174話 超合金のアレ
「ふあっはっはーっ!!どーだカミラー!?半身を焼かれ、ろくに身動きも取れんお主には最早打つ手なしっ!
さっさと降参せんと本当に消滅してしまう、ごばっはぁっ!!!」
すでに勝利を完全掌握したとする、甚だ倫理に悖る''少女愛の伝道師''ジハドであったが、その慢心誇らしげな哄笑は突如、怪異なる剛力により握り潰されるようにして遮られた。
それは、この見世物の巨大テント全体を揺らすような烈しい衝撃であり、また激しい衝突音の轟きであった。
観客等はそれに揺られながら、一様に目を擦り、今や眩い聖なる光源を失って、ただの燃焼光源である篝火によって照らされるばかりの闘技の舞台を刮目した。
すると、その中央には、フリルの手の右人差し指と中指とを前方やや下へと突き出し、小さな背を丸めた格好のカミラーが見えた。
そして、その手の遥か先には、なんと吸血貴族の準男爵ラグナ=タイゴンの忘れ形見である、あの成人女性の一抱えはある、鋼鉄削り出しの巨拳がジハドを真正面から捉えていたのである。
あぁ見るも無残。
金色の怪僧ジハドは、バンパイアの頂点が保有する超怪力で以て、少しの躊躇もなく投擲された、優に7トンを越える鋼鉄の巨塊と背後の堅固な鉄柵とに挟まれていたのである。
無論、彼の装備する、神聖魔法が満タン一杯に付与された自慢の金色鎧などは、如何に板金厚重ねの堅牢造りといえど、所詮は成人男性が着て歩ける程度のシロモノである。
それら各部は無惨に金色の煎餅のごとくに割れ砕け、湾曲し、或いはひしゃげて、少しも内容物を守護出来てはいなかった。
こうしてジハドは、一瞬で肋骨はおろか、あらゆる臓腑と背骨とを破裂、粉砕させられ、今は亡きラグナ=タイゴンの名残である高純度の闘技用の義肢、その鉛色の甲を吐いた血で紅く染め、力なくそれを抱いていた。
「くがががが……そ、そんな……馬鹿、な。吸血鬼とは……こ、ここまで……」
老亀のようにだらしなく首を伸ばし、黄金色の獅子冑を前方に垂れ、そのひさしの格子から、バシャバシャと鮮血を溢れさせるジハドだった。
カミラーはそれを、熱帯夜の寝床にて耳元で鳴く蚊が気になり、堪らず明かりをつけると、存分に血を吸って丸々と膨れた赤い腹の蚊を壁に見つけ、そのすっかり機敏さを失った害虫をまんまと潰し、その後、しめやかに壁と手を浄める時ような、そんな勝利とも敗北ともつかぬ、なんとも言えぬ冷めきった顔の目で見据えていた。
「ふう……。この暑苦しいナマグサ坊主めが、やーっと静かになりおったわい。
フンッ。わらわも含む真魔族とは、生きた年月と血筋の純粋な者ほどより強力になるのじゃ。
ゆえに、あの底辺貴族のラグナ某が右手にぶら下げて武器としておった鋳物など、このわらわからすれば少々大きな石つぶて。
その不細工極まりなき、見かけ倒しの余りの手軽さに、スッポ抜けの肩透かしをするところであったわ。
さて……」
パンパンと小さな手を叩きながら、静寂の戦場を悠然と激突現場まで突き歩んだ。
そうして、そこの無骨な巨大義肢の手首の断面中央から伸びる、深く螺旋を刻まれた極太な芯棒を掴むや、大して力むこともなくそれを引いた。
そして、闘技運営の者等が、その度を越えた超重量に場外へと捌けさせるのを諦めたほどの鋼鉄の塊を、まるで張りぼて造りのごとく楽々と掲げるや、そこに力なく張り付いた、クシャクシャになった金色折り紙のようなジハドを見上げた。
だが、その破砕した聖なる重装の破孔、また各接合部から鮮血の滴りが、トロトロ、ダクダクと流れ出て手元へと流れ来たので、純白の眉をひそめ、掴んだ芯棒をあっさりと手放し、ゴドンッ!と直下の石畳に巨拳義肢を落下させた。
すると、その振動でズタボロになった生死不明のジハドは拳から剥がれて、ガラシャシャシャン……と空しく石の床にわだかまった。
カミラーは、その落下の拍子に飛んで、ゴワンゴワンと転がる怪僧の獅子冑を目で追った。
それからジハドの男臭い血塗れの素顔を眺めた。
「ギャハハッ!こヤツめ!中々にふてぶてしい面魂をしておるわ!
フームフム、コリャ完全に心の臓が停止しておるな。
こヤツめい、確かにホトホト気色の悪い破戒坊主じゃったが、それなりに個性的な美意識と哲学を持っておったの。
うん……。まぁ、無下に死なすこともないかー……」
言って、まさしく満身創痍の怪僧に屈み込み、己が右手首の先のフリルを捲り、その小さな親指を、そこの無頼漢を想わせる骨の張った血塗れの額中央へと持っていった。
そして、それらが僅かに触れ合った瞬間、昏倒・心停止のジハドは突如、落雷を浴びたがごとく激しく痙攣し、鼻腔と口腔からそれぞれコップ一杯ほどの粘っこい血塊を吐き出し、猛烈に咳き込んでから、スピースピーとなんとか自発呼吸を始めた。
ここに来て、ようやく観客等はジハドの完全敗北を解し、カミラーの施した妙てけれんな荒っぽい蘇生術にどよめき始めた。
そして、高潔なる吸血貴族の姫は、それらの放つ甚だ節操のない拍手喝采を浴びながら、自分が入場してきた鉄門扉へと音もなく静かに歩み、そこの鉄の格子越しに、ラグナを喪った深い悲しみに未だ悲嘆に暮れ、メソメソとする狂言回しの燕尾服に向け
「これ!いつまでも女々しく泣いておらんで、あの小癪な破戒僧に早よう治療魔法か何かを施術してやらぬか!
あのまま放っておくと、確実に落命してしまうぞよ!!」
すでに血筋明らかなる吸血貴族の超絶回復能力により復元させた、世にも美しい女児にしか見えぬ、常の美貌を鬼面にして一喝喚起した。
これを眺める特等席の街長アントニオは、ドーンと座席に落ち沈んで、ツルリと鷲鼻の顔を撫でつけ
「かーっ!!これでチーム超越の二人までもが敗北かぁ!!
二人とも人外の超戦士を名乗りながら、誠に情けないっ!!
むぅ、これで超越は残すところ後一人、''葵の大魔導師''だけとなってしまたわ!!全く!今宵はなんという夜だぁっ!!
うむむむむぅ……大体なんなのだぁ!?あの偽カミラーの強さとは!?
単なるバンパイアのガキにしてはハッキリ言って異常だぞぉッ!!
オイコラ!そこの飲んだくれの光の勇者っ!!
貴様は一体何を連れてきたのだぁッ!?」
殆ど恫喝するように傍らへと吼えた。
だが、そこのドラクロワは泰然自若なる優雅な頬杖のまま、ただ左手の薄紫の艶やかな親指の爪を歯にあてて
「フフフ……だから、俺は最初から言っておろうが、この発育不全の女こそは、彼の悪名高き''魔戦将軍ラヴド=カミラーである''、と……」
認印を付すように低く言った美しい魔界の王は、無数の無縁仏が眠る、うらぶれた墓場に踊る陰火のごとくに、空恐ろしい迫力を秘めた双眸を爛々(らんらん)と燃やしつつ、そのくせ口元だけは実に愉しげに微笑んでいたという。
「けっ!!抜かせッ!この若造めッ!
ふうーむ。それにしても、このままあの血吸いのクソガキに負け続けでは、この俺の抱えるチーム超越の面目が立ち行かぬぞぉ!!
あぁ、仕方ないッ!ここはエヴァに締めさせるかぁ!
おいッ!お前!直ぐにエヴァを呼んでこい!」
ザリザリと禿げ頭の脇を掻きむしり、苛立ち紛れに傍らに屈み込んだ怪鳥仮面の側近へと喚いた。
これに聞き及んだドラクロワは、いよいよ興が乗ったような愉しげな眼となり
「馬鹿力のバンパイア、聖属性を帯びた坊主くずれときて、トドメは''大魔導師''の冠の付く者か。
フフフ……ここに来て、一切の魔法が使えぬ代わりに、強力な魔法耐性を持つバンパイアを相手取って、殊更に魔導を爪操る者を充てがってなんとする?」
街長から面白き反駁が返されるのを期待するように言ってみせた。
「フン!この若造めが、いっちょまえに利いた風な口をきくなぁっ!
そーんな万人周知のバンパイアが保有する魔法耐性など、エヴァの前ではゴミみたいなものだぁ!!
なにせ、この俺のチーム超越の頂点たる、葵の大魔導師こと、エヴァ=ザンヤルマァの超絶魔法とは、断じて個の対象者に向けての術ではないのだからなぁ!
ヤツの行使する大魔法とは、この世界全体に波及する恐るべき性質のモノなのだぁ!!
グヘヘ、まぁまぁ黙って観戦するがいい!直ぐにあっと驚き、その舌を巻くことになるぞぉー!!
グエッヘッヘッヘ……」
街長のアントニオは傲慢不遜なる邪悪な笑みを湛え、堕落の穢れ街ヴァイスの誇る最終最後の女闘士に太鼓判を付したという。