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16話 アポなし勇者

 闘志に満ちた女勇者二名と、そうでもない一名は、まず領主の館へ向かう事にした。


 彼女達の目的は今宵の宿を確保する事、そしてなによりも、祭の神前組手大会への飛び入り参加を頼むことである。


 館は街のほぼ中央にあり、混雑していた為、マリーナは小さな子供のタックルを10回は膝に受けた。


 ユリアが事前に自警団長に自分達三名の身分については秘しておいて欲しい、と頼んでおいたのが幸いし、自警団長が先導して歩く女勇者達三名に祭を楽しむ者達は

 「わっ!凄い美人!」

 とささやく声はあったが、殆どは正か彼女達が伝説の勇者であるとは知らないようで、無駄に領主の館への進行を妨げられずに済んだ。


 屋台の列から昇る色とりどりの香り、曲芸師や子供達の群がる射的屋等、賑やかな祭の景色の中を、春の陽気に軽く汗ばむほどに歩いた頃。


 七重にも八重にも群衆が席取りにひしめく、大きな階段で五段登る高さ、白い石造りの十メートル四方の明らかな武道舞台が姿を現した。


 銅の丸い兜、スケールアーマーの自警団員等が舞台を背に、その四つの角の前に立ち、群衆に向けて大声で

 「間もなく本戦が開始です!神前試合につき賭博行為は絶対に禁止です!」

 と繰り返し呼び掛けていた。


 深紅の鎧と、スレンダーな深紫のレザーアーマーの美女等が顎を上げ、熱い眼差しでその無人のリングを眺めた。

 ユリアもピョンピョンと跳ねながら四角い石舞台を確認した。


 そしてようやく、その五十メートルほど先に目的の領主の館が見えてきた。

 高級な住宅が並ぶ一角に、一際大きなその洋館はそびえ立っていた。 


 十メートルの壁に囲まれた三階建の館は、大きな樹が垂れた枝葉の影を落とす、絵画のモデルになりそうな実に画になる物で、それは豪奢というよりは瀟洒な洋館であった。


 ユリアは白塗りのそれを見上げて

 「わー素敵!私、こんな家に住みたいですー」

 思わず感嘆の声を上げた。


 館の中も外観の印象を裏切らない品の良い内観であり、派手さはないものの、緑を基調色にした、見る者にどことなく憧憬を覚えさせる、領主が住まうに相応しい空間造りがなさられていた。


 自警団長は慣れた風に玄関から入り、大理石の飾り台の上の活け花が挟む、大きな黒い扉の前に女勇者達を案内し、扉をノックして引き

 「領主はこちらでございます。いやはや、ユリア様が馬を出さなようにと仰られたので、少々ご足労でございましたな。

 私はここにて失礼致します。いやはや」

 とドア前から脇に下がった。



 ミントグリーンの壁紙の広い応接室にいたのは、小柄で背の曲がった鋭い目付き、長い白髪を丸出しにした額の上で真ん中に分けた、えんじ色のローブ姿の男。

 この館の主、リンドー領領主シラーであった。

 

 老人が腰掛けている椅子には車輪が付いていた。


 その後ろには、肌の色を除けば双子にしか見えないほどにそっくりな、背の高い黒髪の気の強そうな、アフガン犬のように鼻の高い二人の美しいメイドが、背に定規でも入っているかのような姿勢で立っていた。


 向かって左は褐色、右は白。

 共に滑らかな肌であった。


 老人は会釈して

 「これはこれは伝説の勇者様方。初めまして。ワシは領主のシラーと申します。

 このような片田舎までようおいで下さりました。

 伝説の勇者様方に終わりも近い生涯中にお会いできますとは、類い稀なる慶福と思うております。

 お聞きになられたかも知れませんが、街の宿の類いは全て祭客で満ちておりまして、このような狭苦しい田舎の小宅で宜しければ、宿代わりに幾晩でもお泊まり下さればとこう思うております」

 老人はゼロゼロと耳障りな嗄れた声で言った。


 ユリアが小動物のように、キョロキョロと広い応接室を見回していたが

 「いえいえ!こんな素敵な館は初めてです。小宅だなんてトンでもないです!

 あっ、一晩だけお世話になりますユリアと申します、宜しくお願い致します!」

 蜂蜜色の頭を下げた。


 シャンは出された茶に手も着けず

 「私はシャン。一宿一飯の恩義は忘れないつもりだ。

 領主殿、いきなりで悪いが、我々は頼みがあって来た」


 マリーナは真剣な顔で茶菓子を頬張っている。

 交渉は女アサシンに任せているようだ。


 二人のメイドは来客に茶を淹れてからは、真っ直ぐに勇者達の先の壁を見詰めたままだ。

 凛として立つ、その二人の醸し出す雰囲気は、どことなく古代の砂漠の民の壁画に描かれた、秤を手にする犬頭の神に似ていた。


 シラーは皺にまみれた顔を上げ、猛禽類を想わせる鋭い目で

 「何にございますか?ワシに出来る事でございますればなんなりと」



 鷹のような視線に、シャンはメイド等に負けないくらいに、いつもと変わらず凛として

 「私が学もなく、言葉を知らんのは許してくれ。

 単刀直入に言う、今開かれている神前組手大会に我々を飛び入り参加させて欲しい」


 老人は一瞬固まって

 「ん?ご観覧ではなく、選手として舞台に上がりたいと、こう申されるのですかな?」


 老人の後、光沢のあるネズミ色のメイド服、その二人のブルーグレーの四つの瞳だけが応接テーブルに向く。


 シャンは首肯して

 「そうだ。それで間違いない。

 我々も幼い頃より英才教育と勇者としての訓練を施され、腕には自信がある。

 その選手枠を是非にも頼みたい」


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