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134話 考えるんじゃない感じるんだ

 魔王ドラクロワは、水と芸術の都カデンツァを満月の夜毎(よごと)に震撼させる、闇夜の切り裂き悪鬼。

 (くだん)の"望月魔人"についての情報を、魔族特有の思念波に乗せてコーサ=クイーンに入力した。


 それを、ツルリとした顔で受け取る黄金仮面の疑似生命体は、それら潤沢(じゅんたく)なる手がかりと有力な情報とを、正しく砂漠に撒かれた水がそこに染み込むようにして、何の抵抗もなく、余すことなく受容した。


 そうして、この街の自警団を束ね、長年望月魔人を追ってきたカゲロウが提供した、個人の憶測などを一切含まぬ、この事件における信頼できる証言の数々と、現場に遺留(いりゅう)された状態の詳細な情報等、およそこの怪事件に係わる(すべ)てを飲み尽くしたコーサであった。


 だが、事件解決に至るまでにはこの程度では亊足らぬのか、次いでコーサ側から、この土地の夜風の吹く方角、また名物の料理、この土地の過去における風土病の有無、カデンツァ及び近隣の町街の人口、またその男女比……等々。

 果ては、この街の野良猫によく見られる縞柄(しまがら)は何か?といった、どう考えても、この怪事件とは直接結び付きそうにも無いような様々な情報をさえ求めて来たのである。


 そうして、コーサから()された魔族間にのみ通じる思念波を、(はか)らずとも人間族のカゲロウに通訳する形になったドラクロワは、それらの要請を少しも疑うことなく、まめまめしくも逐一、それこそコーサが欲しがるだけ延々と採取してやった。


 この終わり無き質問攻めに(こた)えしカゲロウは、最初こそ真摯(しんし)な顔付きで丁寧に答えていた。

 が、それがあんまりにも止めどなく、しかも恐ろしく無差別的な多岐(たき)にわたるので

 「はぁ、そうです。その横丁の生活水準は他の街区と比べてかなり低いです。ええ間違いございません。

 所謂(いわゆる)貧民窟(スラム)というやつでして。はい。孤児なども多いかと……。

 あのぉ……ドラクロワ殿。少し、宜しいですかな?」

 遂に怪訝な顔になって、(うな)るように訊いてきた。


 ドラクロワはその老醜(ろうしゅう)の顔を、チラリと見て

 「なんだ?まだ少し続くぞ。そうか、手洗いにでも立ちたくなったか?」

 と恐ろしく不機嫌な調子で答えた。


 カゲロウは軽く咳払いをし

 「あ、いや、そうではございません。

 えー、あの、伝説の光の勇者様が、私ごときの抱える課題に進んでご協力下さっていられるのは誠に恐縮にはございますが……。

 その……先程から申されますような、この街の遊女は登録制なのか?その内の踊り子として働く者は何名か?

 はたまた、それらが絵描きのモデルとして肌を晒すのならば、その対価の相場は幾らか?等………。

 えー……あの、少し前からお尋ねになられますご質問の意図が、そのー、あまりに独創的に突飛と申しましょうか、この老いぼれには少し難解に過ぎまして。そのー……。

 あ、いやドラクロワ殿程のお方が、(これ)、必要に有り、とされておられる情報でございますから、こちらとしてはもう、可能な限りお答えはしますが……。

 あの、求められている情報というのが、その、余りにもこの事件とは関連性というか、必然性というか、関係性がないように見受けられる、のですが?

 いえいえ、決して不満があって申しているのではありません!

 が、そのー……」

 遠慮しいしい語る老人は、この街の顔役にして廷吏(ていり)まで兼ねる、自警団を(つかさど)る、言わば刑事であり、特にこの怪事件においては長年の捜査本部の長であった。


 つまり、カゲロウには老練の捜査官としてのセオリーといったモノがあり、もっと言えば厳然たる"プライド"というモノがあるのだった。


 確かに、このドラクロワのことは、決して只の若者に(あら)ず、それどころか、どこか得体の知れない傑物大器(けつぶつたいき)である、とは認めていた。

 しかし、そう認めながらも、その口から発せられる質問の数々が、余りに不可解にして合理性に乏しく、とりとめもない正しく荒唐無稽(こうとうむけい)であり、ハッキリ言って不適切としか思えないモノばかりになって来ていたので、少々、いや大いに困惑し始めていたのである。


 その戸惑いの荒波に洗われながらも、微塵も揺らぐことなく冷厳・超然としたままのドラクロワは

 「ウム。よいかカゲロウ。犬はな……」

 とタメ息混じりに語り出したので、老人はいよいよ顔を曇らせ

 「はっ!?いぬ!?イヌとは、あの道端でゴミを(あさ)り、骨を拾う、あの"犬"の事ですかな?」

 と、またもや話がおかしな方向へ飛ぶのか!?といい加減当惑しつつ、(なか)ば呆れかえって訊き返した。


 「そうだ。その犬だがな、まぁこの際、別に猫でも狼でもなんでも構わん。

 ウム。それらの畜生共だが、奴等は新鮮な肉の美味いこと、暖かな日溜まりで昼寝をすることの心地好さ、それから白い雪が積もる現象が、何とも心躍らせられることなどは、人と同じく分かるのかも知れん。

 だがな、ここからが畜生ゆえの哀しさよ。それ以上の段階となると、直ぐに"知能の限界"というヤツが来るのだな。

 ウム。例えば、魅惑的な相手が目の前にいるのになぜ交尾を我慢するのか?

 また、なぜ人が畑を耕すのか?なぜに家を買うのか?

 更には、なぜ貯蓄なんぞをするのか?なぜに投機・投資をするのか?

 まぁこういった、人なら誰しもがする比較的簡単な事柄ですら、奴等低知能な生物には理解どころか、ちょっと頭を(よぎ)ったり、それこそ考えにも及ばんのだ。

 よいか?カゲロウよ。ここまでは分かるな?

 つまりだ。ある二者間において、それらの保有する知能における差異・(へだ)たりが余りに大きな場合。知能の低い者からすると相手の言っている事も、それが何を考えているのかも"皆目見当がつかぬ"という状態が発生するのだ。

 ウム。今のお前が正にそれだな。


 はぁ、先程からこの若造は一体何を訊きたいのだ?事件とはなんら関係のない、おかしな事ばかり尋ねおって!

 ワシにはコイツの考えておることが全く見えてこんし、ほとほと手に負えんわい!だな」

 恐ろしく無機質・無感情に、かつ他人(ひと)を人とも思わぬ話ぶりで、淡々と説明を施してやる魔王ドラクロワであった。


 マリーナは天井を見上げ、ツイと親友のシャンに向き直り

 「あのさーシャン、アタシバカだからよく分かんないんだけどさー。

 ドラクロワが言ってんのはさ、よーするに、こーいうことかい?

 バカはアレコレ考えないで、俺の気が済むまで質問に答えてろっ!どうせお前なんかに説明しても分かんねぇだろ?

 てね、えーっと、コレで合ってるかい?」

 一応の小声ではあったもの、余りにも端的に、歯に衣着せぬを地でいった。


 ユリアは目玉をひん剥いてマリーナに飛びかかって

 「ちょっとマリーナさん!!?カゲロウさんに失礼ですよー!!」

 と、慌ててその口を押さえたが、時既に遅しであった。


 アンとビスは、マリーナの余りの口の悪さに呆気にとられて、(まぁっ!?)と思わず開いた口を手で押さえていた。


 シャンは露骨に眼で笑い、マスクの(おもて)を波立てて

 「そうだな。お前の言い様は辛辣(しんらつ)極まりないが、それで間違ってはいない。

 だがなマリーナ、それが分かるということは、お前という女は決してバカではないということだぞ?」

 そう言って、憐れむような眼で、額に血管を浮き立たせ、紅潮する老人を眺めたという。


 カミラーもシルクハットの老紳士を気の毒そうに見やって

 「カゲロウよ。ドラクロワ様はあの様に申されたが、そう気に病むでない。

 なにせドラクロワ様は、余りに突出した頭脳をお持ちであられ、全知全能のお方にあられるゆえ、この状況は下々の我等としては、いかんともし難いモノなのじゃ。

 つまりじゃな、そのように落胆・気落ちせんでもよいというのじゃ。

 ギャハハ!それにほれ、本物のバカならそこに()るじゃろ?

 コリャ無駄乳っ!探すな!探すな!」

 キョロキョロと辺りを見回すマリーナに(わめ)いた。

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