117話 死傷者0だったからいいじゃない
三頭身のマリーナは、はしたなくも、アングリと幼児の口を開け放ち
「わおっ!アンタってさ、アタシのよーく知ってる仲間とソックリだよー!
アハッ!コッリャ驚いたねぇー!!
それって、カミラーってんだけどさ、アンタにゃ一辺会わせてやりた、」
女戦士は古傷の目立つ、丸っちいの肘をつつかれ、自らを喚起した、隣の暗い顔のユリアを見た。
「ちょ、ちょっとマリーナさん!?この人って多分、本物のカミラーさんですよ!!
今、私達四人の居る、ここのマリーナさんの悔恨の分岐点は、私達の居た時からは十数年前の時点だと思われます。
だから、もしもこの人が正真正銘、本物のカミラーさんでも、今のところは、不死軍団を束ねる立派な魔戦将軍さんですから、変に刺激すると、私達にも攻撃を仕掛けてくるのは必至ですよ?
ここは一先ず、皆で知恵を搾って、このカミラーさんを何とかなだめて、素直にお城に帰ってもらいましょうよー?」
そう言って、蜂蜜色の前髪を掴んで、ワシワシと下方へと必死に引っ張り、この時間旅行から戻った後の事を見据えてか、人相の隠匿に努め始めた。
それを斜に見る、ピンクの盛髪のロリータファッションは、小さな腕を組んで、さもイライラとしたように真紅のヒールの先で床を叩き
「これ、ガキ娘共。ゴチャゴチャと言っておらんで、さっさと訊かれたことに応えぬかい。
フン、お前のつまらん遊び仲間もカミラーと申すのか?ギャハハッ!これは奇遇じゃな!
奇しくも、わらわの名もカミラーと申すでな。
うんうん、これも何かの縁かも知れぬな。
今宵は、ドラクローズを滅されたことにどうにも腹が据えかねて、わらわ直々に、ここに居る者等を殲滅する為に参ったが、お前達ガキ娘四名だけは見逃してやろう。
それより、早う勇者団とやらを教えぬか。
即刻、わらわの細剣にて蜂の巣にしてくれん!」
カミラーがフリルブラウスの右手を、これでもか、とばかりに引き絞ったコルセットの左腰にやると、そこには幻のように佳麗な、真紅の刺突剣が提がっており、それは究めて不吉な輝きを放っていた。
それを目の当たりにしたチビチビユリアは、太めの両眉を跳ね上げ
「カカカ、カミラーさん!?ダメですよぉー!殲滅とか言っちゃー!
あなたには、魔族とはいえ、光の勇者たる正義の血が流れていて、本当は魔王の指示で働くことを憂いているのではなかったんですか!?」
この、あたふたする女魔法賢者を含めた光の女勇者等は(含むシャン)、過去にカミラーの牙城にて、ドラクロワが口から出任せで放った虚言を、それこそ毛ほども疑ってはいなかったので、カミラーの中に一滴たりともありはしない、甚だ了見違いの正義の血に訴えかけることとしたのである。
だが、勿論、この死霊不死軍団の長には通じる由もなく、カミラーの白い顔を、奇天烈色に歪ませただけであった。
「はぁっ?お前は一体何を言うておるのじゃ?
うむうむコイツ、見れば見るほど、かなりの低知能じゃなぁ。
ええい、もうよいわ!初めからお前達ガキ娘等に頼らんでも、ここに居る者等をこの街ごと、一人残らず鏖殺すれば良いだけのことじゃったわい。
じゃが、わらわも魔界に名だたる名家、その当主ラヴド=カミラーじゃ、どんな小さな約定も違えぬでな。
先に言うた通り、お前達、ガキ娘四名だけは見逃してやるから、早々にこの街を出るがよい。
フフフ……ここに居っては、逆巻く血潮と臓物、肉片でもって大層汚れるじゃろうからな。
では、瞬きほどに短いとはいえ、幸運にも拾うた命じゃ、精々大切にせいよ?」
そう言うと、白い親指で細剣の柄頭を撫でつつ、領主の座する高段の円卓へと向かった。
それを見て慌てるマリーナ達だったが、本気で神速剣を振るい、亜光速で駆けるカミラーを止められる自信はなかった。
「ま、待ちなよカミラー!」
幼児体型の女戦士の悲痛な声が、その光沢ある生地のスカーレットの背へと飛んだ。
が、駆逐プラン絶賛機動中の魔戦将軍である、真魔族の可憐な乙女を振り向かせることは、ついぞ叶わなかった。
さて、そんな事など露知らず、相変わらずの上機嫌で、ジョッキのエールを水のようにあおるバッカスであった。
が、突然、逆鱗に触れられた龍のごとく、ギラリと物凄い目付きになり
「カロリーナ。俺達の武器は玄関前で取り上げられたまま、だったよな?」
その声までも、まるで抜き身の強靭なサバイバルナイフのごとく鋭くなり、直前までの酔態などは雲散霧消していた。
問われた女魔法使いも、口広のグラスをワインレッドの秀麗なランチョンマットへと静かに置き
「ええ。かなり不味いわね。私の魔法杖もないし。
さて、困ったわね。あのこっちに来る子供みたいなのは、どう見ても魔族。それも只者じゃないわね。
あのねバッカス、こんな時だから言っておきたいの……。
ウフフ……。私、本当はね、もしもあなたが独り身だったなら、」
バッカスは男らしい大きな鼻を鳴らし
「けっ!よせよせ!んなのは今から死ぬヤツの吐く台詞だぜ!?
お前も冒険者ギルドで最初に習っただろ?
冒険者心得その1。勇士とは、最期の一瞬まで、決して諦めぬ者也って、なっ!!」
金髪の丸坊主は、いきなり円卓の縁に、ガッと黒いスエードのブーツの足裏をかけたかと思うと、山盛り一杯の料理、酒類ごと、庭の花でも摘みに来たような感じで、無造作に前進する美貌の死神、カミラーへと蹴り飛ばした。
ドガ!バッシャアンッ!!
と凄まじい破壊音を撒き散らして、領主夫婦と仲間の前からテーブルが消え、それは彩り豊かな雪崩のようにして広がりつつ、ちゃぶ台返しならぬ円卓返しとして、前方へとすっ飛んで行った。
しかし、その怪力による目眩ましの標的であるカミラーは、既に超スピードの世界へとスムーズに移行しており、乱れ飛んでくる雑多な物体群である、大円卓を回り込むようにして駆けて、その超絶高速の世界で、紅の刺突剣の抜刀を済ませていた。
そして、驚愕の面を晒す、漆黒の礼服の女魔法使いに横から迫り、そのカロリーナの側頭部へと、一塊の刺突撃の連射を放った。
ドガガガガンッ!!
それは、人の頭蓋骨の一番脆い壁である、テンプルを容易く貫いて、その脳髄を滅茶苦茶に掻き回す音ではなかった
。
鮮烈なる火花からも見て取れたが、それはどう聴いても、鋼と鋼が打ち合わされた轟音連打であった。
その音源となった物とは、デザインはそのままに、全体的にかなり小さくはなったが、それを握る女児からすれば斬馬刀のごとき、両刃の鋼剣であった。
それをカミラーとカロリーナの間へと突き出した、子供サイズの深紅の部分鎧の半裸の戦士とは。
まごう事なき光の女勇者、マリーナであった。
「何っ!?」
カミラーは、鋼を打った手の痺れも忘れ、真紅の目を見開いた。
マリーナは、幼い顔で大胆不敵に笑って
「ふぅ、何とか間に合ったみたいだねぇ。
アハッ!あの代理格闘遊技っての?ケッコーあれはアレで、ムダじゃーなかったのかもねぇ?
アタシが直接やった訳じゃないにしろ、アレのお陰で、ズイブンとアタシのカンが研かれたみたいでさ、高速のアンタをなんとか捉えられたよー。
只さ、今夜のアンタにゃ乳がないからね、次は本気中の本気で来るんだよね?
アハッ!アタシャ、ちゃーんとごちそう食べて帰れるのかねぇ?」
ルーンブレイドを振って、そこの腹に名残惜しそうに牙を立てて居座る、カミラーの刺突剣の尖端を払ってみせた。
大食堂に居た者達には、一体、何が起こったのか皆目分からなかった。
突然、今宵の主賓正客の勇者バッカスが、いきなり大円卓を蹴り飛ばしたかと思うと、世にも美しい女児らしき者が、どきどきするような鋭い真紅の細剣を突き出していたのである。
冒険者達も含め、祝賀会の参列者達は皆、絶句して、それを見事に迎撃してみせた、マリーナとの二名の女児を見つめる事しか出来なかった。
バッカスは優美なブラウンの眉をしかめ
「マ、マリーナ……か?
お前、ドレスはどうした!?なんでそんな格好でここに居るんだ!?
随分前に、そこの玄関ん所で、お祝いパーティーは肥るから嫌だっ言って、母さんと一緒に帰った、よな?
それに、ソリャ俺の剣……じゃねぇな、丸っきりデカさが違う。
オイオイ!コリャ、一体何がどーなってんだぁ?誰か説明してくれよ!?」
全く不可解な事態にパニックとなり、ただ坊主頭を、ザリザリと掻き回した。
マリーナは"不死王女カミラー"から視線を離さず、幼稚園児ように小さな身体から、熱さのないリンの炎のごとき、剣聖独有の淡いオーラを放ちながら
「親父っ!アタシは未来から来たアタシなんだ!!
こいつはちょっと見ると、カワイーお嬢ちゃんみてーだけど、ドラゴンゾンビの親玉なんだっ!
そんで悪いんだけどさ、戦いの邪魔だから、今すぐみんなを連れて消えてくんないかな?
親父っ!ワッケ分かんないだろーけど、今はアタシを信じてくれっ!!」
突然現れて、事情を知らない者からしたら全く理解不能な、あんまりにも荒唐無稽に過ぎる説明らしきモノを、実の親に向かって無遠慮に吼え放ったのである。
ガギリッ!という、女バンパイアの恐ろしげな歯軋りを聴きながら、カロリーナの華奢な肩を抱き寄せ、恐ろしく険しい顔つきで、ジーッと我が子を見下ろすバッカス。
そうして、愛娘と同じ色のサファイアの瞳を、一直線にマリーナの右目に合わせて、僅かに固まっていたが、ニヤリと男臭い相好を崩すと
「フフッ。コイツ……いっきなししゃしゃり出てきて、アタシを信じてくれー!だと?
けっ!チビガキがふざけんじゃねえぞっ!?
この俺が、このバッカスが、マリーナ(オマエ)の言う事を疑う訳がねぇだろ!?
っへえー、コイツがドラゴンゾンビの親玉ねぇ。
ガッハッハッ!コイツはおんもしれえっ!
よしっ!一先ず、ココはお前に任せたぜっ!!」
と、言い放ったかと思うと、放心状態の領主夫婦を逞しい両腕で捕らえて抱え
「カロリーナ!!ここは一旦逃げるぞ!!何ヤるにも、先ず武器が要る!!」
と叫んで、脱兎のごとく窓まで走り、そこの木枠とモザイクガラスとを、金髪の坊主頭でぶち破って、外へと飛び出したのである。
その、けたたましい破砕音を皮切りに、大食堂内は、蜂の巣をつついたような大混乱となり、正しく狂瀾怒濤となった。
だが、全身鎧の館の衛士等は、露骨に狼狽えながらも、震える手で確と鉄盾を構え、腰の剣を引き抜いた。
カミラーは、その大恐慌を背景に、正しく悪鬼羅刹のごとき物凄い形相で、真紅の刺突剣の切っ先を八相から大きく前へと倒し
「うぬれガキ娘。さっきのは何じゃ?
お前、わらわの高速剣をどうやって読んだ?
あの動き、断じて只のまぐれ当たりとは言わせぬぞ!!」
その真紅の瞳は赤熱する石炭を想わせて、爛々(らんらん)と輝いた。
マリーナは勇ましい笑みを溢して、ちんまりとした日焼けした左肩を前に突き出し、剛刀(今はそうでもない)の切っ先を右下へと下ろし
「なーに。アンタが、プンップンさせるスンゴイ殺気と流れる気配を追って、そのチョイと先へと剣を振るだけのことさ。
だけど、ホントお願いだから、アレの連発だけは止めてよ、ね?」
カミラーは酷薄・残忍そうな美しい笑みを見せ
「ホホホ……只の人間属のガキ娘かと思うたが、よもや、わらわの神速の太刀筋を読みおるとはのう。
フフフ……永く生きておると、げにおかしな生き物とも巡り遭うものじゃて。
では褒美に、当家に伝わる"幕なし駆け"を披露してやろうぞ。
ガキ娘よ!名を申せ!そして見事、全弾受け切ってみせい!!」
女バンパイアは血に飢えた兇笑も高らかに、スカーレットのスカートの膝を引き、連続の神速攻撃に備えた。
マリーナはそれを睨めつけて、タメ息を洩らし
「アララ……ヤッパリ、アレやっちゃうのかい?
コリャ、こないだのチッコイアタシの見よう見マネで、やれるとこまでやるしかないね?
アハッ!アタシの名前かい?名乗るほどのモンじゃないさ。
うー、それにしても腹減ったなぁー」
無念かつ渋々といった具合で、構えた剛刀の柄を握り直した。
だが、魔戦将軍はここにきて、突如として構えはおろか、その小さな身体のバランスを大きく崩して、あまつさえその場で、コンカッ、ココッコ……と、実に頼りなくたたらを踏んだのである。
その真紅の双眸は激しく血走っており、牙の口元を押さえて呻くようにしてマリーナを睨み上げ
「こ、この臭いは……。お前の策か!?」
この不死王女、どうやら急激な意識の混濁が始まっている様子であり、端から見ても朦朧としているのがハッキリと見てとれた。
それもその筈、背後からは魔性の霧のごとく噴出して膨れ上がり、景色を真っ白く霞ませて、カミラーのピンクの巻き毛とスカーレットのフリルにまとわり付くような、モウモウと立ち込める煙と臭気が逆巻いていたのである。
その噎せ返るような臭いとは、明らかに"ニンニク"特有のモノであり、そこの場に居る者達はバンパイアならずとも、激烈なる目の痛みを覚え、堪らず咳き込むほどの強烈な臭気に巻かれた。
正しくそれは、耐え難き煙幕の波状攻撃であり、猛臭の大暴動であったという。
この白煙の発生源とは、調理場へと繋がる開け放たれた扉前であり、そこの床上には、大人の腰ほどまでに山積された"ニンニク"の鱗茎(白い玉の実の部分)が、塹壕前の土嚢山のごとく、堆く盛り上げられていた。
それに火炎魔法を放ったユリアが、白く煙る景色越しにこちらに向かって、いつもより輪をかけて短い手を振っていた。
そして、その前方の両脇では、大聖堂の億万僧侶の提げた、礼拝薫香のごとき雲煙を、アンとビスが神聖付与魔法で淡く輝く六角棒でもって、大食堂の大気に余すことなく、綯い交ぜに織り混ぜるようにして、棍の角度を四方八方へと変えつつ、ブンブンと旋回させていた。
そうして、女児となっても相変わらずのお澄まし顔の双子姉妹は、さながら二基の扇風・撹拌機となっていたのである。
カミラーは白い美貌を、黒々と透けた血管の蜘蛛の巣でグロテスクにして、不覚にも倒れ込みそうになるのを、ようようやっとで堪え、口惜しそうに鼻梁に皺を入れ
「う、うぬれっ!!このガキ娘共!!貴様等、な、なぜに、なぜにわらわの不得手を知っておる!?
ウッ!グクッ!こ、この恨み忘れぬぞ!!」
と口惜しさの歯噛みの余り、鋭い歯列の隙間から、ジクジクと血を滲ませ、そこから呪詛のごとき怨嗟を呻くと、痙攣する脚に鞭打って、一足飛びにバッカスの作った穴から跳び出し、瞬時にして戦線離脱・遁逃を果たしたのである。
幼児体型のマリーナは、激臭煙に、さも辛そうに目を屡叩かせながら、フッと一息吐いて
「イテテテテ。あー、何だかよく分かんないけど、助かったみたいだねぇ。
昔の魔戦将軍のカミラーといっても、仲間とは本気で殺り合いたくなかったからねぇ。
さーて。んじゃ、ちょーっとニンニク臭そうだけど、夢にまで見た、大ごちそうってのをいただこうかねぇ。アハハッ!」
手馴れた無駄のない動きで、ザジャッと納刀し、まるでカミラー兵のような、生ける亡者のごとく両の手を前にし、無傷なテーブルの料理群へと、にじり寄るようにして闊歩した。
しかし、この辺りで、無情にも未来の「ダゴンの巣窟」その地下庫室でのシャンの演奏は終わりを迎えたようだ。
功労の女戦士の眼前にある、その夢にまで見た、悔恨の"天上極楽の大ご馳走"というヤツは、掻き回したゼリーか、破砕した車のフロントガラスのごとく、キラキラと細かく砕けて、溶けるようにして下方へと流れて崩れ、此度の苛烈なる時間旅行は、終演の証である水鏡の渦となったのである。
それからというもの、古来よりこの領地の特産・名産品であった"ニンニク"の栽培・生産とは、更に隆盛を究めた。
そして、そのニンニクは"バンパイアキラー"と称され、大陸全土に名だたる、珠玉の逸品となったという、そんなお話。