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190話 惜しい!!

 「ん……おぉ?コレって……草?」


 野原に、うつ伏せで倒れていたマリーナが、眼前にあるピントがずれてドアップになった緑と、その根元の土の香りとを吸いつつ覚醒した。


 時刻はすでに昼過ぎである。


 昨夜のドラクロワの見立て通り、魔王の鎧の(ひね)り突き一本により伝染させられた、濃厚なる(くろ)き悪念の呪いは、天空より降り注ぐ神聖なる陽光と、彼女の持ち前の光の勇者特有の聖属性とにより、今やスッカリと解毒が為されていた。


 「あー痛ててて……アレアレ?アタシャなぁんで、こーんな野っ腹で寝てたんだい?」

 長い金髪をかき分け、首の後ろを揉みながら、ノロノロと起き上がった。


 「ふぅ。えーっとぉ。なんかシャンに頼まれてー、飛びきりガンジョーな鎧を買いに行ってー……。

 んでー、そこの店の人達がソイツを手押し車に載せてくれてー……。

 えーと、それから、それからー……」

 草の上に胡座をかき、長々とした戦闘長靴の深紅の脛を抱えながら、懸命に昨夜の記憶をたどる女戦士だった。


 そこへ──


 「うん。その鎧というのが中々の曲者でな、光の勇者たるお前が、それに何の気なしに触れたのを切っ掛けにしたか、突如として目覚め、そして暴風のごとく大いに暴れたのだ」

 と、背後から、シットリと落ち着いた声が流れてきた。


 「んっ!?おーシャン!!シャンじゃないか!?

 えっ!?アンタも野宿だったのかい?」


 「うん。まぁな。お前は、大事ないか?」


 「へっ?なに?うん、んあぁ、なぁんとも、ないけど?」

 マリーナが自身の大柄な半裸の身体を見回して言った。

 

 「そうか、それは何よりだ。この私などは、不覚にもあの動く鎧に捕まり、その馬鹿げた怪力で(ゴミ)のように投げられ、運悪く大きな樹木に衝突して、背面の骨をことごとく砕かれていたよ。

 だが、つい先ほど痛みで意識が戻り、都合よく銀の秘薬の切れ目であったので、その場でなんとか獣人深化をさせ、そのすべてを回復させたところだ。

 うん、それにしても、あの呪いの鎧は何処へ消えたんだ?まさか、まさかドラクロワが破壊したのか?」

 シャンは腕組で辺りを見回したが、この秋の鉛色の空の下には、あの兇猛なる悪夢の疑似生命体、''魔王の影''の姿はなく、只、(クサムラ)に大の字となってイビキをかくユリア、そしてそれから幾らか離れた所に、横倒しになっているアン、またその姉ビスの姿が見て取れただけだった。

 いや、滅茶苦茶に損壊した異世界武器、あのピストルの憐れな姿もあった。


 その拳銃の(いびつ)亡骸(なきがら)を拾って土を払ったシャンは、ユリアの元へと静かに歩むや、そこで膝を折って屈み込み

 「おい、ユリア。起きろ。起きるんだ」

 ユリアのサフラン色のローブの薄い肩を揺すって呼び掛けた。


 「あー……あむぅ……んんー。あふぁえー?あえ?ニャ、ニャンさん?」

 ユリアは寝惚(ねぼ)け眼で、ボンヤリとシャンを見上げた。


 「あえっ!?空?えぇっ!?なんで!?」

 バッと上半身を起こすと、(たちま)ち、ズキンとした頭痛が走った。


 「あ痛たたた……。て、なんで外で寝てたの?えー?なんでなんでー?」


 こうして覚醒したユリアの神聖魔法により、アンとビスは重篤(じゅうとく)な呪い状態より復帰を果たし、女勇者団はこの肌寒いばかりの射撃訓練場を後にして、現在逗留中の宿屋に舞い戻った。


 そして、手先足先の冷えきった女勇者達は、ひとまずは入浴だ、ということとなり、その温かな清めを済ませた者から一階の酒場に降り、やがて全員が集結した。


 すると、そこには当然のように昼酒をあおるドラクロワ、そしてその忠実な従者カミラーが居た。


 女勇者達とアンとビス等は、タオルで頭髪を押さえつつ、それぞれが席について、めいめいが好きな料理を注文し終えた。


 「はぁー、泥と草の汁を落としてサッパリしたねぇ。

 んー、それにしてもさ、昨日のあのデッカイ黒鎧はどこいったんだろね?」

 湯上がりで上気したマリーナが、その目線をドラクロワへ向かわせつつ問う。


 「なぁーにを言うておるか無駄乳よ。そんなもの、ドラクロワ様が御成敗あそばされたに決まっておろうが」


 マリーナの面積の狭すぎる部分鎧から(こぼ)れた、日焼けした滑らかな肌が僅かに桜色なのを、酷く(うと)ましいもののように睨みつけたカミラーが、当たり前のことを訊くな、とばかりに吐き捨てた。


 「アハッ!だっろうねぇー。いやー、それにしてもさ、コレまたこっぴどくやられちまったもんだよねー。いやホントホント。

 アタシなんてー、たった一発でノされちまったんだってー?」

 と、カミラーのいつもの高圧的物言いを特に気にした風もなく、カラリと言って自らのむき出しの腹を差し、エールジョッキを傾けるマリーナだった。


 「うん。それはそうだろうな、とは思っていたが……それにしても──」

 と続けたシャンの声には、なんとも云えない、ねとつくような無念・遺憾の色がありありと絡みついていた。


 これにアンとビス、またユリアも(うつむ)いたままにあり、似たような陰鬱なる(かげ)に取り憑かれているようだった。


 「んん?なんじゃ?ギャハハ!もしやお前達、人並みに落ち込んでおるのかえ?」

 カミラーが、またいつもの歯に衣着せぬ物言いでズバリ指摘する。


 「うわっ!(ヒド)っ!……でも、まぁ実際その通りなんですけどね……。

 はぁ……私達って、聖都ワイラーで目覚ましく急成長しちゃったー!とか思ってたんですけど、ゼーンゼンダメでしたねー。

 昨夜の呪いの鎧一体なんかに、あぁっという間にコテンパンにされているようじゃあ、もっともっと強力なハズの魔王軍の幹部とか、ましてや、あの魔王なんかをやっつけるなんて夢のまた夢ですよねー……くぅう……」

 ユリアは言い結んで、口をへの字にして悔しさを(あらわ)にし、寂しげにミニスカローブから突き出た丸っこい両膝に目を落とす。


 「ユ、ユリア様……なんと弱気なことを……。あぁドラクロワ様、あの、少しお訊ねしても宜しいですか?

 えぇと、そう、昨夜はあれから一体どうやって、あの奇怪な鋼鉄の魔人を打ち倒されたのですか?」

 ビスが隣でうなだれるユリアの大きな目に、ジワジワと大粒の(しずく)が盛り上がってゆくのを見かね、何とか話の向きを変えてやる。


 これにドラクロワは葡萄酒の瓶を下げ

 「ん?どうやったかだと?そうだな、んん、まぁその、なんだ?

 ウム、そうだ、適当にあれに効きそうな攻撃魔法を見繕ってだな、そいつを、パァーと浴びせて、瞬く間に粉微塵としてやったわ、ウム」

 まさに適当かつ、無味乾燥に応えてみせた。


 「テキトー……て。そらなんともアンタらしいけどさー。

 しっかし毎度毎度アンタってば、なーんでそんなにバッカみたいに強いかねぇ?

 アタシ達だって、それなりにおんなじ光の勇者のハズなんだけど、ちょっとイジョーなくらいに強さに差があんよね?

 まぁイマサラっちゃ、イマサラなんだけどねー」

 このマリーナだけは、この度の体たらくにも特段落ち込んではいなかった。いや、少なくともそう見えた。


 これに無言でありながらも、異様に光る目で同意を付すシャンが居た。


 「そ、そうですよ!ドラクロワさんたら、いつもデタラメに強くって、スッゴい魔法を詠唱もなしでガンガン行使するしー。

 ウーン、まったくぅ、どうやったらそんなに強くなれるんですかー?

 なんだか、いつまでたっても私達だけ置いてけぼりーみたいで、何かとーっても辛いですぅー。

 一体ドラクロワさんは何処で、どーゆう修行を積んだんですか?

 あ、それかアレ!なんか一気に強さの限界を突破をさせるよーな、スンゴイポーションとか、何かそーゆうの飲んだりしてますー?」

 ユリアは心中に居座る(くら)い惨めさを、苛立ち、それと不満とにすり替え、実に粗雑に訊くのだった。


 これにドラクロワは、カミラーをも含めた皆の視線を一身に集めながら

 「うん?修行?修行か……。ウム、芸術関連は別にして、はっきりいって俺は戦闘及び魔法等の修行など一切したことはない」

 また何の愛想も同情の欠片もなく、にべもなく言い放ったのである。


 「うわっ!!今、絶ッ対ソレ言うと思ったァッ!!

 んもー!!お師匠様もそうだけど、本当の天才肌ときたら、みーんなこーなんですよねー!!

 まったくぅ!なーんでこういう人種は、何でもかんでも涼しい顔してスーイスイとこなしちゃうかなー!!

 あー!コンチキショーっ!!天才なんかみーんな大嫌いだぁー!!

 ハイハイ!ドラクロワさんはいいですよねー!?生まれつきのスンゴイ天才で、まったくの苦労知らずなんだから!!」

 多方面に優秀で、一応、天才という部類に入るユリアが蜂蜜色の頭を抱えて喚く。


 「おいおいユリア、どうしたんだ?気持ちは分かるが、この仲間のドラクロワを(ねた)んで、その上、そんな悪態までついてなんとする。

 なぁユリア、少し落ち着け」

 思い切りテーブルに突っ伏して(ふさ)ぎ込んだユリアの余りの落胆振りに、ついシャンが(なだ)めるような格好となる。 


 これを瞥見(べっけん)したカミラーは、自身も魔王軍の幹部などには遠く及ばぬ、辺境監督役の一介の魔戦将軍であり、まして魔王ドラクロワほどには完全無欠でない身の上の故にか、このとき、ほんの毛の先ほどだが、極々僅かに憐憫するような心持ちになったという。


 そして──


 (はっ!僭越ながら魔王様……。今、コヤツ等を強いモノは強いのだから仕方なかろう、我の感知したことではないわ。と無下に突き放すより……。

 その、なんと申しますか、なにかこう、それらしい助言のようなモノをお(あた)えになられた方が、また単純極まりないコヤツ等のこと、魔王様の度量の大きさ、懐の深さとに、いたく感銘を受けるやも知れませぬ。

 なれば、ここは座興も兼ねて、有難い進言のひとつも恵んでやってはいかがにございましょう?)

 と、つい魔族間にのみ通じる思念波にて提言してしまったという。


 (ウム。感銘……か。フフ……相分かった、座興よな)

 

 ドラクロワは、なんとはなしに賞賛の気配と匂いとを嗅いでとり、はて、と一考(いっこう)することにした。


 「ウム。では皆よ、よーく聞くがよい」


 この重々しい口火に、女勇者達はハッとして、揃ってドラクロワへと向き直った。


 これに魔王は毛ほども揺るがず、淡々と言葉を紡ぐ。


 「ウム。虎はなぜ強いと思うよ?」


 (はっ!魔王様っ!!そ、それは!それだけは逆効果にござりますっ!!)

 即座にカミラーの思念波が飛んだ。


 「ウ、ウム。それもそうだな、今はこれでは不味いか……。

 となればだな……。あ、うん、コレがよいか?

 あー、今ひとつお前達に問いたい。強さとは、いや、光の勇者として何にも増して持ち合わせていなければならぬ、その核とも云うべき''真髄''とはなんぞや?で、ある」


 「へっ!?カク?シン、ズイ?」


 「えっ!?何か手っ取り早く、しかも飛躍的に強くなれるコツを教えてくれるんですかー?」


 「うん。ドラクロワ。是非ともソレを聞かせてくれ」


 ドラクロワはゆったりと、ムダにもったいをつけるように、深く大きく首肯して

 「ウム。()ず我々とは、そこらの金次第でどこにでもつく、勝手気儘な傭兵風情などではなく、また野盗やならず者の類いでも決してない。


 そうだ!我々こそは、伝説の光の勇者であるっ!!


 この光の勇者とは、生ある限り、血の最後の一滴までも、愛と正義を絶対の理念と掲げて闘う、七大女神達の第一の使徒である!!


 で、あるならば、今のお前達に欠けたモノがなんであるかは自明の理!!

 それは単純に格闘における剣力、また魔力を欲することに非ずっ!!


 いわんや、それは弱きを護り、この星の隅々に至るまで、余すことなく、完全無欠なる正義を久遠にまっとうしたいという、この純粋なる善と慈愛とを果てなく追求すること、これこそが第一にして究極の目標でなければならぬのだっ!!


 よいか?この俺はだな、あぁ、もっと強くなりたいなー、などと思って、今日(こんにち)こうして強くなったのではない!!


 コラ!そこなユリアよ!お前、黙って聞いておれば、やれスンゴイポーションがーとか、やれ天才肌はいいですよねーとか、またいうに事欠いて、手っ取り早くぅだとぉ!?

 貴様には、これっぽっちも光の勇者としての自覚はないのか!?ええぃ!恥を知れ!恥をっ!!


 それでは丸切り順番が違うわ!順番がっ!!現時点での己の強さが想うように伸びぬのに歯噛みし、挙げ句、自暴自棄に腹を立ててなんとする!!?

 この度しがたき(たわ)けめいっ!!

 

 そんな武力獲得の修験(しゅげん)などに囚われるより!ただ!ただひたすらに七大女神に祈願し!この星に永遠の愛と正義を築く、誉れある(まこと)の勇者の資格である、''清廉なる魂''をこそ、先ず一心に乞い求めぬかっ!!


 ウム……さすれば、ある日。ふと振り返れば、その聖なる魂に相応しき強者となっておる自分に気付くことであろうよ!!

 あー、以上」

 と、わざとらしい咳払いで演説を締めたドラクロワに、サッと寄って膝まづいたカミラーが、恭しく葡萄酒を捧げた。


 これにマリーナ、シャンは、ただ大粒の涙が、ポロポロと落ちるのを止めることも出来ず、震えながら何度も、何度もうなずいていた。


 またユリアに至っては号泣であり、アンとビスに支えてもらわずには、その場に立っていることすら叶わなかったという。


 ドラクロワは実に満足そうにそれらを眺め

 (ま、こんなものか)

 と、うなずいて、拍手喝采と賞賛の押し寄せるのを待った。


 だが、そのとき──


 ユリアが汁まみれのソバカス顔を上げ

 「スッゴい!スッゴいですー!!ぞ、ぞうでず!本当にぞうでずよねっ!!

 ドラクロワさん!!私……私とっても感動しましたぁー!!

 私ったら、目先の強さを求めるばかりで、本当に大切なことを見失っていましたー!!うぅ……は、恥ずかしい限りですぅー……。

 て、アレ?」


 「ん?どうした?」


 「あの、じゃあ、そこまで七大女神様達に篤く帰依するドラクロワさんが、なーんで神聖魔法が使えないんですかぁ?」


 ドラクロワはこの問いに、きっかり三秒固まり

 「知らん!」

 と一喝して、最上階の自室へと帰って行った。

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