別の、己の両脇についた側近達へと何事かを指示した。


 すると、それらの魔戦騎士らは即座にうなずき、さっと左右へと分かれるや、将軍席を後ろから照らす篝火(かがりび)以外の(あかり)を順に消しつつ、この広々とした謁見の間を壁ぞいに歩いた。


 その光源調整の結果、キャパリソンの顔は不吉そのものに、ぬうっと兇悪に陰り、また彼と将軍席の影とは、この謁見の間の入り口まで、まるで墨の川のように長く、無気味に伸びたのである。


 やはり''ごっこ''といえども、それなりの''らしい''演出が要るのだろう。


 そうさせながら、キャパリソン自身も席を立ち、目映(まばゆ)い煌めきを放つ貴金属の数々で、冷えた溶岩のような黒い身を、これでもかと飾りつけ、どこかの妖しい闇魔導師のごとく、黄金フードを鼻まで、ひっ被った。

 

 そして、隣室で埃をかぶっていた、面妖な彫刻の施された、無駄に大仰で、見栄えと迫力ばかりの、ちっとも座り心地のよくない王座を壇上に設置するよう下知(げじ)した。


 そして、それに深く腰掛け、しっかりと頬杖もつき、いよいよ準備万端。といった辺りで、久方ぶりの獲物が、その謁見の間の重々しき扉を開いた。


 キャパリソンは「せ、せっかくの獲物じゃわい、直ぐに殺してはつまらんぞ」と、繰り返し自分に言い聞かせながら、高鳴る胸を抑えつつ、不動の出迎えをとった。


 そこへ、石の床を踏む戦闘長靴の音が、コツコツ、コツコツと、少しの遠慮も知らぬ者のように近づいて来た。


 (おっ?今日のヤツは、いつもの冒険者達のように、おっかなびっくり、ではないのぅ。

 ふん、随分と肝が座っておるか、はたまた腕に覚えあり、の自惚(うぬぼ)れ屋の類いか?)


 伊達を気取って、フードを目深かに被ったキャパリソンにはまだ見えないが、その足音から察するに、此度(こたび)の冒険者はどうやら二人組のようだ。


 (ふふふ……ひとりは足拵(あしごしら)えも確かな男、そして……それにやや遅れて三歩ほど後ろを歩くのは……ん?随分と小柄な成りを想わせる足音だな、これは女?あいや、妖精族か?)


 篝火の炎に煌めく黄金フードの下で、蝙蝠(コウモリ)みたいに尖った耳が、無気味にヒクヒクと蠢いた。


 (ほう、コヤツ、物も言わず、平然とこのワシの前まで迫りおったわ。うんうん、悪くないぞ。

 ん?この男、顔こそまだ見えぬが、中々によい装備をしておるわ。

 ふん、いくらか風変わりではあるが、黒塗りの甲冑に、また闇のように黒い剣か……ふふふ……小生意気に、こ洒落(じゃれ)ておるのぅ)


 キャパリソンは依然として、居丈高に、かつどっしりと威厳を保ったまま、相手の出方を待った。


 (ふふふ……さてさて、ここで震える声で、お前が魔戦将軍のキャパリソンかーっ!?とくれば、(のみ)のなんとやらで、外道も外道の雑魚冒険者でキマリ。

 これが殺りがいのある大物ともなれば、ただ黙して抜刀する、とまぁ、大方の相場は決まっておる、が……。

 ふふ、さぁて、今日のお前はどっちだ?)


 燃え盛る(ほむら)を、そのまま黒くして意匠化したような(ヒレ)を各所に立てた、魔族もちょっと顔をしかめるような、そんな異形の鎧の冒険者は、よほど腕に覚えがあるのか、はたまた恐怖を感じる部分が壊れているのか、事ここに至っても、なんと漫然と腕を組んだままであった。


 (よし、ではいつもの台詞(セリフ)、フフフ……よく来たな、身のほど知らずの冒険者よ!から始めるかのぅ。

 んおっ!?待て待て!こ、こいつは!?)


 キャパリソンは、思わずフード内で無い眉をひそめた。

 なぜなら、その漆黒の冒険者は、そこで構えて抜刀する訳でも、また呪文の詠唱をするでもなく、只只、真っ直ぐに歩き続け、今や王座の壇めがけ、ぐんぐんと肉迫して来るではないか。


 (ちっ!!こいつ!!魔王様ごっこをやる上での最低限の約束事も、作法も知らんのか!!この風情を解さぬ野蛮人めがっ!!

 まったく!最近の若い冒険者ときたら、これだからいかん!!)


 キャパリソン好みの勝手なセオリーを完全無視する冒険者に憤怒して、こいつ、一体どんな顔をしているか、と、ちょっと見てやろうとした、その刹那──


 キャパリソンの黒い鶏冠(とさか)で尖った頭頂を覆ったフードが、やにわに、ガッ!と掴まれたかと思うと、そのまま信じられない剛力で引かれ、それこそ、あっという間もなく、魔戦将軍は王座から引っこ抜かれて、その異形の座椅子を支える三段の台座下へと無造作に投げ捨てられたのである。

 

 「うわぁっ!!がっ!あだっ!!あごぉっ!!」


 憐れ、この予想外の相手の出方に、ろくに受け身もとれず、台座の角で顔面を(したた)かに打ってから、ゴロゴロと無様に転がるキャパリソンの情けない悲鳴が謁見の間に響いた。


 「くうっ!!ききき、貴様ぁっ!!そ、それでも冒険者かっ!!?

 あのなぁ!?もっとこう、遂に俺達も魔王軍の将、悪名高き魔戦将軍に挑むところまで来たか。だがな!お前がどんなに強力だろうと、俺達は決して敗ける気はない!!とかなんとかいって、少しは浸らぬか!!少しは!!

 ええいっ!!風雅な遊びの心を知らん貴様との魔王様ごっこなど、やめだ!やめだ!!すぐにこの手で引き裂いてくれるわいっ!!」


 激怒して喚き散らしながらも、電光の速さで起き上がり、邪魔くさく顔にかかってきたフードを鉤爪で紙のように引き裂き、それと同様に、このどうにも勘弁のならぬ不作法者も八つ裂きにして葬ってくれん!と振り仰いだキャパリソンであったが──


 「ぐおー!!虫けらの分際でよくもよくも!!おおいっ!貴様!!きさ、まままままま、魔王様ッ!?

 はぁーッ!!?なななな、なんでぇっ!!?なぜにここに魔王ドラクロワ様がッ!!?」


 飛び出しそうになった目玉で見上げたそこの王座には、つい先ほどまでの己とそっくりに、どっしりと腰を下ろし、優雅に頬杖をつく貴公子がいた。

 そして、最高級の紫水晶(アメジスト)に酷似した、恐ろしく冷たい瞳で、激昂する魔戦将軍を睥睨(へいげい)していた。


 「キャパリソン。頭が高い」


 驚倒せんばかりのキャパリソンの両の鼻腔から、勢いよく鼻血が飛び出した。 

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